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<東京怪談ノベル(シングル)>


Vassago


 人類の滅亡を目論む狂信的なテロ組織、〈虚無の境界〉。
 終末をもたらすため、活動を続けている彼らの手がけた〈未知の物質〉が、〈IO2〉によって盗み出されたとの情報が入った。
 怪奇現象、超常能力者が表立った影響を及ぼさないよう監視し、事件を未然に防ぐ超国家的組織〈IO2〉は、能力者に協力を求める〈虚無の境界〉へ直接的な敵対の宣言もなく、今も警戒を続けている。

 物質の奪取と記録の抹消。

 オーダーは至ってシンプルだ。

 青霧・カナエ(あおぎり・かなえ)はブーツのジッパーを引き上げて起立する。ベルトホルスターに、セルフディフェンス用としては最適な、オートマチック・G26を差し込んだ。
 チームでの行動を伝えられていたが、誰にも引き合わされることなく、黒いビロード張りのジュエルボックスを手渡されただけ……。
 到着後、ボックスを開けるよう指示され、建物内部の見取り図を頭へたたき込むと、夜に紛れて現地まで向かった。
 そこは一見、製薬会社のようだ。
 カナエが開いたボックスの中には、青玉(せいぎょく)のクリップ式イヤリングが入っている。
“……あ、聞こえるかい? それ、片耳へ着けてもらえないだろうか?”
 幽かな声は石から流れ出していた。
“大丈夫。傍受はされないよ”
 黙ったまま、左耳へ青玉を装着する。こちらが見えているのか、チームの一人は話し始めた。
“俺たちはあくまで後方支援だ。オーダーは君が実行しなくてはならない。OK?”
「了解しました」
 有刺鉄線を頂く塀の前まで来ると、すでにセンサーは解除されていた。
“今から一時的に施設の電源をすべて落とす。非常電源の再起動もしばらく押さえるから、君はその間に潜入してくれ”
 十秒後、建物を照らす水銀灯、室内電灯、非常口を示す灯りも暗闇に呑まれて沈んだ。
 カナエは素早く跳躍して、軽々、囲いを乗り越え敷地内へ潜り込んだ。
 懐中電灯を持った人影が廊下をうろついて、窓の外をしきりに確認している。
 一番手薄となっていた出入り口まで向かい、持っていたカードをスライドさせると、施錠システムが一瞬だけ作動した。電子音と共に開かれた先、遠くで靴音が響いている。
 チーム数名も入ってきているようだ。
 今回は戦闘が目的ではなく、少人数での行動となるため、時間のロスは避けなくてはならない。一度見た図面で、最速、最短のルートを弾きだし、目的の保管庫まで疾走する。
 途中、関係者とおぼしき六人と遭遇したが、発生させた霧で感覚のブラインドを実行したので、彼らはカナエを目視することが出来ず、そのまま廊下の角を曲がって行った。
 辿り着いた保管庫前は、他の場所より気温が低く感じる。
 ドアは、開かれていた。
 壁に背をつけた状態でようすを窺う……。
 中はがらんどうで、カンテラが二つ。棚の真ん中、手のひらサイズのカプセルが無防備に置いてあった。〈IO2〉は襲撃を予測し、この研究施設を捨てたらしい。
 送信ランプが点滅しているPCまで近づくと、画面へ転送中のデータが次々映し出されていた。

 =〈虚無の境界〉が保持していた〈未知の物質〉を分析したところ、有機物であり、意図的に入れられたジャンクDNA……形成に意味を持たない配列を発見。そこから、コードネームは《Vassago》ヴァッサーゴと判明。=

「……ヴァッサーゴ……?」

 =工作員が回収に成功した物質は、人口生命体の〈胚(はい)〉だと思われる。軍事開発へ転用の実験を試みたが、胚(幼生物)は生命活動を停止した。=

「…………」
 カナエはオーダー『記録の抹消』を実行するためG26を構える。

 =やはり、背徳の結果である生命は、真理に背く許されざる存在なのだ。=

 最後は、走り書きのような言葉で締めくくられていた。

 トリガーが引かれ、瞬時に無線状態のPC本体へ銃弾が貫通し、硝煙のにおいが立ちこめる。別室でも分散されていたデータを消去したところで、撤収の号令が掛かった。

◇◇◇◇◇

 仲間の運転する車の中、カナエはカプセルを軽く握り締める。

 許されざる存在……か。

「《Vassago》? って、ソロモンの七十二柱、悪魔の名だな。過去、現在、未来の出来事を見通す能力を有する王子。知識欲の強い魔術師によって呼び出されたりする。……作ったヤツは、ジョークのつもりなのか?」
 話しながら、運転手がミラーへ映った後部座席のカナエの白い横顔を、一瞬だけ流し見た。

 知識欲の強い魔術師。

 まったくもって、犬儒的な嗤いしか思い浮かばない。
 シート越し伝わる浅い振動に身を任せながら、鋭く尖った三日月の輪郭を視線でなぞっていた。