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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN 今は、ノクターンの流れに乗せて



 なんだ……?
 視界がうまく働いていない?
 みえない。うまくみえな……。
「姉ちゃん避けろ!」
 ……新多?

 ハッとして都古は瞼をあげた。
 大きく見開かれた瞳と、激しく上下する両肩。
 起き上がり、薄い掛け布団を緩く掴む。
「……はぁ……はぁ……」
 噴き出した汗を拭う。
「また……あの夢か」
 天井を見上げてから、視線をさげた。



 彼女は泣いてはいなかった。ただ……泣くのを堪えていただけだ。
 余計なことを言ってしまった。彼女のあの声が、耳から離れない……。
 神木九郎は授業中だというのに、まったく集中できていなかった。机の上に無造作に広げられたノートと教科書を睨むようにしているが、「見て」はいない。
(扇さんのあの態度……ウツミを倒すか、封じるか……そういうことは可能なんだろう)
 だがそれには代償があるようだ。扇都古の命と引き換えになる可能性が非常に高いことが、感じられた。
 都古の噂を流したのはおそらくウツミだ。もう一度調べなおしてやる。
 持っているシャーペンに、力がこめられる。もう少しで折れてしまいそうだ。
(噂を流したのは、扇さんを精神的に揺さぶるためか……? ふざけやがって)
「あ、やべ」
 小さく呟いた時には、握り締めたシャーペンにひびが入っていた。

 都古のケータイに、学校からの帰り道かけてみる。いつものように留守電のお決まりのメッセージが流れてきた。
 と。
<はい。扇都古です>
 剣呑な声の都古が出たのだ。びっくりした九郎は一瞬言葉に詰まる。
 まさか本人が電話に出るとは思ってなかった。
<? どちらさま?>
「あ……えっと、神木だけど」
 電話の向こうで彼女が息を呑む気配がした。頼むから切らずに話しを聞いて欲しい!
「経過報告がしたい。今、どこにいる?」



 都古は東京都内にいた。
 彼女は九郎が指定したひと気のない公園に姿を現した。いつもと同じ格好で、だ。
 笑顔の彼女は九郎に気づくと一定の距離を保って足を止めた。
「なにかな?」
「……経過報告を」
「うん。それは電話で聞いたよ」
 近づいてこない都古の様子が、おかしい。やはりいつもと違う。
(なんだ……?)
 本当は会いたくなかったのではないか……? きっと、そうだ。
「おそらくなんだが……扇さんの噂を流したのはウツミ本人だと思う」
「……まあ。それ、当たってると思うよ」
 のんびりと応える都古はさして驚いてもいない。
 九郎はさっさと本題に入ることにした。
「そして、契約の見直しをして欲しい」
「みなおし?」
「結局俺はなんの役にも立ってない。それで報酬を受け取ることはできない。だから……」
 だから。
「『ウツミ』との戦いを俺も手伝う。それなら条件としては対等だろう?」
 あの精霊の話を鵜呑みにしているわけではない。これは九郎自身がそうしたいと思ったからだ。
 真剣に見つめる九郎を、なにか得体の知れないものでも見るような眼差しで都古が見てくる。
「……てつだう? 九郎クンが? 私を?」
「ああ」
「……ツクヨの、精霊の言ったことなら」
「あれは関係ない。俺がそうしないからだ」
「ははっ」
 都古は歪んだ笑みを浮かべる。
 彼女は目を細めた。
「じゃあ言うけど、あの精霊は本当のことしか言ってない。ウツミに対抗するには、犠牲が必要だからね」
「その犠牲になるっていうのか、扇さんが」
「それが私がばっちゃに提示した、条件なんだ!」
 怒鳴るように言い放ち、都古は深く息を吸い込む。
「ああ、ちくしょう……! 言うつもりなかったのに……九郎クンは本当にバカだね」
 どこか嘲るような、けれども苛立ったような声音で都古が呟く。
「契約の見直しを、俺は要求する……!」
「嫌だね!」
 都古ははっきりと拒絶した。途端、九郎もカッとなって怒鳴る。
「俺は、あんたが俺の知らないところで、知らないうちに消えちまうのが嫌なんだよ!」
(え? 俺、なに言ってんだ?)
 ぼんやりとそう感じはしたが、言ってしまったのだから後には引けない。
 都古は急に冷静な態度になり、九郎を見つめた。
「……おまえさぁ、それってなに? 都古に惚れてんの? どうなの? どっちつかずの態度だと、マジで対応に困るんだけど」
 口調が都古のものではない。彼女に取り憑いている精霊なのだろう。
「いつまで経っても呼び方も他人行儀だしよぉ……。おまえさぁ、本当はべつに誰とも関わりたくないんじゃねえの?」
「そうじゃない……!」
「あっそ。でもさぁ、今の曖昧な態度じゃ、都古は動かないぜ?」
 そう言うなり、精霊は都古の身体を器用に動かして近づいてくる。
「都古はおまえのこと、嫌いじゃないぜ?」
「え……」
「むしろ好意を持ってる。でも恋愛したことねぇし、本人は鈍いからわかってないだろうな」
 哀れむように言う精霊は、九郎を試すように見つめてきた。なんだか、目を逸らせない。
「聞きようによっちゃあ、愛の告白みたいにも聞こえたから都古が混乱して引っ込んじまった」
 自分でもなぜあんなことを言ったのかよく理解できていないのだ。困惑する九郎に、精霊は容赦がない。
「本気で都古のためを思うなら、死ぬ気があると思っていいのか?」
「……話は扇さんとする」
「都古は頑固だから、絶対に頷かないと思うぜ。ババアに直訴した時も、えらい剣幕だったしなぁ……」
 顎に手を遣りながら、なにかを思い出すように精霊は言う。
「オレはさぁ、ウツミを探すのは嫌だったんだ」
 告白するように肩をすくめ、精霊の視線は九郎に定められる。茶色の瞳は、光の加減で色が変わって見えた。
「都古はオレの宿主だからな。できれば阿呆なことはして欲しくない。ま、仕事中以外はよく阿呆なこと仕出かしてたけどな」
「ウツミを探すのに反対した……? あんたが?」
 意外だ。都古と精霊の意見は対立していたということになる。
 腰に片手を当て、精霊は頷く。
「都古はウツミに勝てるだろうが、まぁ、無事じゃ済まないからな」
「……俺に死ねって言った……」
「そりゃ、宿主に死なれるよりマシだろう?」
 どうでもいいように言う精霊は、九郎の安否など本気で構ってはいないようだった。
「九郎だっけか? おまえはもう、契約とか、そういうので都古と対等には張り合えないぜ。あいつは嫌がるだろうしな」
「な……!」
「おまえさぁ、友達とか大事なやつが、契約だから手伝う〜って言ってきて『わかった』とか言えるか?」
 絶句した。
「都古にとっちゃ、おまえの価値はかなり上なんだよ。そもそも都古が友達だと認識してるやつに、なにか条件を出すと思うか?」
 ……思えなかった。
 考えてみればそうなのだ。都古と自分の関係は前と同じじゃない。常に変化していた。
「おまえが危なけりゃ、あいつは黙って駆けつける。そういう女だ。馬鹿だから、損得とか関係ねーの」
 都古は、いや、精霊は己の胸元を親指でさした。
「都古を動かしたければ、本音でぶつかれ。契約とか、報酬とか、そんな上っ面なことじゃなくてな」
「……あんた、なんでそんなこと言うんだ……?」
「そりゃ、このままいけば、都古がおまえを『使わない』からだ」
 淡々と言い放つ精霊は、薄気味悪く笑う。
「オレは都古と違って損得勘定が好きだ。都古を守るためにおまえを殺すことも辞さないぜ」
「……扇さんを守るため、か」
「正確には、宿主を、だな。いいだろ、この身体」
 九郎の前で、精霊は都古の肉体を、まるで自分のもののように披露してみせる。
「かなり気に入ってるんでね。できれば、だめにしたくない」
 妙な物言いだった。不安が過ぎるのは、気のせいだろうか……?
 精霊は目を細め、九郎に詰め寄る。
「そもそもさぁ、おまえって本当に健全な男なのかよ? ふつーは都古にむらむらしないか? こいつ頓着しねぇから、かなり誘惑してるように見えると思うんだが」
「あんたに応える必要はねえだろ」
 むっとして言うと、精霊はつまらなそうに身体を離した。
「あっそ。なら都古本人と話せば? でもオレは、今でもおまえに死を強要するぜ。なんせ、都古に死なれるくらいなら、おまえに死んでもらいたいからな」
「……ウツミについて、詳しく知ってんだな、あんたは」
「そりゃそうだ。オレは扇都古の精霊なんだからな」
 途端、都古の表情が変わった。情けないような顔つきになり、俯く。
「扇さん……?」
 間違いない。扇都古へと肉体の主導権が戻ったのだ。
 彼女は頭を軽く振り、顔をあげた。いつものように笑顔だ。
「契約の見直しはなし! このままでいいよ。ね?」
(……なんだ? 精霊の会話が聞こえてなかったのか?)
 だがそうとしか思えない。もしやあの精霊が一切の音を遮断していたのかもしれない。
「……扇さん、ウツミと戦ったら、あんた死ぬんじゃねえのか?」
「……わからないな。でも、死ぬ確率は高いと思うよ」
 平然と言う都古は、べつに気にした様子はない。退魔士は自身の命にあまり頓着しないのが特徴でもある。
「それなのに戦うのか?」
「絶対に殺すと、ばっちゃに約束したからね」
 彼女は微笑む。
「ひとは知らないうちに死ぬのがほとんどなんだよ。いつかは死ぬけど、その死に際に立ち会える人は少ない。
 だから気に病むこともないし、私を気にかける必要もない」
 ……うまく、言葉が出ない。都古になんと言ったらいいのだろう? どうすれば彼女の心を動かせる?
 精霊は本音で話せと言った。本音とはなんだ!?
 このままでは都古は頑として九郎の協力を受け入れないだろう。
 彼女の携帯電話が鳴った。ホルスターから引き抜き、都古は出る。
 ――そして、彼女は呆然と立ち尽くした。
「? 扇さん?」
 どうしたのだ?
 不思議そうに見ていると、都古が青ざめて携帯電話から耳を離した。なにかが聞こえているが、九郎には聞き取れない。
 乱暴に通話を切った都古は、落ち着きをなくしたように視線を彷徨わせる。
 そして、九郎に視線が定められた。
「……約束して。もうウツミを追わないって」
「扇さん?」
「……帰らなきゃ……」
 呟き、彼女はその場から急いで駆け出した。あっという間に姿が見えなくなる……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 なにかが少しずつ起こり始めています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。