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<東京怪談ノベル(シングル)>


白銀からの招待状


 ある日、あやこは飛行機で東京から北海道に向かっていた。彼女はこの地で商談を控えている。千歳空港に到着したなら、すぐに移動しなければならないのだ。
「ずいぶんと天気が荒れてるわね。タクシーは動けるのかしら?」
 彼女が何気なく窓を見ると、しんしんと雪が降っていた。さすがは雪国、東京とは降り方がまるで違う。あやこはそう感じた。

 飛行機は無事に着陸したものの、空港から降機の許可が下りないという。機長は機内アナウンスで、この事情を乗客に伝えた。
「本日、天候が荒れており、まだ降機の準備が整っておりません。お客様にはご迷惑をおかけしますが……」
 あやこは時計を見て、大いに焦った。このまま悠長に待たされると大変なことになる。
 積み込んだ荷物は空港に預けておくとして、自分ひとりでも現地に行かないと商談が決まらない恐れがあった。それでも彼女は手荷物を膝に乗せ、しばし我慢する。
 しかし、どれだけ待っても飛行機から降りられない。あやこは業を煮やし、客室乗務員の制止を振り切って昇降口の扉に向かった。
「あ、あの、お客様! お急ぎなのはわかりますが、もうしばらくお待ちください!」
「大丈夫よ、私はちゃんと降りられるから! それに、これ以上待てないわ!」
 飛行機の扉は、あやこの細腕でも簡単に開けられる。そのまま滑走路に飛び降りようとした彼女は、ふと前を見て驚いた。
 あやこの目の前に広がるのは、「白銀」というよりも「空白」の世界である。飛行機が止まっているので、かろうじて上下左右が理解できるくらい真っ白な世界が広がっていた。彼女の行動が原因で機内に冷たい風が流れ込み、乗客から「寒い!」という声がいくつも上がった。
 その時、トイレに行こうとしていた女性が、あやこに話しかける。
「すみません、この子を抱いてくれませんか?」
 機内のトイレでは不便も多いだろうと、あやこは子守を引き受ける。ところが、この赤ちゃんはとんでもない重さだった。
「えっ! な、何? この子……?」
 あやこは怪訝そうな顔で子どもに接していると、ピタッと風が止んだ。この妙な赤ちゃんさえいなければ、すぐに降りられるのに……彼女の心は、再び焦りに包まれる。
 すると、あやこの腕が筋骨隆々になっていく。その勢いは止まらず、ついには筋肉で服の袖を破ってしまった。
 彼女はすぐさま身の危険を感じ、一般人には持たせられない赤ちゃんを床に置いた。そして客室乗務員に「ちゃんと見といてね!」と伝えると、自分はひらりと飛行機から降りる。
 それでもパワーアップは衰えず、ついには全身の服を破って巨大化してしまった。下には安全装置とも言うべき伸縮自在の特殊ビキニを装着しているので、いろんな意味で安心ではあるが。

 巨大でムキムキのビキニ女になってしまったあやこは、何かに導かれるように白鳥湖へと足を向ける。
 近くには看板が掲げられており、そこには「滑走路拡張工事予定地」と書かれていた。すでに周辺は柵で囲われており、機材も運び込まれているが、まだ工事は始まっていない。なぜなら、その現場はいつも謎の靄で包まれ、それが原因で作業員が行方不明になっていたからだ。
 あやこはそんなのお構いなしに靄の奥へ突き進むと、またまた信じられない光景を目にする。
 そこはまるで「メルヘンの世界」だ。動物たちは人語を喋り、手足の生えたキノコや花が歌い踊る。
「何を歌ってるの、あなたたちは?」
 歌の内容は、極めてシンプル。人間による自然破壊を危惧する内容だった。
 彼らは「白鳥湖を守る戦士」として巨大化したあやこを招き入れ、この「動物の里」の防衛に成功すれば守護神の衣を差し上げますという。
 未知なる生地を手に入れるチャンスは、それほど多くはない。魅力的な取引に応じ、あやこは未知なる敵と戦う約束をした。
「どんな敵かは知らないけど、私に任せなさい!」
 そうこうしているうちに、里の動物たちが騒ぎ出した。どうやら奇岩の名所である層雲峡から、岩石巨人が侵攻を企ててきたらしい。
 その数は非常に多いが、戦い慣れしているあやこに隙はない。
「この里を守るためには、まず私が外に出ておかないとね。藤田あやこの戦いぶり、しっかりと見てなさい!」
 動物たちの声援を背中に受け、あやこは迫り来る岩石巨人に相対する。
「ウゴアァァーーー!」
 端正な顔立ちの女性型は鋭い手刀で、荒々しい顔立ちの男性型は腕を振り回して襲い掛かる。その動きは、まるでアメコミのようだ。
 あやこはこれを素早く避け、白鳥譲りの華麗な舞で踊るように戦う。足元に敷き詰められた硬いアスファルトの上を跳ね、まるで翼を得たかのように宙を舞った。彼女の華麗な姿を、動物たちも歌で称える。
「新体操と言いたいけど、ビキニじゃ無理があるかしら?」
 ムキムキになったせいか、あやこの攻撃はとにかく重い。パンチやキックが命中すれば、敵の体はボロボロと崩れた。岩石に性別はないので、同じ威力なら等しく壊れていく。
「グギャアァァ!」
「まだまだ!」
 仲間の破壊に怒ったのか、続いて出現した巨人は肩にあった岩石をつかんで投げてくる。
 あやこは舞に合わせて、弾丸を丁寧に破壊した。ひとつでも後ろに逸らすと、動物の里に投げ入れられる可能性がある。彼女も必死になって戦った。
 敵の弾が尽きたところで、今度は軽やかなステップで接近。千手観音のような腕の動きで岩石巨人を翻弄しつつ、表面からどんどん削っていく。
「逃さないわ! 天空の舞!」
 巨人の前半分がなくなると、彼らは物言わぬ岩となって地面に転がった。もはや岩石巨人は敵ではない。彼女も動物たちに猛アピールした。

 巨人を倒すと、隣接する基地から出撃したIO2の兵器が姿を現した。大型輸送機の中から、たくさんの装甲車が出現し、統率の取れた動きであやこに相対する。
 もちろん「動物の里」を守るあやこに気後れはない。今度は装甲車を足で蹴り、サッカーボールをパスするかのように扱う。さらにしばしドリブルで転がすと、そのまま輸送機に向かってシュートした!
「ゴーーーール!」
 さすがのIO2兵器いえども、この攻撃には耐えられない。輸送機の後部が大破し、周囲を赤い炎で照らす。その間も装甲車は反撃とばかりに空へ向けて砲弾を撃つが、どれもあやこには命中しない。
 だが、IO2は奥の手を用意していた。それは巨大な敵に対して効果を発揮する、強力な捕縛ビームである。指揮官は雄々しく「撃てっ!」と命令を下すと、青白い光があやこを押さえつける。
「うううっ! な、何? このビームは……っ?!」
 彼女の戸惑いは体にだけでなく、不思議なことに視界や記憶にも現れた。
「あれ……私、何してるの? 巨大化したのはいいけど……」
 その言葉を聞いて、ビームは解除される。指揮官はひとまず無礼を謝り、すぐに「大丈夫か!」と声をかけた。
 しかしどれだけ問い詰めても、あやこに動物たちや岩石巨人と戦い、装甲車をサッカーボールにしたあたりの記憶がない。その辺がスッポリと抜け落ちているのだ。指揮官は「むむむ」と言いながら、腕組みをする。
「なるほど。では、姑獲鳥の軍団とも関係がないらしいな」
 あやこは「姑獲鳥?」と聞くと、指揮官は記憶の抜け落ちた時に起こったことを話し始めた。
 彼女が縦横無尽に暴れていた時を狙って、空から姑獲鳥の軍団が襲来。混乱に乗じて空港に入り、乗客名簿を盗んだという。つまり装甲車が狙っていたのは、あやこではなく逃げようとする姑獲鳥の群れだったというわけだ。もちろん、彼女は知る由もないが。何の都合かはわからないが、とにかくあやこはダシに使われたというわけだ。

 それを聞いた彼女も首を傾げる。次は何が起こるのか……不思議とそればかりが気になった。
 いったい姑獲鳥の軍団は、何を狙っているのか。それはともかく、私をダシに使うなんていい根性してるじゃない……あやこは不敵な笑みを浮かべた。この物語は、まだ終わりそうにない。