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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ミスティック・フェアリーテイル


「‥‥あれ?」

 それを見た瞬間、ファルス・ティレイラはきょとんと瞳を瞬かせ、こっくり首を傾げて、忙しくはたきを動かしていた手の動きを止めた。それに併せて辺りにせわしなく飛び散っていたホコリも動きを変え、ゆらゆらと空中を漂い始めたが、ティレのまなざしは動かない。
 じっと、見つめている先には真っ白な蝋燭。それもただの蝋燭ではない、表面には一体どんな意味があるのか、緻密で美しい、一目見て特殊なものだとわかる文様が細かく刻まれており、造形自体は繊細で可憐な妖精の姿を模しているものだ。
 しばしの間、ティレは倉庫掃除の真っ最中だということもすっかり忘れ、うーん、と妖精の蝋燭を見つめて考え込んでいた。否、考えることすら忘れて妖精の姿形の美しさや、表面に刻まれた文様の精緻さや、蝋燭の抜けるような白さに魅入られていた。
 そうしてやがて、ぽつり、呟く。

「‥‥お姉さまの、でしょうか?」

 脳裏に思い浮かんだのは敬愛するお姉さまことシリューナ・リュクテイアの美しい横顔。ちょっとだけ語尾が自信なさげに揺らいだのは、確かにシリューナは美しく可愛らしいものを好むけれども、果たしてわざわざ倉庫にしまい込むほどに、このような妖精の蝋燭を大切にしているだろうか、と思ったからだ。
 けれども、ここがシリューナの魔法薬屋の倉庫である以上、そしてティレにはこの妖精の蝋燭に全く覚えがない以上、ここにこの蝋燭を入れたのはきっと、シリューナであるはずで。日頃からティレを彫像やら氷像やらにしては楽しんでいるシリューナだから、こう言ったものにも造詣が深いのだろう、とティレはこっくり頷いた。
 そう思ってまじまじと蝋燭を見つめると、どこかしら、ただの蝋燭とは違うような気がしてくる。放っている雰囲気というか、纏っている気配というか。可憐な妖精の繊手が今にもティレを招き出しそうだ。

(‥‥あれ?)

 そんな事を考えていたからだろうか。ふと、本当に蝋燭の妖精が動いたような気がして、ティレはパチパチと瞬きした。そうしてホコリだらけなのも忘れて、はたきを持った手で目をゴシゴシと擦ってみるけれども、もちろん蝋燭に過ぎない妖精が動くはずもない。
 なんてバカなことを考えたんだろう、とティレはわずかに苦笑を漏らした。だが次の瞬間、ある可能性に気がついてはっと目を見開く。
 そう――ここはティレの魔法の師であり、敬愛するお姉さまでもあるシリューナが営む魔法薬屋の、倉庫なのだ。そこにいかにも曰くありげに(と、いうようにティレには見えていた)置かれている、今にも動き出しそうなほど精巧に作られた妖精の蝋燭が、果たして本当にただの蝋燭だなんて言えるだろうか?
 そう思えば蝋燭の表面にびっしりと細かく彫り込まれた緻密で美しい、一目見て特殊なものだとわかる文様だって、何らかの魔法の呪文のようにも見えた。思わず目を惹かれる抜けるような白さも、ただ単に作っただけではこうはなるまい、と思えてくる。
 うーん、とティレは再び考え込んだ。もしかしたら本当に、この蝋燭の妖精は動くのかもしれない。
 だが、一体どうやって? もしも呪文や、何らかの儀式が必要なのだとすれば、ティレにはもちろんお手上げだ。シリューナに聞いてみれば解るのだろうけれども、それもなんだかちょっと抵抗がある。
 じーっと、だからティレはしばしの間、蝋燭の妖精と睨めっこした。そうしたってもちろん、妖精の言葉が聞こえてくる訳じゃないけれども。

「火‥‥を点けてみる、とか?」

 しばしの沈黙の後、まるで誰かに正解を求めるようにティレは呟いた。もちろん誰かからの答えが返ってくるはずもなく、その呟きは倉庫の床にことんと落ちて、どこへともなく消えてしまう。
 けれどもその音の余韻が消える頃には、ティレの中にはそれ以外の正解はあり得ない、という思いが生まれていた。これがまったく未使用の蝋燭なら躊躇われるところだけれど、幸いにして、蝋燭の灯芯には使用の跡を示す黒焦げが残っている。
 だからティレは安心して、きょろきょろと辺りを見回して探し出したマッチをこすると、ワクワクしながら灯芯に火を近づけた。もし予想が外れていて、火を点けても妖精が動かなかったとしても、それならそれで火を消しておけばシリューナに怒られる事もないだろう。
 そう、思いながら目を輝かせ、灯芯に火を点した、その瞬間――

「ぁ‥‥ッ!? わ、わわわ‥‥ッ」

 ぽっ、と明るく灯芯が輝き出すや否や、妖精の小さな口がぱかりと開いた。それに喜んだのもつかの間、次の瞬間にはそこからドロドロとした、恐らくは魔法の蝋らしき真っ白な液体が噴き出して、まっすぐにティレ目掛けて飛んできたではないか。
 びっくり目を見開いて、慌てて両手をバタバタ動かして払いのけようとしたけれども、魔法の蝋はどんどん噴き出して来てはティレの全身に絡みつき、包み込むように纏わりついて、端から端から固まっていく。バタバタと全身を動かし、固まった蝋も落とそうとする端から、蝋は上へ、上へと折り重なり、ティレの自由を奪っていくのだ。
 やがて分厚い蝋に固められて、ティレは次第に動けなくなってきた。それでもなんとか身動ぎして抵抗したものの、ついには指一本、自分の意志では動かせない位にしっかりと、真っ白な蝋に包み込まれてしまう。
 どうしよう、とティレは焦った頭の中で考えた。考えたけれども、こうなってはもはやどうする事も出来ない。
 傍から見れば傍らにある妖精の蝋燭と似たような姿の、薄い蝋の羽を生やしたティレそっくりの等身大妖精蝋燭の中で、だからティレは後悔とともに考えた――どうして一体、火を点けて妖精が動かなくても、他の魔法の効果はあるかも知れないって、少しも思いつかなかったんだろう。





 シリューナがその気配に気付いたのは、魔法薬屋にやって来た客の相手をしている最中の事だった。ぴくり、と滅多に表情を動かさぬ店主の頬が小さく動いた事に、幸いにして相手の客は気付かなかったようだけれども。
 その気配は、今まさに可愛いティレが掃除をしているはずの倉庫のほうから漂ってきた。魔力の――それも、何らかの魔法が発動したと思しき気配。
 一体、何が起こったのだろう? 倉庫に保管してある魔法の品の数々を脳裏に思い浮かべたが、特に害になるようなものは思いつかない。否、害になるかどうかすら解らないものなら1つ、倉庫の棚においてあるけれども。
 まさかね、と思い、ティレなら或いは、と思う。何しろティレは、時としてシリューナの予想をはるかに超えて可愛いのだ。
 そんな、傍で聞いているものが居たなら思わず首をかしげるような推論を胸に、シリューナは相手をして居た客を早々に『丁寧に』送り出した。そうしてちょっとだけ考えた後、店の扉をしっかり閉めて鍵をかけてしまい、奥にある倉庫の方へと向かう。
 あの倉庫にはそれほど害のあるものは置いてなかったはずだが、ティレがたった1つの『例外』に手を出してしまった可能性は十分にあった。そうしてもしシリューナの予想通り、この妙な魔法の気配が『例外』によるものだったなら、もしかしてすぐには店頭に戻って来れない事態になっているかもしれない。
 日頃からあまり表情が出ない、端正な面の下でシリューナはそう考えながら、倉庫へと続く廊下をゆっくり歩く。そうして重厚な木作りの扉をゆっくりと引き開け――そこにあった光景に、しばし、釘付けになった。
 それは大きな、妖精の蝋燭だった。人ほどの大きさもあるその蝋燭は、まるで夢見るように軽く空を仰ぎ、両手を天井に向けて差し伸べている。背中には薄い、一体どうやって作ったのかと首を傾げたくなるほど薄い、蝋の羽。
 けれどもシリューナがその光景に釘付けになったのは、そこにあった巨大な蝋燭に覚えがなかったからではなくて。もちろん、シリューナ自身にはこんな巨大な蝋燭を持ち込んだ覚えはまったくなかったけれども、魅入られたのはそこではなくて。
 その大きな、美しくも可憐な真っ白い蝋燭の妖精は――シリューナの可愛い、可愛いティレそっくりの姿をしていたのだ。夢見るように空を仰いだ表情は、けれども一体どうしてこんな事になってしまったのか、と後悔をしているようにも見える。

「まぁ‥‥ティレ?」

 思わず、隠し様のない歓喜を込めて呟いたシリューナの言葉に、返る答えはなかった。けれどもティレそっくりの蝋燭妖精の方からは、何か物言いたげな雰囲気が発せられている。
 どうやらシリューナの可愛い可愛いティレは、本当に、この蝋燭の中に閉じ込められてしまったらしい。けれども一体、それこそどうして――と静かに眼差しを辺りに向けると、棚の上に置いておいた筈の魔法の蝋燭が、コロン、と転がっているのが目に留まった。
 表面に緻密で美しい、一目見て特殊なものだとわかる文様が細かく刻まれている、造形自体は繊細で可憐な妖精の姿を模したその蝋燭。まるでティレのミニチュアのように、可憐な妖精は夢見るように空を仰ぎ、両手を空に向けて差し伸べている。
 その妖精の蝋燭を拾い上げ、見比べるようにティレの蝋燭へと視線を向けて――シリューナは、細いため息を吐いた。まさか本当にティレが『例外』を引き当てているなんて、予想通りで、予想外だったのだ。
 この蝋燭は、シリューナが知り合いの蝋燭店の店主から預かったものだった。とある伝から仕入れた魔法の蝋燭という触れ込みの妖精の蝋燭なのだが、持ち主が転々としている間に一体どんな魔法の効能があったものか、とんと判らなくなったのだという。
 だから、どんな魔法が込められているのか、鑑定して欲しい。そう依頼を受けたシリューナは、蝋燭店の店主からこの魔法の蝋燭を預かってきて、ひとまずこの倉庫へと入れたのである。
 まったく、と何とも言えない口調で呟いた。ティレが魔法の蝋燭に火をつけてくれたお陰で、シリューナが呪術を駆使して魔法の鑑定を行う手間は省けたのだけれども。そうしてこの蝋燭に込められていた魔法がどんなものだかも、ティレが身を持って証明してくれたのだけれども。

「でも、ね、ティレ? 勝手に倉庫のものを触っちゃいけないって、言わなかったかしら‥‥?」

 とても、とても美しく、冴え冴えと微笑んだシリューナの姿が見えているものか、ティレの蝋燭が焦りの気配を発した。必死に身を捩ろうとしているのを感じるが、さすがは魔法の蝋燭だ、ヒビ1つ入らない。
 つ、と滑らかな白い蝋燭の表面に、だからシリューナはうっとりと指を這わせて、その吸い付くような感触を思う存分に味わった。勝手に魔法の蝋燭を触った罰としても、シリューナ個人の喜びの意味でも、せっかく可愛らしいティレが可愛らしい妖精のオブジェになったのだから、これを楽しまない手はないではないか。
 だから。口ではお仕置きだと言い、そうして魔法の蝋燭で変えられてしまった場合の変化の様子を確かめるのだと言って、シリューナは隅々まで、それはもう隅々まで、ティレのオブジェを味わいつくした。その感触を心行くまで味わいつくし、その美しく、可憐で、可愛らしい妖精の姿になったティレの姿を、細部に心まで刻み込むように眺めつくし。
 そうして、心からの満足を覚えたシリューナが、魔法の蝋燭と、蝋燭そっくりの姿をした巨大な蝋のオブジェを携えて蝋燭店を訪れたのに、出迎えた蝋燭店の店主は視線を順番にさ迷わせた後、恐る恐る、と言った体でシリューナに声をかけた。

「シリューナさん‥‥その、何かあったかね‥‥?」
「ええ。頼まれていた蝋燭の魔法鑑定が終わったから、持ってきたの」

 いつもと変わらない怜悧な笑顔でありながら、なんとなく発している気配が違うようにも思えるシリューナの言葉に、店主は曖昧に頷く。魔法鑑定が終わったのは素晴らしいが、その、巨大な蝋人形はなんだ。
 そんな店主の物言いたげな視線を過たず理解して、ふふ、とシリューナは微笑んだ。

「鑑定の結果、よ」
「‥‥?」
「この蝋燭に火をつけると、こんな風に、蝋燭そっくりの姿に変わってしまうの――ああ、大丈夫よ。ちゃんと元に戻るから」

 当たり前に言い切ったシリューナの言葉に、言い切られた店主は気圧された風情で巨大な蝋人形、ではなく蝋燭そっくりの姿になったという犠牲者の少女の姿を見つめた。一体どんな鑑定が行われたものだか、彼の脳裏を様々な想像が駆け巡る。
 だから、そのままの当たり前の口調で続けられたシリューナの言葉を、一瞬理解出来なかったのはそのせい、だろう。

「それまでの間、この子、マスコット代わりにでも店頭においておいてくれるかしら?」
「へ‥‥? え、えぇ‥‥?」
「イタズラをした子には、お仕置きが必要でしょう?」
「う、ん‥‥‥?」

 そうしてどこか楽しそうに、店内の一番目立つ所にその蝋人形を置いて。自分自身は、その蝋人形が一番良く見える場所に椅子を引っ張ってきて陣取り、涼やかな、けれどもとても嬉しそうに見える瞳でじっとその蝋人形を見つめているシリューナに。

(触らぬ神に祟りなし、ってこういう時に言うんだよな‥‥)

 蝋燭店の店主は胸の中だけで静かにそう呟いて、深い同情の眼差しを蝋人形へと向けた。その蝋人形は、何故かとても困ったような、それでいて泣き出しそうな、後悔を醸し出しているような、そんな表情をしているように見えたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 /      職業      】
 3785   / シリューナ・リュクテイア / 女  / 212  /     魔法薬屋
 3733   /  ファルス・ティレイラ  / 女  / 15  / 配達屋さん(なんでも屋さん)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お師匠様とお弟子さんのとある日常(?)、如何でしたでしょうか。
お弟子さんはなんだかこう、うっかりな――というより、自分からトラブルに首を突っ込んでいかれるような、そんな気が致します。
こんな可愛いお弟子さんだと、お師匠様の愛(?)も募る一方、でしょうね(笑

ご発注者様のイメージ通りの、うっかりさんでちょっとアレなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と