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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


それは『彼女』にとっての素敵な偶然。

 街角のとある店。何処からか聞こえてくるのは機嫌が良さそうな可愛らしい鼻歌。それはこの店――シリューナ・リュクテイアの魔法薬屋では比較的よく耳にする声でもある。その鼻歌の主は別世界よりこの東京に異空間転移して訪れた竜族であるシリューナと同族にして魔法の弟子、そして何より『可愛い妹』でもあるファルス・ティレイラ。彼女は今、シリューナの部屋のお掃除をしているところ――それもまたいつもの事。…ティレイラにしてみれば、シリューナの――お姉さまの部屋のお掃除は良く任されている。
 埃を叩いたり拭き取ったり。掃除機も掛ける。窓も磨く。隅から隅まで綺麗にする為。普通の生活空間である以上に、シリューナの部屋なのでお店には出せない――と言うか出したくないんだろうワンランク上の美術品や装飾品の類もここには結構置いてある。…そんな大切な場所にも私は入れて貰える訳で。ティレイラはにこにこしながら上機嫌でシリューナの部屋のお掃除を続けている。…綺麗になるのはそれだけで何だか嬉しい。
 掃除をするに当たり、そこにある調度や美術品を壊してしまわないように丁寧に気を付ける。綺麗にする為に動かした物は元の場所へそーっと戻して。狭い場所、手の届き難い場所、見えない場所に汚れが残っていないかどうかもじっくりと確かめる。…いつも綺麗にしていてもどうしても埃は溜まってくる。だからお掃除が必要になる訳で。
 で、そんな風にお掃除をしている中。

 ティレイラは、飾る形にじゃなく置いてある『鏡』に気が付いた。

 気が付いたその時にはそれが『鏡』だとは思っていない――『それ』があったのは飾ってある美術品と美術品の隙間、簡単には見付からなさそうなところ――しかも梱包されたままだったから。なのでティレイラも当初はあまり深く考えず、その場の掃除をする為に一緒に置かれていた折り畳まれた紙片と共にその梱包物も取り出したのだが――取り出して脇に置いてそれらが置かれていた場所を掃除、さて梱包物を元通りに戻そうとした時に――なんで梱包されてるような物がこんなところにあるんだろう?と漸く疑問に思い、やっとその中身に興味が湧いた訳で。
 …何故ならシリューナの美意識で、梱包したままの物をこんなところに置いておくのは不自然な気がしてならないから。この部屋のここにあるのは須く、シリューナが愛でる為に――愛で易いように『飾り付けて』ある物になる筈。そして、まだ梱包してあるような物なら別のそれ用の場所に眠らせてある筈だから。
 思いながらティレイラはいったい何だろうと梱包されたそれを暫し見つめ――あっそうだ、と一緒にあった紙片の方にここで漸く頭が行く。…何かのメモ書きにも見えそうな紙片。折り畳まれていたその紙片を開いてみたら思った通りメモ書き、それもどうやら『呪いの鏡』とやらの使用法が説明したメモだった。鏡。梱包物。…その梱包の『中身』が『呪いの鏡』である可能性。そこまで思った時点でティレイラの心臓はばくばくと高鳴っている。…お姉さまが隠していた、『呪いの鏡』。その効果。メモ書きを見る限り、鏡の中の自分を見続けていると石化してしまうと言うものらしい。まさにお姉さまの趣味に合う品。…そして、だいたいいつもティレイラはその趣味の餌食にされて遊ばれてしまうのだが。
 となると、この『鏡』もまた『その為』に入手した物、なのかもしれない。
 でも、今コレがあった場所は、お姉さまも最近あまり手を触れた様子は無くて。暫く放っておかれていた…ような気はした。だからティレイラも、掃除をする必要もあるなとわざわざ引っ張り出した訳で。
 だったら、『すぐには気付かれない』かもしれない。
 …いやいや、何を考えているんだ、私。
 思わず、ぶんぶんと自分の考え――思い付きを振り払うようにティレイラは頭を振る。

 ………………まさか、自分がこれをお姉さまに使ってみたらどうなるのだろう、なんて。

 考えちゃいけない。
 そんな恐ろしい事出来る訳無い。
 …でも、と頭の中で囁く自分が居る。
 考えるだけで、ばくばくと心臓がはちきれそうなくらいになってくる。

 それは勿論、大好きなお姉さまにだから嫌な訳じゃないけど、でも、いつもいつも自分ばかりやられっぱなしだから。
 だから、たまにはやり返す事が出来たら――とも思ってしまう。
 そして『それ』が可能になるかもしれない物が、偶然今、目の前にあると言う堪らない誘惑。

 ………………ティレイラは、その誘惑に抗えなかった。



 そしてティレイラは、お部屋のお掃除終わりましたと言う事で、お姉さま――シリューナの居る店内に戻る。
 戻ったティレイラのその手にはこっそりと『呪いの鏡』が。誘惑に抗えず、シリューナの部屋から持ち出して隠し持っている事になる。…梱包を開けてみたら意外と何でもない何処にでもありそうな特徴の無い鏡のようだったのもティレイラの背中を後押しした。これならば、お姉さまに気付かれない可能性だって高い!と勇気が湧いてくる。
 でもそれでも、いつ見せようか、肝心のタイミングをどうしよう、ともティレイラは思う。いきなり見せたら不自然だし、すぐ気付かれてしまう。一所懸命考える。自然に、つい手に取って眺めてしまうような状況をどう作ろう。鏡を見るタイミング。お化粧とか、顔を洗ったりとかの時が普通。お姉さまが普段使いそうなところにさりげなく置いておいて、お姉さま自身がそこに置き忘れてたように見せるのも良いかもしれない。
 色々と思考を巡らせる。
 …お姉さまがすぐ側に居るここで、私が。その事だけでもティレイラはドキドキ感でいっぱいになる。それでもひたすら考えながら、鏡の手触りを何となく確かめる。そのまま、ちら、とつい自分も当の『呪いの鏡』を見そうになって――いやいやそれじゃいつも通りになっちゃう、と頑張って我慢。ぶんぶんと頭を振り、振り払おうとする。
 と。
 どうしたの、ティレ? とお姉さまの呼ぶ声。途端、心臓が口から飛び出るかと思う。い、いえ何でもありませんっ、と慌てて誤魔化しはしたが、誤魔化し切れただろうか。…わからない。
 とにかくそんな感じで何とか誤魔化し?た後、ティレイラはそれとなくシリューナの様子を窺う。
 …お姉さまの様子は、変わっていなかった。

 その事に一応、ほっとする。
 けれど油断は禁物。もっと周到にタイミングを見計らなければ、とティレイラは思いを新たにする。
 当の『鏡』を持ち出してしまった以上はもう、引き返せないのだから。



 …ティレイラに頼んでいたお部屋のお掃除。それが済んで戻って来てから。
 シリューナはティレイラの様子がどうも挙動不審な事に当然のように気付いている。何かあったのだろうかと思うがシリューナにしてみれば心当たりがない。それでもまぁ、感情のままに元気にくるくる動く姿は可愛らしいから、取り敢えず放っておいて視覚的に愛でていたのだが。
 ただ、いきなり何か考えを振り払おうとでもするようにぶんぶんと頭を振り出した事で、これで何も聞かないのは却って不自然かなと思い、どうしたのとティレイラに声を掛けるだけ掛けてみる事を選ぶ。
 そうしたら、ティレイラは必要以上に慌てて何かを誤魔化すような態度を取って――ついでに手許の何かを隠したようだった。と言うか明らかに隠した。一瞬しか見えなかったが、ああ、とそれで察しが付く。…ティレイラは私の部屋から戻って来た。あのサイズのあの形。梱包したままメモ書きと共に置いてあった状況。ティレイラが思い付きそうな事。ティレイラの挙動不審の理由。

 ………………つまりは、あの『呪いの鏡』を使って私にやり返してやろう、と。

 表情には出さないままシリューナは内心で笑う。元々あの『鏡』は『お楽しみ』に使おうと仕入れて隠しておいたもの。とは言えあまり本気で隠していた訳ではなく、取り敢えず、と他と紛れないところに置いていただけ。
 …それを見付けたと言う事は、ティレイラは本当に隅から隅まで確りお掃除してくれてるのね、とシリューナはちょっと嬉しくなる。なら、そのご褒美と言う訳じゃないけど、たまにはティレイラの予想通りにしてあげようかしら? とも思う。
 でも。
 それじゃ私の『お楽しみ』にはならない。それにそもそも『鏡』を勝手に持ち出したのは悪い事。ならばご褒美とお仕置き、両方にしてみましょうかと考える。
 まず私がティレイラの企み通り『鏡』を見て石化して。
 そうしたらティレイラは、きっと持ち前の好奇心で私に触れて来る。

 なら。
 仕込んでおくべき事は。



 …暫し後。
 ティレイラは、あれ、と不思議そうに小首を傾げて――但し若干ぎこちないのだが――店内の棚にあった『鏡』をシリューナに示して見せる。…それが先程ティレイラがこっそりと設置した、『呪いの鏡』。
「…あれ? お姉さま、こ、こ、こんなところに鏡なんかありましたっ…け?」
 結構あからさまである。
 けれどシリューナは特に気にした様子は無い。…その時点でティレイラも何かおかしいと気付けばいいものを、どうしても己の企みの方に頭が行っていていっぱいいっぱい、シリューナ本来の周到さを思い出す余裕が無い。
「ん、あらそうね、置き忘れてたかしら」
 軽く同意しながらシリューナはティレイラに示されたその鏡を覗き込む。一通り全体の形を見て確かめてから、鏡面を眺めまでする。
 映っているのはシリューナ自身の顔。
 暫く、そのまま。

 で、いたかと思うと。

 あら? と余裕たっぷりな普段のシリューナにあるまじきやや焦ったような声が響く。何かと思えば――シリューナのその身体が指先から石化し始めていて。ちょっと、これ? と慌てたように――助けを求めるようにティレイラの姿まで見返し。けれどその間にもシリューナの石化は止まらず。徐々に動きが鈍くなって行き、完全に静止する。
 その様を見て、ごくり、とティレイラは生唾を飲み込む。緊張はまだ解けない。…やった…のかな? と思い、恐る恐るシリューナの前に回ってみる。…本当に『呪いの鏡』が上手く使えたのか。今お姉さまは本当に石化してしまったのか。…どうも信じられない。でも今、お姉さまはぴくりとも動かないでいるのは確か。ティレイラは石化したシリューナの姿に近付く。すぐ目の前まで顔を近付けて、じーっと見つめてもみる。
 …やっぱり、動かない。
 真正面から顔を――と言うか鼻先を恐る恐る触ってみる。硬い。触れた途端にちょっとびっくりしてすぐに弾かれたように手を離す。…石化、しているんだと思う。ちゃんと『呪いの鏡』の効果は出ている。腕や髪も触ってみる。服も――どれも同じ感触。…お姉さまは何の反応もしない。
 そこまでやって、漸く実感。

 間違いない。
 やったんだ。

 うん、と頷く。
 頷いた後、上げたティレイラの顔はそこはかとなく嬉しそうで。それは、シリューナには――お姉さまにはいつもやられっぱなしだから。だから、今日は初めてそのお姉さまに勝てたような、そんな気分になって。
 へへ、と照れたようにふんわりと笑う。

 と、その時。

 パキリ、とティレイラの身から何か、ごく微かな硬い音と共に違和感がした。手。石化したお姉さまに触れたところ。何だろう、と思いティレイラはその手を持ち上げてみる――と。
 あろう事かそこから、石化が始まっていた。

 え? と思う。
 どうして? なんで? と焦る。今、『呪いの鏡』の効果が現れたのはお姉さまの方。なのになんで、私が石化し始めている!?
 焦っている間にも、そのまま石化は進み――今シリューナがなってしまっているように、今度はティレイラまでそのままの形で石像に。

 …なったところで。

 ふぅ、とばかりにシリューナが手で髪をかきあげて後ろに流している――動いている――シリューナの身に降りかかっていた石化の呪いが解けている。…それは当然。そうなるように事前に仕込んでおいたから。ティレイラの企みを見破ったところで、シリューナの身には自分に触れた者に呪いの効力を移す防護用の魔法がかけてある。ティレイラは持ち前の好奇心で、きっと、私が石化した後には触れて来るだろうと予想して――そうしたら、本当に予想通りの行動を取ってくれて。

 今、私の目の前に、可愛らしいティレイラの石像がある事になる。

 …まさかこうなるとは思わなかったんだろう、慌てた表情。自分が有利だと完全に思い込んでいたところから驚き、焦り、慌てて、途惑って、の。石化するまでのその仕草の一つ一つが容易に想像出来る今のティレイラの姿。
 本当に、本当に可愛らしい。
 これなら、わざとやられて見せた甲斐があったと言うもの。
 思い、シリューナはティレイラの石像に触れる。石化した時の自分がされたように、確かめるように触れ、冷たく硬質な感触を確かめる。
 …ああ、素敵。
 ほう、と思わず出るのは感嘆の吐息。…それは勿論いつもティレイラは可愛らしいけれど、経緯が違うとまた新鮮で。心なしかティレイラが見せる表情も、いつもとはまた少し違っていると言えるかも。…ティレイラの拙い企みを見ての気まぐれな思い付きだったのだけど、たまにはこんな事があっても悪くない。

 今、目の前にあるティレイラの石像を思う様堪能しながら、シリューナはひとり、そう思う。

【了】