コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦【晴嵐】
 日本には八百万の神がいると言うが、それは神と言うより怪物と呼ぶほうがふさわしかった。
 ゼリーのようにぶよぶよとした身体を持つ、幾多の怪物が砂丘で野砲の試射や空爆訓練の最中に現れたのである。
<<第三爆撃隊、壊滅!>>
<<第三十九戦車隊も壊滅しました!>>
 着々と届く報告はどれも悲惨なものだった。指令室では多くの通信技師やらその手の専門家らがかけずり回り、敵の解析に躍起になっている。
「また訳のわからんものが出たな……あれは何だ!」
「あれは水熊ね」
 苛立たしげな将軍の声に物怖じせず、指令室に少女が姿を現した。黒髪に白衣を着こなし、小柄な少女の割には目元に少女らしからぬ意思がある。
 少女の姿を認めるなり、将軍はぎょっと目を見開く。
「か、鍵屋博士!? 何の用だ!」
「あら将軍。そんなことも逐一解説しなければならないのかしら。突如現れた未知の怪物へ対策する。ふさわしい人物を直ちに収集しろ。そうおっしゃったのは貴方だと私の優秀な脳は記憶しているけれど」
「よりにもよって……」
 少女博士の不敵な発言に、将軍の眉間に刻まれていた皺がさらに深くなった。最近薄さが目立ってきた頭に手をやる。
<<F-16、撃墜!>>
 そうしてる間にも報告が飛び交った。緊急発進した戦闘機が、怪物……水熊による怪光線で蒸発する光景がモニターに映る。
「将軍、お困りのようね。名案があるわ」
「要らん。既に北から艦艇を呼びよせてある。最新の砲弾を積みこんでな。海から砲撃すれば……」
<<艦艇・細雪、轟沈しました!>>
 あっと言う間に残念な報告が届いたのを聞き、少女科学者、鍵屋・智子はにやりと笑った。
「もう一度言ったほうがいいかしら、将軍。名案があるわ」
「……」
 黙り込んで渋面を作った将軍が、嫌々といった様子で耳を貸した。鍵屋博士がそっと耳打ちをする。
 ごにょ、ごにょごにょ。
「ほ、砲艦を空中投下!? のみならず小川原湖から超長距離射撃……!? 正気の沙汰とは思えん!」
 驚愕を隠しきれず叫んだ将軍の声に、指令室の人々が一斉に振り返った。さながらオペラハウスの舞台女優と観客たちといった様子の中、まさに女優の位置に立つ鍵屋博士は不敵に笑った。
「確かこの軍には面白い娘がいたわね。艦隊の護送と怪物への陽動空爆は、あの娘にやらせるわ」
「わ、儂はまだ許可しとらん! 小娘の実力を信用できん!」
 慌て始めた将軍を、靴を鳴らす音と共に鍵屋博士が一喝した。
「それなら、火力を崇拝するこの私が、あの怪物を業火に投げ込んでみせるわ! 貴方もね、将軍」「何だと!」
 いきりたつ将軍をものともせず、鍵屋博士がぱちりと指を鳴らす。
「F-16部隊、最新鋭機器を積みこんだ艦艇、その他戦闘機・戦車諸々、被害は甚大ね。さあ、即刻将軍を更迭なさい! 指揮は私が執るわ! そうね、名付けて……ニムロド作戦よ!」
「こら、鍵屋博士ーッ!」
 鳴らされた指に呼ばれてやってきた軍人らが、将軍を両脇から抑えてどこぞへと連行していく。それを満足そうに見送った鍵屋博士は……。
「罷免よりは温情あると思ってほしいわね。勝てば官軍よ。さあて、あの娘を呼ばないとね」
 実に楽しそうな笑みを浮かべていた。


「あれ、神様なのかな」
 馴染みの玲奈号、その甲板の端で座り、遥か彼方の水龍に似た化け物を三島・玲奈は見ていた。そうしている間にも、空爆をその軟体のような身体で弾き、怪光線で数々の兵器を潰して回っている。
『神だろうとなんだろうと、人を襲えば怪物と同等よ。いいわね、三島・玲奈。私の立てた作戦は頭に入っているでしょうね』
「暗唱できるまで言わせたのは誰よ、もう」
 いつもの将軍の不在に加え、やってきた女科学者に調子を狂わされた玲奈は密かに嘆息した。
『そう言わないの。あなたの力をこれまでよりずっと有効に使ってあげれるのよ』
 玲奈は肩を竦めた。確かに知らされた作戦自体は玲奈も悪くないと思った。立ち上がり、吸う、吐息を吸って吐く。ゆっくりと片手を顔の前にかざして、勢い良くその手が宙を振り払った。
 並の人間には分からないだろう。だがその手の知覚を持つ者ならば分かるはずだ。日本各地に渡る霊波が迸ったのだ。
 しかしそれは攻撃のためではない。同時刻に東京湾へ運ばれてきた資材が、そのまま川崎の造船場で溶接されてゆく。東京近郊だけではない、各地に行き渡った霊派が工業地帯で戦闘機を作りあげていくのだ。完成したものから次々と玲奈号の看板へと自らやってきては立ち並んでゆく。特撮や映画のプロモーションPVを思わせた。
『砲艦の建造までの時間稼ぎよ。いけるわね?』
「もちろん」
 集った戦闘機たちが一斉に飛び立った。玲奈もまたその一つに飛び乗り、アフターバーナー全開で空を裂くように飛び立つ。
 水熊も玲奈に気付いている。ぐるんとその軟体生物のような身体を動かし、彼女と隊を捉えた。あれだけ強力な霊波を放てば当然気付かれるので、その辺りは玲奈も鍵屋博士も察している。今回は陽動も任務であるため、むしろ相手が気づいてくれるならば丁度良い。こちらに気を取られている分だけ、他の被害は抑えられる。
 水熊が身体を震わせた。次の瞬間、怪物の触手から怪光線が勢いよく発射され、飛行機隊のうち二機が一瞬で蒸発する。ぼすっと形容しがたい蒸発音に、玲奈は眉を顰めた。
「散開!」
 無人機たちに指示を出し、隊を散開させる。水熊の怪光線が一機また一機と戦闘機を蒸発させていくが、玲奈に向けて発射された怪光線は途中から霧散していった。
「案外射程は短いんだ……間合い、読めた!」
 玲奈の口元が笑みを刻む。残った機体に指示を出し、指示を受けた機体が時間差で数機突入した。
 ぐりん、と水熊が首を勢いよく振った。この上ない好機に、玲奈の機体が脇をくぐってぴたりと光線を放つ触手に狙いを定める。
 至近距離から放たれたのは塗料弾だ。不透明な緑の塗料が触手にべったりと塗りたくられ、触手が
光線を放てずに戸惑った動きを見せる。
「やった……!」
 歓声をあげかけたその時、反対側から早送りでもしたかのように触手が生えた。視界の隅には映った、けれども。
(反応できない!)
 横殴りの触手が玲奈の機体にクリーンヒットし、機体が煙を吐いた。


 一方そのころ、秋葉原に不釣り合いな姿をした少女が仁王立ちになっていた。
 鍵屋博士である。コスプレイヤーが山のように闊歩しているこの界隈で、ただ白衣だけという衣装は却って異質だった。彼女が立っているのは、何故かとあるコスプレショップのカウンター前であった。
「というわけで、この店の衣装を徴発します」
「え、ええ!?」
 カウンターの中では、鍵屋博士が突きつける徴発令状に腰を抜かしている店長の姿があったが、鍵屋博士はそんな様子を気にも留めない。
「ふふ……これはニムロドの魂を地獄から放つ代償なの♪ 喜びなさい店長! あなたの商売道具で私の完璧な作戦が完成するのよ!」
「ひいいいい!!」
 僅か十四歳の少女が発する気迫に、店長が腰を抜かしたまま悲鳴をあげた。


--------------------

 ライターより私信

 いつもご発注ありがとうございます!
 発注内容から感じる熱意に、こちらも刺激をいただいています。
 もし「ちょっと違うな」と思われるようでしたら、お気軽にリテイク依頼ください。