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<東京怪談ノベル(シングル)>


幸せの白いウサギ

Prologue.草間武彦
 東京の片隅、とある通りに面した事務所。
 『草間興信所』
 その所長である草間武彦(くさま・たけひこ)は解決済事件のファイルを整理しながらあることを気にしていた。
「あいつの顔見てないな…」
 あいつ…とはこの草間興信所のアルバイト探偵・黒冥月(ヘイ・ミンユェ)のことだ。
 自分が『獣化症候群』という奇妙な病気に罹って以来…約半月は顔を見ていない。
 これはおかしい。
「ちょっと出かけてくる」
 草間はジャケットを羽織ると興信所を後にした…。


1.
「寂しかった〜武彦〜!」
 冥月の持つ東京都内の隠れ家の一つ、高級マンション屋上のペントハウスに入った草間は思わぬ歓迎を受けた。
 真っ白のフワフワとした、まるでウェディングドレスのようなドレスを着込んだ冥月の熱い抱擁。
 いつもは黒いスーツを着込んだ冥月とは大変な変わりようだった。
「どどどど、どうした…!?」
 慌てる草間は、冥月の異変にハッとした。
 白いドレスのせいでわからなかったが、よく見れば白い長い耳と白い丸い尻尾が生えている。
「こ、これはウサギの尻尾と耳? まさか…ストレス性獣化症候群か!?」
 ストレスで人体のある箇所に獣の体の一部が組成されてしまう症状。
 それが何故、冥月に?
「いつ来てくれるのかと思ってずっと待ってたのよ?」
 ごろごろと擦り寄ってくる冥月に、草間はクラクラとした目眩を感じた。
「どうしたの? この服変? 私に似合ってない?」
 シュンとなった冥月。
「いや、似合う。すごく似合うぞ」
 慌ててそう言うと草間。
 その言葉を聞くと冥月は花の咲いたように頬を染めた。
 今はとにかく、冥月からストレスの原因を探り出すしか方法はない。
 そしてそれを発散させるのだ。

 とにかく、草間には今それしかできないのだから。


2.
「コーヒー、ブラックでよかったよね?」
 テーブルに二つのペアマグカップを並べておくと、冥月は2人掛けのラブソファに座る草間の隣にチョコンと座った。
 都内を一望できる窓からは爽やかな風が吹き抜ける。
「あ、あぁ。ありがとう」
「ふふ。口に合うといいんだけど。私が自分でブレンドしたんだ」
 ニコニコと微笑む冥月に草間の調子は狂いっぱなしだ。
 狂いっぱなしといえば、この部屋の雰囲気もずいぶん違うことに気がついた。
 いたるところに花が飾ってあるのだ。
 そう。純白の花がまるで結婚式場のように。
 これもストレスの一端だろうか?
「あ、ケーキも作ったのよ。食べる?」
「…あぁ、貰うよ」
 どこにどんなストレスが隠れているかもしれない。
 無下に断ることもできなかった。
 どうやらこの対応からして草間興信所での仕事に関してのストレスではないように感じた。
 ではなにゆえ冥月はこのような対応で草間と接するのか。
 ヒラヒラとした純白のドレスはいつもの冥月とはかけ離れた思考の表れなのか
 それにて手作りのケーキに自家製ブレンドのコーヒーの振る舞い。
 何度か冥月の隠れ家には出入りしているが、こんな対応は初めてだった。
「他にも食べる? 私得意なのよ。何でも言って」
 楽しげな冥月とは反対に草間は悩みまくっていた。
 真っ白なエプロンを身につけ、冥月はひらりとキッチンに立つ。
 その姿はいつもの男勝りな冥月とは正反対だった。
 草間はその姿をまぶしくも感じ、寂しくも感じた。
  

3.
 冥月の料理は大した物で、満漢全席中華フルコースをまるでホテルで食べているような美味さだった。
「おまえ、料理上手かったんだな」
 初めて知る冥月の素顔に素直に感動した。
「見直した?」
「あぁ。いつでも嫁にいける」
 そう言った直後、冥月は急にモジモジとし始めた。
 草間は『?』と首を傾げた。
「いつでもだなんて…私はその…ずっと…」
 モジモジと聞こえるか聞こえないかの声で呟く冥月に、草間は言葉を続けた。

「おまえの旦那になる奴は幸せ者だな」

 褒め言葉のつもりだった。
 ところが、それは冥月の顔を曇らせた。
「…」
 急に黙りこくり、冥月は俯いた。
「どうした?」
「武彦は、それでいいんだ?」
「え?」
 冥月はその場にしゃがみこみ、小さく丸まった。
「ど、どうした…?」
 小さく小さく、丸まっていく姿は寂しげな子ウサギのように見えた。
 草間はなにか言ってはいけない言葉を言ったことに気がついた。
 しかし、それがいったい何なのか。
 冥月の気持ちがわからない草間には、それがわからない。 
 段々顔色まで青ざめていく冥月の様子に、草間は急いで抱き起こした。
「しっかりしろ! 俺はお前を元気づける為に来たんだよ! なんで…」
 草間が耳元でわめいているのに、冥月はピクリともしない。
「ちくしょう。ウサギは寂しくて死ぬってか? 誰が誰を…って俺しかいないか…」
 はぁ…とため息をつき、草間はぎゅっと抱きしめて冥月に言った。

「俺、いつものお前に会いたいだけなんだよ…」

 
Epilogue.黒冥月
 …気がつくと武彦の胸の中にいた。
「な、何勝手に抱きしめてんだ!!」
 思わず体が勝手に反応して武彦の胸倉を掴んでいた。
「へ? あれ??」
 素っ頓狂な声を出した武彦は半分泣いているようにも見え、半分照れているようにも見えた。
「治った! よかった! そーか治ったのか!!」
 そう言って私の手を振りほどくと、また武彦は私を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!」
 そうは言ったが、悪い気はしなかった。
 だからちょっとだけ、抱かれていようかと思った。
「お前、ストレス性獣化症候群だったんだぜ? 覚えてるか?」
「…いや、覚えてないな」
「だろうな、お前が好き好んで着る服じゃない」
 よくよく見ると、昔恋人から贈られたウェディングドレスを私は着込んでいた。

  …いったい何があったのか…

「武彦、できたら私が発症している間の行動を教えてくれないかしら?」
 そう言った私に、武彦は少し考えて「嫌だ」と言った。
「な、何故? そんなに悪かったの?」
「いや、そうじゃない。けど…」
 武彦はそこで一度言葉を切ると、ニヤリと笑った。
「あの時のお前は、俺の記憶の中だけにしまっておく」
 武彦はすっくと立つと、ジャケットを着て帰ろうとしている。
「待って、武彦!」

「手料理、美味かった」

 最高の笑みでそう言うと、武彦は私を置いてけぼりにした。
「なによ…もう」
 これは次会った時、問い詰めるべきなんだろうか?
 でも、なんとなく幸せな気分だから、このままでもいいかもしれない…。 
 そんな余韻に浸りながら、私は私が作ったらしい2人分の料理の皿を片付け始めた。

 − 冥月のウサギ耳と尻尾はいつの間にか消えていた… −