コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


助けて☆僕らの可憐なる女神様♪

深い森に抱かれた湖は平和…ではなかった。
そのほとりでは今、正に生存競争をかけた仁義なき戦いの鐘が鳴り響こうとしていた。

湖を駆ける心地よい風に吹かれながら、優雅な午後のひと時をまどろんでいた茸に機嫌は一気に急降下。
低温冷却を通り越して極寒レベルまでに怒り出しながら茸は能天気に顔を出した豚を睨みつけ、どこかの危ない家業さんも裸足で逃げ出しかねない声を出す。
「なんの積もりか知りませんが……一体全体どーゆー了見でもの言ってんですか?」
目があったら完全に座ってるとしか言えない茸の気迫にさしもの豚もたじろいた。
「どーゆーって……アンタ、篤志家の茸でしょ?どーしてそんなに怒るのよ!」
「冗談は大概にしろっっ!!」
ちょっぴしビビリ気味な豚のどーして、という無神経な一言に茸の怒りのゲージが限界点を突破し、森の木々を大きく揺るがせる怒号と化した。


この茸、『飢えた者に自分の傘を齧らせてあげる』という生存競争率が厳しいことこの上ない森ではひじょーに珍しい篤志家で、けっこう尊敬を集めていたりするんだが。
今回は少々……ではなく、ものすごく事情が違ったりする。
つい昨日のこと。
いつものように茸は『飢えた者に自分の傘を齧らせてあげた』のだが、一口ではなく傘を丸ごと容赦なく食われた。
しかも相手は今、目の前でビビリまくっている豚。
大体、『すみません、一口齧らせて下さ〜い』と平身低頭で来たくせに『丸ごと』食いちぎっておいて、一体どの面下げてやってくるんだ?
厚顔無恥もはなはだしい。
いくら奇特な篤志家の茸でも怒るというものである。
「昨日の今日ですよ?またですか!初対面なら吝かで無いのですが、貴方貪欲っっっっ!!」
怒号を上げるのは無理もないのだが、豚も豚で……キレた。
図星も図星。痛いところを思いっきり容赦なくついてくるだけでなく、切り裂いてくれたのだ。
普通なら引き下がるだろうが、空腹極まりないこの豚に冷静さとか節度を求めるのは酷……ではないだろが、逆ギレするには充分すぎだ。
「ふ……ッざけんなぁぁぁっぁぁぁあぁぁぁぁぁっっ!!この生意気茸ぉぉぉぉぉぉっ!!お前、篤志家ちゃうんかい?」
怒りの炎を燃え滾らせ、ブヒーと轟きも高く豚は一夜にしてきれいに傘を復活させた茸に噛み付かんと歯をむき出しにして突撃する。
飢えたものの決死の特攻というか、さすが同族というか、真っ直ぐに猪突してくる豚の気迫に茸はかなりビビリながらも食われてたまるか!と地面から自らの身体を引っこ抜き、空高く舞い上がる。
土ぼこりを立てて突撃してくる豚の鼻腔に向かって正確に脚をねじり込む。

いかな動物といえども呼吸の要である鼻をそれなりの大きさを持った物体をねじりこまれてふさがれたら、苦しいだけでなく痛いものである。
しかも突進中で口呼吸ができない豚にしてみたら、半端じゃない激痛が走っている。
地面の上をのた打ち回りながら、どうにか茸をひっこぬこうと前足を器用に動かすが、茸も負けじとより深く脚をねじり込む。
双方、負ければ即死の大自然の摂理に従わうしかない。
―ゆえに一歩も引けぬ。
見えぬ火花を散らす二匹―いや、一匹と一本の耳に突如、思いっきり場違いなクラッシック音楽が鳴り響くと同時に清らかな湖面を颯爽と滑走してくる一つの影。
「こらーあなたたち!!」
フリル一杯の真っ白な衣装に身を包み上体を極限にまでそらしたその技は伝説のイナバウワー。
声高らかに現れた麗しき女性に一匹と一本は思わず振り仰ぐ。
「あああああ、あなたはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「我らが守護女神・あやこさぁぁぁぁぁぁん!!」
驚愕する豚に対し、茸は身もだえしながら滑走してきたあやこにすがりつく。
「ひどいんですよぉぉぉぉぉっ!!この豚さんってば。昨日、『一口』っていいながら人の傘を『丸ごと』食いちぎっておいて、こりもせず今日もかじろうとするんですよぉぉぉぉぉ!!とんでもない非常識ですよね〜」
わっと泣き伏して窮状を訴える茸に我を取り戻した豚は慌てふためきながら、これまた必死に女神たるあやこに釈明する。
「そんなことないですよ〜あやこさぁぁぁぁん!!この茸さん、口ばっかりの篤志家なんですよぉぉぉぉぉ?飢えた者に齧らせてくれるっていいながら、なんて心の狭い!!」
おいおいと身を震わせて泣き伏す豚に茸はちょっぴし殺気を向けながら、そんなことはないと言い募り、己の正当性を訴える。
それに負けじと、これまた己の正当性を切々と訴える豚。
はっきりいって見苦しいことこのうえない。
「はっはっは、また喧嘩ですか?因みに諸君はこういう格言をご存じですか?あなたたちぃぃぃぃぃっ!」
彼らがいる湖のほとりまで華麗なるイナバウワーを決め、とうっと水面を軽く蹴って空中で優雅に一回転。
「親しき仲にも……あやこ流星キィィィィィック!!」
勢いそのままに必殺のビールマンスピンキックこと流星キックを豚と茸をえぐりこむ。
ひしゃげた声をあげ、吹っ飛ばされる豚と茸にあやこはつかさずスピンしたまま黄金の拳を振り下ろす。
「アストロォォォォォ真空ゥゥゥゥゥゥゥパーンチ!!」
あやこの怒涛の連続攻撃に対立していた豚と茸は完全に沈黙した。

「いぃぃぃぃぃーこと!喧嘩は問答無用の両成敗。同じ森に住まう者なら仲良くなさいっ」
ふっと髪を掻き揚げ、切々と説くあやこの姿に豚と茸はどこぞの御長寿番組で懲らしめられた悪人が如く畏まってひれ伏しながら、戦々恐々絶対服従状態。
だが、と豚と茸は考える。
優雅にして可憐なるその姿はまるで女神というよりも我らが不倶戴天の姿・人間のよう。
「あ〜の〜あやこさん?」
「ん?なあに」
「あやこさん、人間じゃ……ないですよね?」
にっこりと微笑むあやこに茸は先ほどの仕打ち―いや、天罰を思い出しながら恐る恐るその疑問を口にした瞬間、異様なまでに空気が凍りつく。
「え?まぁ〜何言ってるのかしらぁぁぁぁぁ〜私は人間じゃないわ、白鳥よ〜」
やや白々しいような言い訳を言い募っていた正にその時、あやこの携帯が見事な着信を立てる。
華麗なる手さばきで携帯を取ると驚いた様子で声を出す。
「えっ?湖で家鴨の子に人権侵害ですって?まぁ大変帰らなきゃ!私は白鳥のボスだから」
やや、というか、ものすごく白々しさを感じながらも追求する間も与えず、湖の上をイナバウワーで滑りながら去っていくあやこを豚と茸は呆然と見送った。

少々どころかひどく重い疑念を残し、豚は茸になんとも言えない微妙な謝罪をして湖の畔にある動物の里に戻ることとなり。
動物の里始まって以来、最大の危機に直面することとなった。


耳障りな金属のこすれ合う音。
不快な轟音を立てて、容赦なく切り倒され踏み潰されていく森の中を悠然と闊歩する巨大で冷たい異質な鉄の獣たち。
安全な距離を保ちながら、その周りでなにやら大きな一枚物の紙を広げて話し合う―黄色い一揃いの頭をしたニンゲンたち。
住まいを破壊され、逃げ惑いながら森の奥にある動物の里まで泣きながら逃げ込んできた仲間たちを交え、動物たちはいかにして奴らを追い払うかを話し合っていた。
「どうすればいい?!あの邪悪なるニンゲンたちの手下であるドボクキカイの前に我らはあまりに無力だぞ!!」
「だったら、あんな化け物に森をいいように蹂躙され、焼き尽くされるのを黙ってみていろっていうのか?」
里で一、二を争う猛者である熊の言葉に多くの同族を連れて逃げ込んできた日本猿の大ボスが猿らしく噛み付くと、誰もが言葉を失って俯いた。
重苦しい沈黙が永遠とも取れる数秒。
が、一条の光を見出したとばかりに巣を焼かれた野鳥の集団が一斉に叫んだ。
「そうだ!!麗しき湖の守護神・あやこさんにおすがりしよう!!」
「かの女神ならば、必ずや私たちを助けてくださるに違いない」
打つ手なしの待ったなしのどん詰まりに陥った動物たちの大半は一瞬にして、救い主を見出したとばかりにその提案に飛びついた。
早い話が―苦しい時の神頼みという名の他力本願。
それって動物としてのプライドはいかがなもんかとも思うが、悔しいかな。怪物も怪物、超大怪獣であるドボクキカイ。
生身のニンゲンにとっては凶悪な武器である爪も牙も何の効果を持たない。
「皆に問う!!あの湖の守護神・あやこは果たして女神なのだろうか!?」
「何を言うておる!!あやこさまは紛れもなく湖に住まう麗しき白鳥の女神。我らの里がどれほど救われたか、忘れたか?」
急いでお呼びしろと蜘蛛の子を散らすように駆け出そうとした多くの仲間を豚は四足を思い切り踏ん張って声を張り上げると、即座に一匹の狸が叫び返す。
その瞬間、豚はうっと言葉を詰まらせながらも、つい先日、茸との仁義なき戦いにド派手に介入したあやこの姿を思い浮かべながら、慎重に言葉を重ねて仲間に問うた。
「あやこさんの姿かたちは白鳥というよりもニンゲンだ。白鳥といいながらも全っっ然似てないだろー!!」
食欲のみに忠実な豚の割りに鋭いツッコミに誰もが息を飲む。
確かにあやこは白鳥ではなくニンゲンとしか言えない姿。
が、それも女神に相応しいとなれば案外納得してしまうものである。
「……って、今そんなこと話し合ってる場合じゃないでしょ!!!」
考え込んでしまう一同に野鳥の集団が見事に唱和して叫ぶ。
と同時に、彼らのすぐ後ろに不快な金属音を立てながら異様に長く頑強な腕を伸ばすものや熊の身体3〜4個分はありそうな鉄の球体を振り回すドボクキカイが姿を見せる。
「ぎゃー!!!!助けてぇぇぇぇぇぇっぇ、あやこさーぁぁぁっぁぁぁん!!!!」
動物たちの悲痛なる叫びが森中に木霊する。
「はっはっはっっっっ!」
蒼く広がる空から高らかに聞こえる声と共に限界ぎりぎりの華麗なるイナバウワーを決めて滑空する白き衣を纏った我らが女神・あやこが颯爽とドボクキカイの頭上に現れ―限りなく美しく鋭いスピンキックを撃つ。
その麗しき姿にドボクキカイに操っていたニンゲンは顔を蒼く引き攣らせながら必死の体で逃げ出すと、オレンジ色の炎にドボクキカイは嘗め尽くされた。
すたっと華麗に着地するとあやこは優雅にフリルをたなびかせ、びしりと右人差し指で残っていたドボクキカイを指差し、顔を仰け反らせる。
「貴方はこういう言葉を知っていますか?『魚心あれば…』あやこ爆弾チョーップ!」
迫力満点の声音に身じろぎ一つできなくなったドボクキカイを相手にあやこはひるむことなく大きく飛び上がり、鋼鉄の繊手を振り落とす。
火花を散らし、その柔らかな手で真っ二つにされるドボクキカイ。
その強烈な一撃に他のドボクキカイたちは何かに縫いとめられたように身じろぎ一つできない。
高らかな笑い声を上げながらあやこは群れなすドボクキカイに飛び込むと目の前の一体に全体重を乗せた正拳突きを鋼鉄の胴体目掛けてえぐり込む。
円錐形のクレーターを穿たれたドボクキカイを腕に絡めたまま、勢いを殺すことなく思い切り遠心力を使って右から左へとなぎ払う。
鈍く金属同士が軋む音を立て、同族たちを巻き込みながら吹っ飛ぶドボクキカイ。
ポーンという軽い音共に弧を描いて飛んでいったドボクキカイたちは音とは裏腹に強烈な勢いで地面に叩きつけられ―閃光が走る。
紅蓮の炎をあげて燃え上がるドボクキカイたちを背にあやこは前髪を掻き揚げ、力強く宣言した。
「安心なさい、湖の治安はあやこさんが護る」
爆発炎上する炎を背にしている為にその表情は良く分からないが、動物たちにとってそれはまさに天から舞い降りた女神の声。
あがめて祭るように泣き伏す動物たちを前にあやこはわずかばかり微笑んだように見えた。
もし、炎を背にしていなければ今あやこがものすごーくどや顔をしていたのかが分かっただろうが、世の中知らない方がいいことは山とあるわけで。
重要なのは彼ら・動物たちにとってあやこがどんな存在であろうとも、その崇高なる心は正に白鳥であるというその一点だけであった。

そして、今日も湖のどこかで争いがあれば、どこからともなく美しきイナバウワーで颯爽とあやこが駆けつけ、公正なる捌きを下してることだろう。

FIN