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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 思えばそれは最初から仕組まれていて +



 その日、朝起きた瞬間から嫌な予感しかしなかった。
 例えばどこかの伝承にあるように黒猫が横切ったとか部屋の物の配置が変えられていたなどと言う様な事が目に見える異変があったわけではない。
 だがしかし目覚めと共に彼――ヴァルツ・リュードルフは本能的に今日という日が嫌なものになるという予感がしていた。
 それでも以前から予約していたチェスの書籍が本日届くという連絡が入ったならば、早く読みたいという欲を優先してしまう。
 だが、本日の用事はそれのみ。
 たったそれだけを済ませてしまえば家に帰ってきて一日の残りは読書とチェスに時間を費やして過ごせる――と思っていたのに。


「なんで俺は女になってんだよー!!」


 なぜか普段はショートヘアである筈の髪は腰下まで伸び、その金色のロングヘアーを乱し青の瞳を血眼にしながら彼――否、現在『彼女』になってしまったヴァルは後ろから追いかけてくる男達から逃げるため一人街中を駆け回っていた。



■■■■■



 油断大敵。


 その言葉は本当に身に染みる。
 前述どおり、彼はただ本屋に足を運び、予約していた本を受け取るというそれはそれはとても簡単な用事を済ませるだけの予定だった。
 街に出たのはそれだけで、それだけ……で終わる予定だった。
 しかし途中どうしても喉が渇いてオープンカフェでジュースを頼んで飲んでいた。
 ……たったそれだけでトラブルが巻き起こるだなどと誰が予想していただろう。
 それはどこにでもある店で、どこにでも売っていそうな普通のジュースで、たまたま今日飲みたくなったから口にしただけ。だがその店にまさか知り合いの魔女が潜り込んでおり、彼に悪戯心からとんでもない薬を仕込むとは思っていなかった。


 ジュースを口にして間もなく肉体的変化は起こる。
 金髪ショートカットだった髪は急に伸び始め最終的には腰下に落ち着いた。続いて骨格や筋肉にも変化が起こる。男性体形は丸みを帯び、筋肉は柔らかさを得て胸元には女性特有の膨らみが現れ、腰もくびれ始める。そして当然ながら身長も縮んでしまい、シャツやズボンはぶかぶかになってしまう。
 ヴァル自身、この変化に非常に戸惑いを覚え、思わず広げていた本を手から離し地面に落としてしまった程だ。


 過去の間違いにより呪いを掛けられているヴァルは満月の一日だけ女性の身体となってしまうのだが、今日は決してその日ではなかった。
 事実昨夜は満月より程遠い細い月だったし、日付的にもその日はまだ先のはずだ。しかし今彼の身に起こっている出来事は間違いなく事実。一体何が起こったのかと混乱していたのは仕方がないことだろう。
 だがその疑問を即座に解決してくれる人物が彼の目の前に現れる。
 そう元凶である『魔女』が。


「ふふ、久しぶりね。今日も愛らしい姿じゃないの」
「お前っ!!」


 彼女が現れた瞬間、朝の嫌な予感はこれを示していたのだと悟る。
 思えば昔から彼女に関わって良かった事はそうない。幼き日に子供の純粋な興味心から「女になってみたい」という願いを口にした瞬間、まさか一生満月の一日だけ女になる呪いを掛けられ、今もそれについて周りの親しい人間からは色々からかわれたり呆れられているのだ。
 つまり困難も彼女は持ってきたのだ。『災厄』というネタを。


「貴方が飲んだ薬はすぐに判った通り女体化の薬よ。どう、満月の日以外に女になる気分は?」
「何考えてんだ! 早く解毒剤なり解除魔法なりかけろよっ! ついでに俺の呪いも解除しろ!!」
「待ちなさいよ、相変わらずせっかちな男ね。――ねえ、私と勝負しましょうよ」
「勝負、だと?」
「女の身体のまま一日誰からも逃げ切れたら昔掛けた呪いを解除してあげるわ。最近退屈していたのよ。それくらい簡単でしょう?」
「っ!? 本当か!」
「本当よ」


 『一日だけ女の姿で誰からも逃げられたら』、それはとても簡単な条件に聞こえた。
 だからこそヴァルは頷いてその条件を飲んだのだ。彼は己の身体能力の高さには自信があり、一日くらいなら誰にも捕まる事はない。そう信じていたのだ。


 ――しかし魔女は仕組んでいたのだ。


 条件を飲んだ瞬間、魔女は姿を消す。
 代わりに今まで静かだったカフェが一変した。
 実は魔女が飲ませた薬は女性化だけでなく、強烈な惚れ薬で今のヴァルの姿を視界に入れてしまうだけで男性はヴァルに恋心を抱き追いかけたくなるというものだったのだ。
 そのため、カフェにいた男性のほぼ全員はヴァルへと口説き言葉を吐きながら我先にと彼女に手を伸ばそうとする。
 しかし「捕まってはいけない」と条件に挙げられているため当たり前の事ながらヴァルはその場から逃げ出す。


 だが逃げても逃げてもここは街中。
 人、それも男性の姿など溢れている。ヴァルが走れば一体何事かと興味を抱いた人間はその姿を目に入れ、そして薬の効果によって他の男達同様彼女を追いかけ始める。最初は数人程度だった追っかけは今では数十人の団体と化し、撒く事すら困難な状態となってしまった。


「おや、ヴァル。何をしてるんだ?」
「っ、ルディ! 話は後!」
「随分と面倒臭そうなものを連れて……一体何をやったんだ」
「あの魔女だよ! 俺に呪いをかけた魔女!!」
「ん? あの女がどうした」


 途中、銀髪のショートカットにうなじ一つ結びをした青年とヴァルは出会う。彼はルディオ・リュードルフ。ヴァルにとって兄にあたる人物だ。彼もまた自宅へと帰る途中だったが、帰路に偶然大衆が走っているという奇妙な光景を目にする羽目になってしまった。しかもその最前を走っているのは今は女であるものの愛しい弟。興味どころか疑問を抱かずにはいられない。
 男なので彼も漏れる事無くヴァルに対して好感を抱くが、ルディに関してはそもそもヴァルを溺愛している事に加え、ほぼ全ての魔法魔術を扱え、大抵のものは無効化されるという特性を持っている。そのため、他の男性陣のように我を忘れるということはない。


 兄と出会っても足を止める事を許されないヴァルはすぐに姿を消そうとするが、そこは弟を溺愛しているルディとしては見捨てることなどしない。本当ならば今すぐ魔法を飛ばし後方にいる男達を一蹴してしまいたい所だが、それは流石に後々の処理が面倒な事になってしまう。
 結果、ルディもまたヴァル同様駆け出し、男達から逃げ回る事を選択した。


「くそっ、一日ってこんなに長いもんだっけ!?」
「昼前に魔女に出逢ったのが運の尽きだな」
「ちっくしょー!! 家まであと少しなのに、っ」


 今は何処かの住居の庭。
 二人とも常識はずれなその身体能力を活かし、道角を曲がった瞬間目の前にあった塀を三段跳びの要領で飛び越える。そして物陰へと身を潜めることにした。壁の向こうからは追いかけてきた男達は突然二人の姿が消えたことに大して驚き、動揺している気配が伝わってくる。人々がヴァルを求める声が聞こえると、ヴァル本人は手を拳にし、怒りを顔に貼り付けてしまう。しかしそこは兄のルディが諫め、落ち着かせる。ここで姿を現し、彼らに居場所を悟られる方が不利だと。


「一日経過する以外で解除方法がありゃいいのによ。くそっ、俺にはその知識がねえんだよ。ルディは何かわかんねーのか!?」
「……んー、その薬自体は魔女が作り出したオリジナルのものだろう。魔女以外は詳しくは判らないな」
「くっそ! あの魔女次逢ったらぶっ殺すッ!」


 ヴァルは今、いつもの様に低い声ではなく女性のように甘く高い声で怒りを露わにしても覇気がなく、ルディは手で口元を覆い密かに口端を持ち上げて笑う。
 満月の日以外で見られるとは思っていなかっただけに悦びも一押しである。
 だがそれはそれ。
 他の男達にヴァルを奪われるのは本意ではない。ルディはこほんと一つ咳払いをする。ヴァルは訝る様に彼を見た。


「まあ、落ち着けと言ってるだろ。詳しくは分からないだけで、推測は出来る」
「んぁ? つまりどう言う事だよ。何か考えがあるなら早く言え」
「だから落ち着けって。魔女は『女の姿のままで』と言ったんだろ。つまり男じゃ駄目なわけだ。そして『逃げろ』という言葉からつまり、捕まった場合に何かが起こる可能性がある」
「で?」
「ここまで言って分かんねーのか。つまり、だ――」
「ぅお!?」


 言葉を区切った瞬間、ヴァルは自分の腕が引っ張られるのを感じた。
 それは目の前のルディであることには違いないのだが、一体何があったというのか。いつの間にか視界は空を映し出し、その手前には兄であるルディの姿が在る。一瞬把握出来なかったが、すぐに両手首を捕まれ地面に押し倒されてしまっているという事態に気付くとさぁっと血の気が下がる。
 押し倒した方――ルディはというと自分の腕の中に収まってしまったヴァルの姿を見て愛しさを募らせた。


 ルディの影がヴァルの身体に掛かり、二人の密着度は高くなる。


「ま、運がなかったと思って諦めろ」
「ちょっ、なにし――」


 声が途切れたその刹那、ルディの輪郭が見えなくなる。
 次第に肉体が男になっていくのを感じながら、ヴァルは暫し相手の温もりに身を預けることにした。



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 後日。
 ルディの機転によりヴァルは無事女の姿から開放される事になったが、結局「
指定された条件を達成出来なかった」という理由により魔女から呪いの解除は撤回されるがそれに気付くのは――もう少し先の話である。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8462 / ヴァルツ・リュードルフ / 男性 / 25歳 / 大国「リュード」現国王】
【8463 / ルディオ・リュードルフ / 男性 / 30歳 / 大国「リュード」元後継者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 初めまして、発注有難うございました!
 面白い薬シチュに嬉々として書かせて頂きましたがいかがでしょうか?
 少しでも気に入って頂けますよう心から祈りますvではまた機会があればよろしくお願いいたします。