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<東京怪談ノベル(シングル)>


in the rain


 骨董品を扱う店のショーケース。闇から出来たようなタガー(短剣)が飾られたのは一ヶ月前。
 非売品にも関わらず、店番の手違いで売り払われたのは二週間前。
 そして、『通り魔事件』が発生してから十日が経とうとしていた。

 先ほどから点滅している赤い光りは、線路沿いの遮断機らしい。だが、音は遠い。
 目の前で倒れているのは、まったく見覚えのない人物で……。刃を伝う赤い滴りを見ると、自分が実行したようだ。
 護身用のタガーを購入してから、気が付けば、知らない場所を歩いていることが多くなった。
「これが、僕の望みだって……?」
 濃霧まで落とされたかのごとく、思考がまとまらない。タガーの主は暗い夜道を歩き出し、助けを呼ぼうとした。
「たすけて、くれ……」
 だが、どんな救済を望んでいるのか……。それさえ、分からなくなっていた。

◇◇◇◇◇

 横目で見ているテレビは、連続通り魔事件の話しで持ちきりだ。
 背中をもたせかけると、椅子が哀れな悲鳴を上げながら軋む。飲み干した最後のコーヒーは、カップの底で茶色の模様を描いていた。チェーンスモークしようにも、そろそろ本数があやしい。

 また、雨か……。

 聞こえてきた雨音でうんざりした男は重い息をつく。本格的な梅雨入りをしてから、ここ数日間、長雨が降り続けていた。
「まったく、煙草が全部湿っちまったらどうすんだよ」
 答える者はいない。未だ古めかしいままの草間興信所の中、今日は草間・武彦ひとりだ。
 こういう日は早上がりし、酒を飲んで寝てしまう方がいい。宵の口の客は、本当、ロクでもないのが多いからな。
 草間が椅子から立ち上がったのと同じく、興信所のドアが開いた。
 訪問者は、雨で濡れた黒いローブを着ている。身長と体格からして若い女のようだが……。フードの所為で表情はよく見えない。
「お困りですか? どういったご用件で?」
 昔から、悪い予感だけは的中している。
 案の定、女は『通り魔事件』の犯人を捕まえられないかと言いだした。
「あの、な……。ここは興信所なんだ。そういうコトは、警察へ頼むのが筋ってものだろう?」
 客用のソファをすすめたが、女は立ったまま話し出した。なので、草間も空いている距離をこちらから縮めることはしない。
「ここは、起こる“怪異”を解決してくれると聞いた」
「……悪いが、俺はそういった類が苦手でね。よそへ当たってもらえると、この後、ビールを飲んで寝転がれる」
 机の上、封筒が置かれる。厚みは決して薄くない。
「犯人を見つけてくれ。……頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと待てって!」
 女はそう言い残し、引き止める時間を与えずドアの向こうへ消えた。
「あー! チクショウっ」
 草間はどっかと元の椅子へ腰を下ろし、窓の外、大きな翼を広げる前の夜を睨み付ける。
 依頼人の名前さえ知らず、身元を確かめようがなかった。しかし、目の前の封筒を協力なしで受け取れるほど、豪胆な神経も持ち合わせてない。
 眉間へ皺を寄せるその耳に、テレビのニュースが最新の情報を伝えてきた。
〈このたびの被害者はすべて男性。年齢は十八歳から三十歳。職業にも共通点がないそうですが〉
〈はい。学生や会社経営者など様々です。唯一の共通点といえば……被害者の頭髪が金髪であるということだけですね〉
〈数十カ所ある被害者の傷からして、染髪している者に対し異常な憎しみを持っていると思えます〉
〈犯人の目撃情報は未だないということで……〉
 草間は立ち上がり、夜が更けるまでの間、周辺の聞き込み調査を始めた。

◇◇◇◇◇

 アスファルトは小雨の洗礼を受け、外灯の光りを反射させるほどに、水銀の輝きと似ていた。
 路地から出てきた者の手には、暗闇よりも黒いタガーが握られている。
 呟いている言葉は聞き取れないが、何かを探しているのかもしれない。

 ああ、そうだ。自分は探しているのだ……を。探して、さがして、サ、ガシテ……。

 視界を横切る蝙蝠傘をさした男の髪は、記憶に深く刻まれている金色だ。背後を取られてもまったく気が付いていない。
「そうだ。僕は……だから、ころすの」
 雨で打たれたブーツが水溜まりを跳ね上げ、黒衣から散った無数の雫は降る雨へ混ざる。
 柄をきつく握り締めて振り下ろそうとした瞬間、男が振り返った。

 チガウ……違う! このひとじゃない。この人は……!

 伸びてきた手が、いとも容易くタガーを華奢な手から奪い取る。見かけよりもずっと強い力だ。
「どうも。数時間ぶりか?」
 雨粒がついた眼鏡を一振りしてから掛け直すのは、草間興信所の所長だった。
「この近辺を徘徊している情報があった」
 彼は、掴みかかる相手から身をかわし、懐から出した銀製のカバーへ抜き身のタガーを収めた。
 すると、蝕んでいた渇望が全身から抜けていく。
「これは返せない。曰く付きの代物だと骨董屋が言ってた。持ち主の『本質を解放』……。果ては心を喰うそうだ」
 見透かされたようで両頬が熱くなる。しかし、雨の夜では気づかれないだろう。
「僕は、『好きなモノ程酷く傷付けたい』。強い好意を抱くほどに相手を……」
「だが、少なくともおまえはこれ以上、続けたくなかったはずだ。とめて欲しいから来たんだろう?」
 草間は路面で転がる蝙蝠傘を拾い上げ、黒いローブの少女を雨から保護した。
「被害者の命に別状はなかったぞ」
「……どうして?」
 噂を聞いて彼の元へ訪れたものの、信用していた訳ではなかった。
「おまえは『見つけて欲しい』と言った。失せ物を探すのが俺の仕事だ。あ……。名前を聞いてなかったな」
「……エルティオ・ローディ……」

◇◇◇◇◇

 代わり映えしない草間興信所で、珍しく紅茶の香りが漂っている。
 優雅にティーカップを傾けるのは、黒を基調としたゴシックドレス姿のエルティオ・ローディだ。今日は銀色の髪も藍色の瞳もローブで隠されていない。
 開いた雑誌を顔にのせて、仮眠用のボロソファで横たわる草間に、彼女が話しかけた。
「髪は元に戻したのか?」
「……あれはカツラ。変装用の。被ってビックリだ。他のヤツに見られたら、俺はおしまいだった」
「私は、似合っていた……と思うぞ」
「冗談キツイなっ! 俺は硬派で通してるんだ」
 しばらくして、草間の寝息が聞こえてきたので、エルティオは小さな声を立てて笑った。
 雨は続いている。だが、あと数時間もすれば、曇天を裂いて日の光が差すだろう。


=END=