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<東京怪談ノベル(シングル)>


スクリーン・ホール


 赤き軍神の象徴……火星。人類は地球の重力をものともせず、とうとう、別の星へ移住する力を有した。
 その土地を、米国の無人探索車が駆け巡っている。
 火星での成果が上がる度、地球の研究者は更なる成果を求められ、苦悩を強いられていた。
 現在、開拓されている地形へ、次々に命名されているが……どうやっても数の不足は免れない。

●札幌、定山渓の旅館。
 龍族と金翅鳥の戦争で荒廃した東京から妊婦たちが疎開している。医師の常駐にも関わらず謎の死産が多発……。
「母体は安定しているのに」
「やはり外的ストレスの影響が大きいのでしょうか?」
「他の地域でも同じような症例が?」
「……医学的な見解では考えられないことが、起こっているとしか思えない」
 集まった担当医師たちは、自らも命の危険にさらされる場所で居合わせたが、今は新たな命の救出を第一とし、互いの知恵を絞り合っていた。
「このまま、解決の糸口が見つからなければ、最悪の事態も考えられる」
 そうして誰もが口を噤み、泥のような沈黙が充満するだけだった。

●連合戦略創造軍本部。
 紛争地への武力介入で平和を創造(PKF)、軍需工場で民生品を製造しながらも復興支援までを戦略的に行う軍の本部は、アンノウンの襲撃で混乱状態となっていた。
〈現在、交戦中。第一防壁は突破されたもよう〉
〈こちら第三防壁付近、アンノウンの数を掌握するのは困難なため、一旦、次の防壁で合流予定〉
 司令塔である中央管理室は、あまりの不甲斐なさに一喝した。
「敵の形状、弱点の攻略を急げ! いいか、無駄な交戦よりも解析をしろ!」
〈了解。第四が侵攻される前に、アンノウンの解析を急ぎます〉
 だが、先陣部隊の無線通信は……その後、途絶えた。
「報告はどうした!?」
「通信システムが破壊されたようです」
 ため息は絶望というより、激に疲れたせいかもしれない。
「……中核が侵攻されることなど、決してあってはならない。援護部隊を移動させろ。もっとマトモに戦えるヤツをよこせ!」
 生き残ったモニターに、不気味な影が横切っていた。

 千歳基地では、壊滅した東日本の防衛網を補完すべく、創造軍受入れの拡張工事をしている。
 だが、滑走路先端の白鳥湖から成らざる者が湧き上がって、地上部隊は交戦を強いられていた。
「アンノウンはすべて、女性と鳥が合わさった姿、姑獲鳥かと思われます」
「へぇ、そうかい。俺はバケモンぶった斬れればそれでいいんだがな」
「鬼鮫さん、情報はきちんと聞いていた方がいいですよ」
 召集されたのは二名。だが、ただの二人ではない……。
 IO2エージェントであり、ジーンキャリのア鬼鮫(おにざめ)。
 そして、IO2戦略創造軍情報将校、三島・玲奈(みしま・れいな)だ。
 出撃目前、現場状況の説明を受けていた。
「ん、だよ。玲奈だって暴れたくて仕方がないんだろうが?」
「鎮圧するのが目的です。マジメに!」
「俺はいつだってマジメだぜ?」
 今までの情報を統合した玲奈は、高速で可動できる前線のカメラアイをサーチした。そこには、地上部隊が姑獲鳥と戦う映像が今もロードされている。外部装置には研究施設内のようすも保存されていた。
「これは……水子を僕とする姑獲鳥の罠ね。我が子の名を欲していた彼女らは一つの研究施設に着目したみたい。火星の測地が捗る度に新たな地名が必要となるもの。研究員は命名に励んでたみたいだけど……足りるはずないわね。横取をしようとする姑獲鳥の仕業よ。更なる増殖のため、次は子供たちを標的に。母親が死守しようとする子供なら生命力がより強いから」
 言い渡された内容に本部内は耳が痛いほど静まり返った。そこへ、鬼鮫の嗤い声が混ざる。
「ハハハっ! おっそろしいコトをさらっと言っちまうんだなぁ」
「……あたしは、ただ、事態を冷静に解析しただけ。急ぎましょう!」
 戦場まで向かう二人の背中へ、誰かが呟いた。
『おまえらとヤツら、ドコが違うって言うんだ……』
 鬼鮫の形相が変わったので、玲奈は彼の腕を掴み、出来るだけ早くその場を去らなければならなかった。

◇◇◇◇◇

 札幌の定山渓の旅館へ到着した二人は、逃げまどう医師たちや仲居を部隊が待機している場所まで誘導しながら、姑獲鳥の群がる建物まで接近する。
「保護を優先させましょう! ヤツらは子供たちにしか興味ないんだから」
「めんどくせぇんだよ! 俺はアイツらを始末する。玲奈はカアチャンたちをなんとかしなっ!」
 鬼鮫が帯刀している刃物を鞘から解き放つと、薄暗い中でさえ切っ先が鈍く光って見えた。
「ちょっと待って! あれ、見て……」
 女たちが手を引いて駆けている。だが……。
 子供……ではない。
 溶けた蝋燭で作られたような肌は、みな同じ顔、姿形をしていた。
 姑獲鳥が空を舞う日、“ナニモノ”かが産まれるいう伝承がある。
「なかなか、グロテスクな風景だな、おい?」
「……遅かったのね。もう少し、早く来ていれば」
「シミったれたコト言ってんじゃねぇ! まだ、終わってないぜ!」
 先に突撃を開始した鬼鮫は、女性を襲撃中の姑獲鳥を刃で唐竹割にする。だが、助けられた者は悲鳴を上げながら彼を見上げ、シィっと笑う男の顔で、そのまま失神してしまった。玲奈は救護隊へ彼女を預け、死の飛翔を続けるものたちへ対峙する。
「来い! 殲滅してやる!」
 鬼鮫の力任せの我流の剣が、呻りながら姑獲鳥らを紙くずのごとく斬り倒す。玲奈はアサルトライフルで応戦しながら、ターゲットのみを倒していった。
「おい、ナニ狙ってんだ?」
「気の毒だけど、姑獲鳥に魂を奪われているから……死者なのよ。ここから一匹も出す事は出来ない」
「……おまえ……」
 蝋人形のような者たちは、少しでも炙られれば簡単に燃え上がる。女たちは、崩れるモノらの火を消そうとしていた。
 だが、玲奈は小銃を構え躊躇なく彼ら“異形”のみを撃ち抜く。その両目へ涙があったかは、隣でいる者でなければ分からなかった。
 一瞬、闘牙をゆるめていた鬼鮫も残る残党どもの片付けが終わり……。
 暗闇と黒煙にまみれる旅館は炎上していた。
 放心している者たちは駆けつけた本部の隊員の手により救助されていく。

“フフ……。バケモノ。オマエ、コソガ……”

 鬼鮫が顎を蹴り上げると、赤い腰巻きで倒れる鳥女は嘲笑で羽をばたつかせ、ふつ、と動きを止めた。
「は、どう転んでも恨まれるのに変わりはないぜ。分かってたコトだろ?」
「…………」
 玲奈は無限に突き刺さる黒い視線を浴び、音を立てて形を失う建物から背を向けた。