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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN 今は、ノクターンの流れに乗せて



 なんだ……?
 視界がうまく働いていない?
 みえない。うまくみえな……。
「姉ちゃん避けろ!」
 ……新多?

 ハッとして都古は瞼をあげた。
 大きく見開かれた瞳と、激しく上下する両肩。
 起き上がり、薄い掛け布団を緩く掴む。
「……はぁ……はぁ……」
 噴き出した汗を拭う。
「また……あの夢か」
 天井を見上げてから、視線をさげた。



 一ヶ月前に起こったことを、五木リョウは反芻する。
(ウツミに憑かれると脳がとける……。ろくな抵抗がないと、か……。では、抵抗したらどうなるんだろうか)
 もしも自分がウツミを捕まえておくことができたら、都古の仕事も楽になるはず。だが、そんな芸当ができるとは限らない。
(俺は退魔士ではないし……)
 耐性? とやらがあるのかわからない。
 毎日身体を動かしているから、体力はある。そこは自信がある。
 都古は止めていたが、ウツミが接触してくる可能性はゼロじゃない。
 そう……ゼロではないのだ。
 あの精霊がまた来ないだろうかと、店の入り口を何度かうかがっているが、都古が姿を現すことはなかった。
 一ヶ月に一度、都古は東京にやって来る。だがあの様子からすると……彼女が自分の意思で東京に来る事があるかどうかわからない。
 だがリョウは都古と縁がある。
 店が休みの日、リョウは町中で都古に会った。

 彼女は驚愕の表情でこちらを見ていた。
 奇遇、というにはあまりにも……。
「なんで……」
 恐怖のような色が瞳に浮かぶ。彼女は明らかに恐れていた。
「都古さん、こんなところでなにを……」
「っ」
 彼女は逃げようと慌ててきびすを返した。人込みに紛れ込まれたら追いかけられない。
 だが、ぴたりとその足が地面に貼り付いたように動かなくなった。
 怪訝そうにするリョウのほうを、彼女が振り返る。
「一ヶ月ぶりだな」
 口調が粗野で乱暴だ。彼女に取り憑いている精霊が表に出てきたのだ。
 警戒するようにリョウが表情を引き締めると、彼女はくるりと向きを転換してこちらを見た。
「逃げ出す都古の代わりに出てきたんだ。そんなに警戒するなよ。危害は、加えない」
 にやにや笑いながら言われても、説得力は感じられない。
 人込みを避けるように精霊が歩き出す。リョウはそれに続いた。

 ひと気のない細い路地に入るなり、彼女は建物の壁に背中を預け、値踏みするようにリョウを見てきた。
「それで? 決心はついたか?」
「……死ぬ覚悟か?」
「そーだよ。それ以外になにが?」
 面倒そうな精霊に、リョウは生真面目に対応する。
「……ウツミに対抗するためのヒントをくれないか?」
「ヒント?」
 きょとんとする精霊に、リョウは不敵に笑ってみせた。
 精霊はしばし沈黙していたが、愉快そうに笑い声をたてる。
「なるほどな! ただのバカじゃないってか。そうかぁ、ヒントかぁ」
「抵抗しなければ、脳がとけるんだろ?」
「相性にもよるな」
「相性?」
「相性が悪いと、あっという間に脳がやられる。
 ……なるほど。あんたはウツミを憑依されても構わないってことか」
「それで都古さんが楽に戦えるなら。ただ、俺も黙って死にたくない」
「ヒントを寄越せってのはそういう意味か。んー」
 唸る精霊は、肩をすくめる。
「やっぱりヒントとかねぇな。相性としか言えねーし。ウツミと相性がいいことを祈るんだな」
「運任せか……」
「しかしあんた、ただの一般人なのにどうしてそこまで都古に尽くしてくれる?」
「それは……」
 言葉を濁す。
 自分はそこそこいい年齢の男なのだ。おいそれと、軽々しく口にできないこともある。
 都古との年齢差も手伝って、どうしても口を開くことが難しくなってしまう。
「都古が好きなんだな! そうだろ!」
「そっ、そうだとして、なんだ」
 動揺すると、精霊は手を叩いて笑った。あどけない笑みが都古と重なる。
「なんだぁ。あいつ阿呆だからモテないかと思ってたけど、やっと春がきたか!」
「……やけに喜ぶんだな……」
「喜んでなにが悪い」
 にやっと笑う精霊は、腰に片手を当てる。
「だが……まぁ、それでも俺はあんたに死んでもらいたいね。都古を守るためだからな」
「そんなにウツミは強いのかい?」
「強いとか弱いとか、そういう問題じゃねえよ」
 精霊は溜息をつく。
「こういうのは、わかりにくいよなぁ〜。一般人には特に。
 でもわかんなくていいと思うぜ? 意味わかんねーほうが幸せだから」
「そ、そういうものか?」
「そういうものだ。戦闘中の都古を見学させてやりたいぜ。ビビるぞ」
 からかいを含んで言う精霊だったが、ふいに表情を真面目にする。
「都古がウツミ退治に命を懸けてるのは、ババアと約束したからだ」
「ババア?」
「扇の当主やってるクソババアだ。俺は反対したんだがな」
「反対した? 精霊の、えっとあんたが?」
「そうだよ。宿主が危険になるってのに『ハイそうですか〜』って頷くわけねーだろ。
 ……だがまぁ、あいつの気持ちもわかるから、しょうがねえけど」
「?」
 腕組みをする精霊は難しい表情になる。
「あんたの協力は嬉しい。都古に言ってやれ、直接。逃げ出そうとするかもしれねえし、ほれ」
 精霊は右腕を差し出す。
「捕まえとけ。つっても、都古は馬鹿力だから、腕を折られないように気をつけろよ」
 ……冗談に聞こえない。
 リョウは精霊の好意に甘え、都古の腕を掴む。思ったよりは、筋肉がついていた。細腕ではあるが、運動神経が優れているのがなんとなくわかる。
 精霊は、だが表情を緩めない。
「ウツミと戦うなら、都古は間違いなく勝てるだろうが……。俺はより確実な方法をとりたい」
「それが、俺に憑依させるっていう手段?」
「ああ。今のウツミがどんな状態なのか、はっきり言ってわからねぇから」
「?」
「俺は、あいつは都古を見つけたら絶対にすぐになにか仕掛けてくると踏んでた。だが、そうじゃなかった」
 淡々と語る精霊は、声を潜めるように続ける。
「……なんらかの変化が起こったと、オレは考えた。ウツミは……」
 言いよどむ精霊は、なにかを思い出すように遠い目をした。
 リョウは恐る恐る疑問を口にする。
「都古さんとウツミは、やっぱり知ってる仲なのか?」
「……まあ、そうだな」
 どんな知り合いなのか気にはなった。やはり敵同士だったのだろうか?
 だがなんだかおかしい。あの都古が、敵とみなした相手を見逃すだろうか……?
(精霊の口振りでは、ウツミのほうが都古さんに怨み……? もしくはなんらかの因縁があるような……)
「都古がこんなところでウツミを探してたのは、ウツミらしきやつを見かけたと報告があったからだ。
 オレは信じなかった」
「信じなかった? どうして?」
「…………」
 精霊は押し黙ったあと、ゆっくりと険しい目で告げた。
「ウツミだったら、都古を放置するわけがないと思ったからだ」
 それはなぜ?
 問いかけをするには精霊の瞳は暗く、重い。
 ウツミと都古の間には、なにかがある。それだけは、リョウにも痛いほど伝わった。
 精霊は薄く笑ってみせる。
「じゃあな。都古によろしく」
「えっ!?」
 唐突にそう言われた刹那、精霊と都古が入れ替わっていた。彼女は驚いた表情でリョウを見つめ、それから身をよじって逃げ出そうとした。
「待ってくれ都古さん!」
「っ」
 都古は動きを止め、それから唇を噛む。
「……伝えたいことがあって」
「…………なに?」
「もしもの時は、俺も命をかけて戦う」
「…………」
「だから、都古さんも命がけで助けてくれ」
 驚いたように都古が顔をあげ、リョウを見てくる。
 リョウは安心させるように微笑んだ。
「……頼んだよ。こんなことを言えるのは、都古さんを信じているからだよ」
「私を、信じてる……?」
「ああ」
 頷くリョウの前で、都古は一気に頬を紅潮させた。恥ずかしそうに身じろぎし、それから顔を伏せる。
「簡単に命なんて懸けちゃだめだよ。退魔士でもないのに」
「でも、俺は決めた」
「よくないよ」
 都古は緩く首を振る。表情が見えない。
「俺は都古さんを助けたい。だから協力する。俺になにかあったら、都古さんが助けてくれるだろ?」
「助けるよ!」
 顔をあげた都古は、リョウの手を振りほどいた。なるほど。彼女の力は思ったより強い。
「だけどウツミ相手だから、難しい……。説明しにくいけど、そうなんだよ」
「都古さん……」
「ただ戦うだけなら簡単なのに……あいつは……あいつは、」
 言葉を切って、都古は拳を握り締める。震える拳を見つめ、リョウはやはり都古がなにかを隠していることを確信した。
 なにか嫌なことでも思い出したのか、都古の表情が曇る。
「都古さん」
「ん?」
「忘れてたんだけど、都古さんが好きなうちの店の料理って、やっぱりラーメンかな?」
 話題の転換をしたのだが、うまくいったのだろうか?
 都古はちょっと思案して、それから微笑した。あまりの優しい微笑みに、リョウの胸が高鳴る。
「やっぱりラーメンかな? ラーメン以外にも食べたい料理のリクエストがあったら、教えてよ。今度作るから。約束だ」
「約束、か」
「……嫌だった?」
「そうじゃないけど……。こんなに優しくしてもらって、申し訳ないなって……」
「俺が好きでやってるんだかた気にしなくていいんだよ!」
「好き……」
 ぼんやりと反芻する都古は、そうか、と小さく呟く。
「私は、リョウさんが好きなんだ……」
 よくわかっていないような呟きを洩らした刹那、彼女の携帯電話が鳴った。のろのろと電話に出た都古が、ものの数秒で青ざめる。
 不気味な声でも聞いたのか、早々に通話を切って都古は動揺した様子をみせた。
「戻らなきゃ……急いで……」
 うわ言のように呟いて、都古は駆け出す。するりとリョウの腕をすり抜けて表通りへと消えてしまう。
「都古さん!?」
 残されたリョウは、彼女のただならぬ様子に驚くしかなかった。なにかあったのだ……。
 だがその『なにか』は、今のリョウにはわからない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
 距離はさらに縮まっております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。