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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


見えない人
●オープニング:見えない人
 ひたり、と、何かが動く音がした。
 ……この家には自分以外の人間は今となっては居ないと言うのに。
 ひたり、ぺたり、ぎしぎし。
 裸足の足音らしきものと、体重に床が軋む音。
 時計を見やれば針は午前2時過ぎを指している。
 ここまできて、私の寝ぼけた頭は漸く冴えてきた。こんな深夜、それも私しか住んで居ない家に、何者かがいる。ということは、考えられるものは2つしかない。
 泥棒、もしくは魑魅魍魎の類。
 だが常識的に考えれば前者であろう。後者など存在するわけがない。
 私は片手に携帯電話を、もう片方の手に手近にあった本をひっ掴むと足音を立てないようにそろそろと部屋の扉に近付く。人の家に勝手に入り込んだ不埒ものへとせめて一撃。無理でも写真くらい撮ってやれば通報も楽だろう。
 ……そこまで考え、ふと私は違和感を覚えた。
 違和感の正体。それは……異臭。
 金属を思わせる臭いに生臭さが混ざったモノ。そんな臭いだ。
 おそるおそる扉を開く。ぺたぺたという音が闇の中まるで這い回るように動いている。
 私は、音にむけて携帯電話のカメラを向け、シャッターを切った。途端、ぺたぺた言っていた音が立ち止まる。どうやら歩き回っていたソイツに気づかれたらしい――しかし、その場には音だけ。暗闇が満ちているのみで、何も見えない。
 だが、私には分かった。何か想像も寄らないモノが居るのだという事が。
 そう思った瞬間、私は駆け出していた。駆けて、駆けて、家から飛び出していた。

●過日の悲劇
 学校帰りの海原・みなもは、今日も草間興信所を覗く事にする。
 清楚なセーラー服をはためかせ扉に近づきノックをしようとし――半端に開きっぱなしという事に気づいた。既に誰か来ているらしい。
「何かお手伝い、アルバイトありますか?」
「ああ、来たか」
 思い切って中へと声をかけてみると、聞き慣れた探偵の声がした。
 室内に顔を覗かせたみなもへと、草間が「こっちへこい」と手招きする。傍に近寄ると、草間の対面には見慣れない男性が座していた。
 蕪・連行も学校帰りに顔を出したらしく、崩したブレザー姿といった出で立ちでマグカップに注がれたコーヒーを飲んでいる所だ。
「なあ、お前は『見えない人』って知ってるか?」
「『見えない人』ですか……」
 草間の唐突な問いに暫し彼女は覚えがないと頭を振る。
「こちらの依頼人――佐々木氏がそんなものに遭遇したらしい」
 草間から一通り説明を聞き、彼女は思い当たる部分を告げる。
「生臭い金属臭というと血ですよね……」
「ああ、多分そうだろうな」
 微妙な表情をしつつも草間が答える。
「それと、午前二時は逢魔ヶ刻……と」
 常世と繋がると言われる時刻なだけに、何があってもおかしくはない。
 みなもとしては恐らく霊道を断たれた幽霊では、という目測だが……彼女は傍で黙ってコーヒーを啜る連行の様子をうかがう。
 不意に連行が、ごとりとカップを置き口を開いた。
「うーん、それ、歩き回っているヤツは問題無い気がすんなー。別に危害加えてくるわけじゃないんだし、いんじゃね?」
 カメラ向けられてじっとしてるって、よっぽどいーやつだと思うわ、と連行が言うとみなももこくり、と頷く。
「今まで依頼人さんが生きているなら、即効性の害意はなさそうですよね」
「……だからといって放置されると依頼人もオレも困るんだが……」
 草間は微妙な顔をする。
「むしろ歩き回るようになった時期っつか、きっかけを探るべきかも?」
 そして連行は佐々木の方へと向き直り問う。
「……なんか物を見つけた、もらった、貼り札を剥がした……とかありませんか?」
 依頼人という事で、連行は敬語で喋る。
 尤も、彼は報酬目当てで興信所に来ているわけではない。
 様々な事件や、面白い人と出会えることが楽しみなのだ。
「いつ頃から気づいたのか、それと、ご自宅や周辺で何か起りませんでしたか?」
 言葉を引き継ぎみなもが言う。
 佐々木は深く項垂れた。どうやら何か引っかかる事情があるらしい。
「……暫く前の事です……私の妻が……」
 暫しの沈黙の後、佐々木は重い口を開き、妻の身に起った不幸を語りはじめた。
 亡くなる数日前、妻は結婚指輪を無くしていたという。恐らく床下収納を片付けている時に無くしたと思われたのだが、彼女はそれを酷く気にしていた。
「……私は、気にしないでいい、また新しく似合うものを買えばいい、と言ったのです。しかし……」
「しかし?」
 みなもが手に汗を握りながら、続きを促す。
「妻は床下を懸命に探し続けました」
 佐々木の言葉の端々から読み取れる暗い何かは次第に増していく。
「そして私がある日仕事が終わり帰宅すると、自宅内は明かりも付けず真っ暗で、ただざあざあという水音だけがしていました。私が音の出所である浴室に向かうと彼女は……」
 佐々木が言い澱んだ。この先は言うまでもなかろう。
 その後、葬儀も済み、自分以外誰も居ない自宅でただ1人眠っていると、何者かの足音がきこえるようになった……という事であるらしい。
 ここまで聞き、みなも、連行ともにピンとくるものがあったらしい。
「足跡の位置は自宅の中心から見て、どこからどこまでなのか、念のため教えて頂けますか?」
 みなもの問いに佐々木は僅かに気分を切り替えられたのか即座に答える。
「そうですね。廊下の……収蔵庫があるあたりを中心に、私の部屋の近くまでついたようです」
 矢張り、といった様子で2人は顔を見合わせた。

●裏付けを取りに
 依頼人宅に向かおうと興信所を出たところで、みなもは図書館へと向かう事にした。
「見えない人」の正体を確定する――それが彼女の目的だ。
「見えない人」と類似する話が見つかれば、今回の事件を解決する糸口になるかも知れないと、ネットで検索をかけつつも、彼女は様々な本の頁を繰る。
 少なからず見つかった資料は、幽霊の類が現れる時は、姿が見えなくとも時として異臭を放つ事がある、という内容等だ。
「見えない人」は生者ではない。それがほぼ確かなものとなる。
 だがそれは同時に「見えない人」の正体が佐々木の妻である可能性に繋がるものだ。
 もし彼女が死した今も徘徊しているのだとしたら、あまりに悲しい。そう思うのも彼女の優しさ故か。
 大きくため息を吐きみなもは次第に落ちていく日へと視線を送る。
 そろそろ図書館は閉館の時間だ。
 連行に追いつき、依頼人の家を調べなければならない。
 彼女は足早に図書館から出ると、夕日の中を駆けてゆく。

●真相へ至る道
 再び顔を合わせたみなもと連行は佐々木氏宅内へと入り込む。
 未だ薄明が残ってはいるものの、真っ暗になるのも時間の問題であろう。
「床下に何かありそうですよね」
「ああ『見えない人』の捜し物はおそらくここだ」
 みなもは廊下に立つと収蔵庫を探し床に触れる。重い収蔵庫の扉を連行が持ち上げ、細身なみなもが先に入った。手には聖水のビンを持ち、万一の場合に備えている。
 ふと、連行が何かに気づいた。彼の指す先にはきらりと光る小さな何かがある。
「あそこまでいけないか?」
「流石に狭くて難しいですが……これがあります」
 みなもが聖水のビンをあけると中から水が噴き出し、一筋の糸のように姿を変え、先ほど連行の見かけた煌めくなにかへと、一条の線を描き舞った。
 接触している水を操れる。それが、彼女の能力。作り出した単分子配列の『糸』がピンと張られ、闇の中でキラキラと輝いた。
 やがて、小さな何かがその『糸』をするすると伝いみなもの手元へとたどり着く。
「とれました」
 にこりと微笑むみなもの手の中には、半ば泥で汚れたアクアマリンの指輪があった。

●2:00 AM
 2人は深夜を待った。『見えない人』の出現する時刻を。
 ただ小さく秒針が時を刻む音だけが長く長く響き続け……そして、その時は来た。
 ひたり、ぺたり。ぎしぎし。
 音は次第に近づいてくる。
 廊下に漂う血液の臭い。そして、ぺたぺたとつけられる足跡。前者は恐らく彼女が自害した時の傷から流れ出たモノの臭いだろう。
「……なあ、そこのおまえ」
 連行が覚悟を決めると足跡のあるあたりへと話しかける。途端に足音が止まった。
「捜し物はこれだよな?」
 彼の声にあわせみなもがアクアマリンの指輪を差し出す。
 先ほどまで彼女はこの指輪を丁寧に磨いていた。思いの籠もった品であるなら、大事にしなければ、と。
「お返しする為に、この家の床下から見つけました」
 みなもの手のなかで、きらりと指輪が輝く。それが不意にそっと浮いた。僅かにだが掌に人の体温を感じる。恐らく見えない人が指輪に触れたのだろう。
「……佐々木さんも、おまえの事は大事に思ってる。だから、こんな所をいつまでも彷徨わない方がいい」
 そう連行が言った瞬間、2人は真っ暗な中にその人物の姿を見た。
 髪の長い、まだ若い女性の姿。彼女は2人へと笑顔を見せ、何かを告げるように口を動かす。そして深々と礼をすると指輪に吸い込まれるかのように消えていった。

●せめて、想いを届けよう
 佐々木宅を出て暫し、みなもが小さく問う。
「連行さん、今の人、最後になんて言ったか分かります?」
「そうだな……」
 ありがとう、と言ったのは間違い無いと連行が答える。
「それと、あたしの聞き間違いじゃなければ……」
 彼女はこう言った『愛していると伝えてください』と。
「やっぱり奥さんは佐々木さんを愛していたんですね。だから結婚指輪に拘った……」
 みなもの言葉に連行は答えない。
 もしそれが愛の形であったとしても、お互いもっと幸せになれる選択肢があったのではないだろうか。
「……とにかく、興信所に戻ろうぜ。多分草間も依頼人も待っているだろーし」
 くわ、とあくびをする連行、流石に深夜ともなると眠気だって襲ってくる。
「そうですね。指輪も届けないといけませんし」
 佐々木の妻の思いが残った指輪は、みなもの手の中で少しだけ寂しげに輝いた。
 2人は足早に夜道を歩く。少しだけ悲しい、しかし愛が存在した事実を伝える為に。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも) / 女性 / 13歳 / 女学生】
【8299 / 蕪・連行 (かぶら・れんぎょう) / 男性 / 16歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉澄知と申します。
 この度は依頼にご参加くださいまして誠にありがとうございます。
 ライターとしての活動も初、勿論東京怪談も初、ウェブゲームも初……と何もかもはじめてづくしでしたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、もしまたご縁がございましたらその際は宜しくお願いいたします。