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<水無月・祝福のドリームノベル >


水無月の華 〜宵守・桜華〜

シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

貴女と、君と……
――水無月の華の祝福を……。


 * * *

 雨滴を傘に受けながら、宵守・桜華は通い慣れた道を歩いていた。
「閉店近いか……少し急ぐかな」
 呟き、腕の時計に視線を落とす。
 時刻は既に夕刻を過ぎて夜に近くなっている。
 彼が向かおうとしているのは執事&メイド喫茶『りあ☆こい』。
 そこは閉店時間が比較的遅く、仕事帰りのお客様でもお迎えできる作りになっている。
 だが、彼の言うとおりそろそろ閉店時間が近い。ラストオーダーまでは時間があるが、急いだ方が良いだろう。
 彼は時計に落とした目を上げると、店への道を急いだ。
 そうして見えてきた店に表情を引き締める。
「まだ、やってるな……よし!」
 妙な気合を自分の中作って拳を握る。
 そして伸ばした手がドアノブに触れるか如何かというところで彼の手が止まった。
「ぐはぁっ!」
 額に受けた強い衝撃に蹲った。
 何が起きたのかは想像できる。出来るが、ちょっとだけ予想外だった。
 まさかこの時間に、こんなに盛大にドアが開くとは思っていなかったのだ。
 いや、その考え自体が間違っている――とか、そう言うツッコミはこの際置いておこうか。
「何だ、人がいたのか」
 痛がる桜華を他所に降ってきた聞き覚えのある声。それに彼の目が上がる。
「……蜂須賀……」
 やはり立っている人物は彼の知る人物で間違いなかった。
 黒のロングメイド服に身を包んだ蜂須賀・菜々美が、不思議そうにこちらを見ている。
 彼女も桜華と同じくこんな時間にドアの向こうに人がいるとは思っていなかったのだろう。
 その手にはゴミ袋が握られ――
「ゴミ袋?」
 それこそちょっと待とうか。
 思わず顔を上げた桜華の目がジッと菜々美を捉えた。
「何だ?」
「何だ、じゃないだろ……ここは仮にも店の出入り口じゃないのか?」
 煩いことは言いたくないが、ここは店の出入り口だ。しかもお客人専用の。
 だが菜々美はそこからゴミ捨てに行こうとしている。これは結構問題ではないのか。
 しかし当の菜々美はどうだろう。
「それがどうした。捨てに行くのに裏も表もないだろう」
 そう言って彼の横を通り過ぎようとする。
 確かに閉店は近いし、人の出入りも少ない。
 ならばこのドアを使っても問題ないという、彼女の主張もわからないでもない。
 だが、従業員としてそれは如何なのだろう。
 更に言葉を紡ごうとする桜華に、菜々美の鋭い視線が向いた。
「煩い客だ。こんなことに文句をつける暇があるならば、さっさと注文でもなんでもすれば良いだろう」
 閉店は近いんだ――彼女はそう言って店の裏に歩いて行こうとした。
 それを思わず桜華の手が引き止める。
「ちょっと待て……」
「だから何――……ん?」
 もしかするともしかするか?
 桜華の頬を汗が伝う。
 そしてその予感は的中した。
「なんだ、貴様か」
「やっぱりかぁぁああ!!」
 反応が薄い上に、つっけんどんだと思ったら、誰だかわかっていなかったというオチですか。
 がっくり項垂れる桜華を、頭先から爪先まで眺めて、菜々美の首が傾げられた。
「遅い七五三か?」
「ぅおい!」
 真顔で問いかける声に、思わずツッコむ。
 確かに今の桜華はそう見えなくもない。
 きっちりと整えられた髪に、スーツで正装をした姿はハッキリ言って別人だ。
 だからと言って、七五三はない気がする。
 しかしそう言った菜々美は、「違うのか」と淡泊な反応を返して彼の肩を叩いた。
「まあいい。用事なら先に入っていろ。後で注文を聞きに行く」
 言って、彼女はゴミ捨てに向かった。
 その姿を見送った桜華の目が、自らの服に落ちる。
「七五三……そう、見えるのか……?」
 スーツを着るなんて久しぶりだ。
 なんだか着られている感はあるが、まさか七五三と言われるとは思っていなかった。
 桜華は口元に苦笑を浮かべると、傘を閉じて店の中に入って行った。

 * * *

 店内は閉店間近と言うこともあり客の姿が少ないが、その分ゆっくりできるというもの。
 桜華は菜々美の言いつけどおりに席に着くと、案外早く彼女はやって来た。
「で、注文は何だ?」
 いつも通りの、メイドとは程遠い横柄な態度に彼の口に苦笑が滲む。
 だがここで間を置くと菜々美の事だ。
 ヘソを曲げて注文も聞かずに何処かに行ってしまうだろう。
 桜華はメニューを見ることなく顔を上げると、予定していたオーダーを口にした。
「珈琲とサンドウィッチを貰おうか」
「無難だな。では少し待っていろ」
 言って、去ろうとした菜々美の足を、盛大なため息が遮った。
 どうやら発信源は桜華のようだ。
「……珍しいな。不幸でもあったか?」
 もうツッコミ処満載だが、菜々美相手ならば仕方がない!
 桜華はテーブルに肘を着くと、額に軽く手を当てて息を吐いた。
「実は、こんど結婚することになってさぁ……今日は衣装合わせで大変だったよ」
「ほう、めでたいな。精々幸せになる事だ」
 なんとも簡単な祝辞に桜華の目が瞬かれる。
「えっと……あの、それだけ……か?」
「他に何を言えというんだ」
「いや……ほら、誰が誰と……とかないわけ?」
 確かに今の言葉にはいろいろと足りない部分がある。
 それに気付いたのだろう。
 菜々美は「なるほど」と頷きを返すと、腕を組んで彼を見下ろした。
「では、誰と結婚するんだ?」
 若干面倒そうな雰囲気が漂っているが、この際それは如何でも良い。
 桜華は1つ頷きを返すと、クイッと人差し指で眼鏡を押し上げた。
「俺と従姉妹、後ダチが一緒に」
「従姉妹と結婚するのか」
 ふむ。と息を吐き、視線を泳がせる菜々美。
 その姿を食い入る様に見つめる桜華に、彼女の目が戻って来た。
「いろいろと大変そうだな。この場合、血縁者の方が多く式に出席しそうだが、従姉妹同士の結婚となると周囲の目も気になるだろう」
 桜華と従姉妹が結婚すれば、出席者はほぼ血縁者で纏まるだろう。
 となると、色々と大変な部分は出て来る筈。
 それを思うと菜々美には「大変そう」という言葉しか出てこないようだ。
「仕方がない。そう言うことならば、少し待っていろ」
「え?」
 菜々美はそう口にすると席を離れた。
 そうして待つこと数分。
 珈琲とサンドウィッチ、そしてケーキが彼の前に置かれた。
 それを目にした桜華の目が瞬かれる。
「は、蜂須賀……このケーキ、は……?」
「私からの祝いの品だ。奢ってやろう」
「あ、いや……」
 何なのだろう。この淡泊な感じ。
 少なからず打ち解けて来て、仲良くなった気がしていたのだが、こんなものなのか。
 桜華はドッと溢れてきた疲労感に息を吐くと、珈琲のカップを持ち上げた。
 そして落ち着くようにそれを飲んで、もう1度息を吐く。
 その仕草に、菜々美の米神がヒクついた。
「さっきから何だ。言いたいことがあるならば言えば良いだろう」
 若干イラつく声がする。
 そうして額に何か冷たい感覚が触れたかと思うと、銀色のトレイが彼に突き付けられているのが見えた。
「は、蜂須賀……?」
 なんだか嫌な予感がする。
 これまで菜々美に突き付けられてきたのは銃口だ。
 まあそれも問題なのだが、ここでトレイが突き付けられると言うことは、まさかそう言うことか。
 そんな事を考えていると、イラついた色を含ませたままの声が降ってきた。
「結婚とは祝福されるべきもの。そうして溜息を零すなど言語道断だ。貴様、結婚を何だと心得る!」
「へ?」
「親の決めた無理な結婚であろうと受け入れたのならばシャキッとしろ!」
 菜々美はそう言って、桜華の頭を物凄い勢いで叩いた。
「やっぱりかぁ!!!」
 盛大に響く音と、倒れた桜華。
 ソファに突っ伏す感じに崩れ落ちた彼に、他の客や従業員も何事かと目を向けている。
 しかし菜々美はそれすら気にならない様子で言葉を続ける。
「良いか。結婚とは女にとって一生を決める大事なものだ! 連れ添う者に一生を委ね、自身の残る人生を捧げるべきもの……にも拘わらず、夫となる者がそのような態度でどうする!」
 菜々美が言いたいことは大体分かった。
 結婚は一生を決める大事なもので、それを粗末に扱う事は許さない。
 彼女はそう言いたいのだろう。
 しかし――
「結婚するのは俺じゃない」
「何?」
 訝しむように向けられた視線に、桜華はずれた眼鏡を整えると姿勢を正した。
「結婚するのは故郷の親戚で、俺はその衣装合わせに付き合わされたんだよ」
「なん、だと……?」
 僅かに菜々美の肩が震えている。
 相当の衝撃だったのか、なんなのかはわからないが、何かしらのダメージは受けているようだ。
 それを見た上で言う。
「衣装合わせは、従姉妹と新郎が一緒に立ち会ってさ……それで疲れて溜息ついてただけだ」
「――」
 完全なる菜々美の勘違いだった。
 いや、勘違いする様に言ってみたのだから問題ないのだが、ここまで綺麗に嵌るとは思っていなかった。
 桜華は、震えてトレイを握り締める菜々美を見て、珈琲のカップを手にしようとした。
 だが――

 バチコン☆

 物凄く嫌な音と、歪んで盛大に吹き飛んだトレイに桜華の顔がテーブルに強打される。
 勿論、そこにあったカップやお皿、ケーキなども台無しだ。
「何故、説明を詳細に行わない!」
 声を抑えているのだろう。
 若干震える声を聞きながら、桜華は突っ伏したまま片手をあげて見せた。
「い、一応捕捉、するが……俺に結婚の予定はない。ない、が……応援したい娘はいるんだぜ……?」
「……ほう?」
 のっそり起き上がった顔。
 そこに付いたクリームや破片、それに鼻を伝う赤い滴に、菜々美がおしぼりを放る。
 それを受け取って鼻を拭くと、桜華の目がチラリと動いた。
 僅かに耳を赤く染めてそっぽを向く菜々美。
 こんな彼女は滅多に見れない。
「……まあ、こんなんが見れただけでも良しとするか」
 密かに口中で呟き、顔面を丁寧に拭う。
 勿論破片も綺麗に取り除くと、桜華は追加の珈琲を注文しようとした。
 その様子に菜々美の眉が上がる。
「もう1つ、説明が足りない。その……七五三のような恰好は、どうした。まさか、本当に七五三と言う訳ではないだろ?」
「七五三……いや、これは、久方ぶりに着用するんで不具合が無いかの確認に着てただけだ」
 似合うだろ?
 そう言って、ニッと口角を上げた相手に、菜々美の冷たい視線が刺さる。
 だが、問題無用!
 今の桜華はかなりな割合で機嫌が良い。
「しかし今日は良い日だ。痛いのは置いておいて、蜂須賀の奢りでケーキまで食べれるんだからな!」
 結局ケーキはダメになったが、この際どうでも良い。
 菜々美が驕ってくれるという事実が嬉しいのだ。
 だが喜んだの束の間、次の言葉が彼の動きを止めた。
「何を言っている。祝いが必要ないのなら、それはお前持ちだ」
「何!?」
「ああ、このトレイと、食器の代金も請求するからな。ここの食器やトレイはアンティーク品でな、結構な値段がするんだ」
「え……ちょ、ちょっと、菜々美さん……?」
 頬を伝う汗。
 もう嫌な予感しかしないのだが、菜々美はそんな彼等他所に、極上の笑顔を浮かべて電卓をたたく。
「そんなにいい笑顔、俺、見た事ない……」
 そう呟いた彼の前に提示された金額。
 それを見た瞬間、彼の悲痛な叫びが店内に響き渡ったのだった。


―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『水無月・祝福のドリームノベル』のご発注、有難うございました。

だいぶ好き勝手に動かさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
菜々美さんが思いのほか言うとおりに動いてくれず、結局ああいった感じになってしまいました。
たまには女性らしいことも考えている……そんなものが伝わったのなら幸いです。
もし不備等がありましたら、遠慮なく仰って下さいね。

ではこの度は、ご発注ありがとうございました!