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<東京怪談ノベル(シングル)>


Pumpkin destruction!
「人の長い歴史の中、飢えて死ぬことは幾度となくありました。しかし食って死ぬことなど、あの時ただ一度のみ」
 ゆるやかな喋りで始まった語りに、酒場はしんと静まり返った。
 黒い髪に尖った耳の女だ。
「芋蛸なんきんは女性の甘い友……そんな時代もありました。しかしあの時から変わったのです。それが最初から間違いだったのか、それは分かりません。でも確かに変わったのです」
 恭しく語るその様は、静聴されているそのバーにやんわりと響いた。客は皆彼女を注視し、一句一句漏らさぬようにと聞きいっている。人によっては、既に涙腺が緩んでしまっているようだ。
「止めようもなく難民の女が南瓜に群がり、胃膨張で次々死んでいきました。ですが女だけの地上兵では制止も南瓜の駆除もどうして儘なりますでしょうか。同じ人間が南瓜たちの手により死していく、その様を見ている他なく」
 ひとつ、誰かの嗚咽が響く。語り手の女も少し俯いた。
「政府軍いよいよは空爆を決意し、上空を重爆や対地攻撃機が埋め尽くします。しかし南瓜に寄生している蠅が彼らの攻撃を阻むのです。思うように攻撃できず、歯がゆい思いをしている間にも死んでいく女たちのその姿、見るに堪えなかった」
 これは、その南瓜大逆に立ち向かった記録を語る歌。
 徐々に甲高い嗚咽に満ちてゆく酒場の中、それはしかし、確かに語られていく。


 かぼちゃの死体が無数に転がっている! 彼らの死体を愚かなる豚が貪り、蒙昧なる蠅共が集っている♪
 ああ、最早救い等どうとでもよい……今必要なのは「食う」事、ただそれだけなのだ!

 人の欲望は底なしだ。けれども飢える心の前に差し出された食物を目にした時、生きるための欲望を抑えられないのは仕方ないことだ。
 そのはずだった。
「だめっ! だめええええッ!」
 甲高く叫び引きとめるものの、巨大な南瓜に群れる群衆に突き飛ばされた。三島・玲奈はその場に尻餅をつき、悲壮な表情で息を飲んだ。乱れた黒髪が肩の上に落ちる。
 人の山が南瓜に群がっている。そして人垣の中から聞こえてくる断末魔の正体を知っている。あれは南瓜が人々を殺しているのだ。
 玲奈は人垣から顔を背けた。南瓜を食うことで、人の胃の中で彼らは膨張するのだ。はじけて死する死体を既にどれ程見たことか。
 けれども、引きとめても引きとめても人々は南瓜に群がっていく。まるで集団自殺をするネズミのように、自滅を選んでいく。惑わされないごく一部の人々や自分の隊の一員たちと民衆を引き止めようとしたが、説得に応じず実力行使も儘ならなかった。

 欲望は盛り上り、道徳はどうなってしまったと言うのだ?
 広大なる砂漠の中、血のプールで豚共は溺れる! 蜜より甘い血は豚の心さえ蕩かして行くのだ♪

「……飢えのせいなの? 食べて死ぬ人々を目にしても、食べてしまうの……?」
 一言で言えば絶望、目の前に広がるあまりにもどうしようもない光景に、玲奈は身体に力が入らなかった。
「飢えて死ぬより、食って死にたいの、そうなの?」
 俯いてぎゅっと握りしめた拳の上に、瞳からあふれた涙が落ちる。涙で滲む視界の中、差し伸べられる手が見えた。
「いいえ。人の業だけではありません。南瓜の罠です」

 ……そう、南瓜は賢い民族だった! 彼らは生き残った! 彼らは仲間達の死体をも食ったのだ♪
 ああ、最早救いなど要らない。必要ない。
 人よ、貪欲なる捕食者らよ。我らにも諸君らにも、救いなど必要ない。

 差しのべられた手、目元を擦ってその主の顔を見遣る。自隊の副官を務める若い女性だった。じっと見つめる真摯な視線に、玲奈は絶望に溶かされつつあった心を取り戻した。
「南瓜が見せるこの幻惑、その源は何?」
「怪蠅が受粉役でありましょう。隊長、わたしたちは爆撃隊員です。私たちらしいやり方で滅しましょう」
 玲奈はさっそうと手を取り、立ち上がった。改めて見回すと、南瓜に群がる民衆の説得に疲れた同じ隊の隊員たちが座りこんでいた。その姿は先刻までの自分だった。
「立って! すぐに基地に戻ってブリーフィングよ!」
 隊員たちが顔を上げた。


 私たちに地上は似合わない。戦闘機を駆るのが私たちの役目だから。
 気付いた彼女たちの奮闘は素晴らしかった。そして副官の読みは実に正しいものだった。
<<いい? 決して民間人を撃たないように!>>
<<了解!>>
 分散した機体が低空飛行で民間人を威嚇飛行した。さすがに驚き、民間人たちは皆ちりぢりに逃げてゆく。残るは南瓜とあやかしの蠅ばかりだったが、ここまではじつのところ、政府の爆撃機も行っていたことだった。蠅たちが邪魔をし、南瓜に攻撃を加えられなかったのだ。
 ごうと風を切って蠅を撒き、機銃が火を噴いた。大経口の機銃に叫ばれた蠅たちは、南瓜から分離させられざるを得ない。事前のブリーフィングが功を奏し、まるでアイススケートを踊るかのような優雅さで蠅の各個撃破に移った。するりと流れるように円形の陣を組んだかと思えば、死角から逃げようとする蠅を、二機の編隊がすかさず叩きにかかる。
 その二機から逃れようと、蠅がもがくように飛びまわった。ついて離れぬ二機の戦闘機が飛行機雲を吐き、幾つも幾つも放物線を描く。くるくると空を舞う二機の戦闘機は、あまりにも美しかった。空中での格闘戦が長く続き、ようやく決着がついた頃には他の蠅も軒並み沈んでいた。
 途端、びしりと長い蔦が戦闘機を叩こうと唸った。寸前のところでその蔦から逃れる玲奈の機体を見て、皆が叫ぶ。
<<隊長!>>
<<大丈夫……南瓜め、ようやく自分から動いたわね>>
 操縦席の中、玲奈はにやりと笑って唇を舐めた。
<<エアートゥグランド!>>
 玲奈の指示で飛びだした戦闘機は、どれも対地攻撃のための兵装を積んでいた。飛びだしたスピードから更に加速し、南瓜の蔦の更に懐に潜り込む。その位置も全て計算されたものだ。
 戦闘機に積みこんだガトリングが火を吹き、南瓜らは蔦をその戦闘機たちへ執拗に伸ばした。だがそれらは陽動だ。本命の爆撃機がその隙に上空を飛び、南瓜へ焼夷弾を落としたのだ。
 蔦が一斉に爆撃機へと延びる。役目を終えた爆撃機は、ふわりと風に揺れる花弁の如く、機体を反転させて腹を見せた。次の瞬間、突風に煽られるようにして蔦の合間を縫う。爆撃機にしては良く出来た動きだった。
 爆撃から逃れた南瓜を掃射で始末するのを確認し、玲奈は上空からその光景を見下ろしていた。
 煙がいくつも棚引いている。ああ、まるで昔読んだ旧約聖書の話しのようだわと呟いた。天からの焔によって滅ぼされたソドムの街のようだと。
<<隊長、任務完了です!>>
<<お疲れ様。あとは……>>
 真下では飢餓民たちが嘆き悲しんでいた。玲奈は眉根を寄せる。ただ、悲しかった。
<<……どうやってあの人たちを宥めるか、ね>>
ゆううつな心を隠しきれず、そう呟いた。