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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


四辻のブラックドッグ
●オープニング:四辻に潜む存在
 ……その十字路は、昼間からひと気が少ない。
 車も殆ど通らず、人かげも疎ら。
 それでもこの四辻に掲げられた信号は黙々と仕事を熟す。青から黄色を経て赤に。そして暫くしたらまた青へ。
 それをいくど繰り替えしたか。セーラー服姿の1人の少女が四辻へと通りかかる。信号が青に変じたのを確かめ、彼女は歩道を歩いていた。しかし。
「……痛いっ!」
 小さな悲鳴をあげ、彼女が右足を抑えその場にへたり込む。
 そんな彼女の足首には、動物に噛まれたような痕が残り、赤い血が流れはじめていた。

●興信所の日常
「……はぁ」
 草間・武彦は大きくため息を吐いた。それは今さっき入ってきた依頼の内容の為だ。
 あれだけ怪奇の類はお断りだと言っているにも関わらず、例によって怪奇の類なのはどういう事か。
「何かお手伝い、アルバイトありますか?」
 例によってひょこっと顔を出したのは海原・みなも。
「ああ、みなもか。良く来てくれた」
 掛けてくれ、とソファを指され、彼女はちょこんと座る。目前のテーブルに置かれたアイスコーヒーを口に運び、事件のあらましを解説しようとした草間に視線を送った直後の事であった。
「ん〜、草間サンは相変わらず怪奇に好かれるヒトなのです」
 突如窓から女性の声がした。慌てて草間が振り向くと、そこには黒衣に身を包んだアリアネス・サーバントの姿が。
「……あのなぁ、アリアネス」
「アリアで構いませんですよ」
 窓に腰掛けたままアリアネスはそう告げる。
「いや、そうじゃなく」
 速攻噛み合わなくなりかけた会話を手で制し、草間はこう続けた。
「何度も言うが、出入り口はあっち、だ」
 そう告げ指した先にはドアがある。だが、何度言ってもアリアネスがその言葉を受け入れたことは無い。何を思ったか彼女は毎度毎度窓から乱入するのだ。
「それで、あの……どんなお仕事ですか?」
 話を元に戻そうとグラスを手にしたままみなもが問うと、草間はこう答えた。
「……突如現れる黒い犬についての依頼だ」

●黒い犬――推測と仮説
 草間の説明を受けたアリアネスはふんふん、と頷いて見せた。
「黒い犬と言えばマルコシアスさんなのですよ。天気の良い昼・夜・四辻、天体とも関係があるのですかねぇ〜」
「マルコシアス……っていうのは、確か犬ではなく狼じゃなかったか?」
 草間が問いかけるとアリアネスはニっと笑ってみせる。
「それじゃあ違うかもしれませんねぇ〜草間サン、怪奇が苦手なわりに詳しいですね?」
 アリアネスの切り返しに草間が黙り込む。
 一方みなもは与えられた情報を組み合わせ、丁寧に仮説を組み立てていく。
「『動物の噛み傷』で、『日差しの強い』『天気のよい日』『白昼堂々』で、『夜』『黒い犬』ということは……」
 キーワードを並べるみなも。
「……『影』系の“獣”でしょうか」
「その可能性は高いな。しかし、何故四辻なんだろうな?」
 草間も首を傾げて見せる。これに関してはアリアネスが答えた。
「四辻は霊のたまり場なのです。月や星の綺麗な日には闇の者も踊るのですよ」
 アリアネスはニっと笑い、黒衣をはためかせると草間興信所からふらりと窓際へと向かう。その様子に何かを察した草間が声をかけた。
「おい、アリアネス……」
「これから現場に向かうですよ」
「そうじゃなくて、出口はあっち、だ」
 もう一度草間がドアを指す頃には、アリアネスはやはり窓から姿を消していた。

●夜の四辻――黒犬は躍る
 深夜、現場は確かにひと気が無かった。
 ただ信号のみが黙々と働いているのみ……という光景は、東京である事を考えると何やら不思議に思える。
 暗い夜道をただ信号のライトと月の光が照らしているだけの状況というのは、ごく普通の女性であれば、恐れを抱いても仕方が無い光景だといえよう。
 しかし、アリアネスにとってはこれ以上は無い好機でもある。
 月が天頂に達する時刻は魔力が高まる時期でもある。月の恩恵を受けた以上、彼女の力は強固なものとなる。
 もっとも、同時に霊達の力も高まるのだが。
 それでも研ぎ澄まされた彼女の魔力は、通常時より遙かに高いものとなる。
 だから霊達の力も高まるというリスクを負ってでも、彼女は深夜を戦いの舞台へと選んだわけだ。
 彼女は今まで己の契約した悪魔に指示を出し、調査をさせていた。
 悪魔は、敵は悪魔でも霊でもない、と述べた。
 悪魔でも霊でもないなにものか、とは? それはアリアネスにもわからない。
 しかし、依頼を受けた以上それをきちんとこなすのは霊媒師――スピリチュアル世界の何でも屋としてのプライドでもある。
 何でも屋というと字面だけでは軽そうだが、実際の所はあらゆる方面に精通したプロフェッショナルでなければ不可能。よって、彼女の知識の広さも察せられるというものだ。
 アリアネスは月の下、空を見上げる。敵の数を知る為の星読みだった。僅かに瞬く星の光に彼女は意識を向ける。
 ……だが、それはアリアネスの大きな隙となった。
「ぐるるるるるる……」
 うなり声にアリアネスは身構える。だが僅かに遅い。
 彼女が万全な構えを取る前に、闇の中から現れた黒い犬が牙を剥く。唾液を垂らし、赤い舌をべろりと出して。
 四辻へと彼女は素早く視線を走らせる。黒い犬の数は4体。普通に戦うには少々荷が勝ちすぎるか。
 囲まれた上に一斉に襲われたとしたならば、いくら彼女といえどただでは済むまい。
 黒い犬たちが容赦無く牙を剥く。舞踊に長け、身のこなしの軽いアリアネスであっても、四方からの攻撃を回避する事は困難。
 避けられない――!
 直後、月光を僅かに反射し輝く糸が戦場を奔った。
 銀糸のように輝く糸。
 それが犬たちの攻撃を絡め取り、動きすらも止める。
「アリアさん、大丈夫ですか!?」
 犬たちに囲まれたままにアリアネスが声の主のほうを見ると、まるで蜘蛛の巣の如く糸を放射するみなもの姿がある。
 セーラー服をはためかせるその姿は、幼く可憐なはずなのに、妙な勇ましさがある。
 そう、彼女は持ち込んだ聖水で作り出した単分子配列の『糸』を放つ事で敵達の攻撃を防いだのだ。
 そしてアリアネスが左手を大きく掲げた。血の契約が刻まれた、その手を。
 そんなアリアネスを警戒するように、犬たちが囲む。唸りをあげ、間合いをはかり彼女の隙を見計らっているのだ。
 犬たちの姿勢が低くなる。恐らく襲いかかろうという準備。
 その直後、アリアネスは躊躇無く犬たちへと徒手で切り込んでいた。
 普通の人間がその姿を見たならば、ただの少女が徒手で何を、と驚くだろう。だが彼女は刃物を持たずして物体を切り裂く能力がある。
 彼女の手が鋭い斬撃を放とうとした瞬間。
「アリアさん、確保優先でお願いします!」
 みなもの声にアリアネスは反射的に手を開き犬の尻尾を掴んだ。ふさっとした感触は、影のような犬たちの姿には少し似つかわしくない気もする。他の3匹はそんなアリアネスとみなもの2人を見て唸りをあげるのみ。
「お仕事なのですよ、雑霊として消されるか、それとも悪魔軍団に迎えられるか選ぶのです」
 犬たちへと声をかけるアリアネス。しかしながら、所詮は犬というべきか。彼女の言葉も理解出来ていないのであろう。敵意を剥き出しに唸り続けている。
「やれやれ、これではどうしようもないのですよ」
「でも、出来れば荒事は避けたい……です」
 あきれ顔のアリアネスに対し、みなもは少々弱った調子だ。
「みなもサンはなるべくならこいつらを消したくは無いんですね?」
 アリアネスの問いにみなもがこくりと頷く。
「ならやる事は一つです」
「何を……?」
 みなもの言葉にアリアネスは答えず、犬の尻尾を離す。
 そして、即座に離した手で、丁度傍を通りがかった雑霊を掴み、握りつぶす。霊とは名付いているものの、もう既に記憶も何も残っていない、残留思念としても覚束ないシロモノだ。
 だが、黒犬くらいなら握りつぶせる。それくらいの迫力の籠もった一撃だった。
「……怖かったらもう二度と人を襲ったりはしないのですよ」
 笑顔でそう告げるアリアネス。
 言葉は分からずとも、雰囲気だけは察したのだろう。
 犬たちは怯えたように尻尾を丸めると、ぱしゃりと水がはねたような音だけを残しその場の夜闇へと溶け込んだ。

●黒狼は顕れる
「……あれで大丈夫でしょうか?」
 みなもの言葉にアリアネスは「だいじょーぶだいじょーぶ」と軽く手を振って見せた。
「霊的に掴んでさらに脅しておいたですから、もう悪さはしないと思うですよ」
「それなら良いんですが……」
 出来れば確保もしたかったかな、とみなもは思う。
「じゃあ、草間さんの所に戻りましょうか」
「コーヒーとお茶菓子くらい出して貰わないと気がすまないのです」
 みなもの言葉にアリアネスはそう軽口を叩いてみせる。
「やっぱりアリアさんは窓から入るんですか?」
 くすくすと笑いながら問うみなも。流石に深夜だし、窓は閉まっているかもしれないが、アリアネスはどうするだろう?
 そんなたわいない会話をしつつ、2人は草間興信所へと帰路についた。

 ――だが、アリアネスは気づいていない。
 その合間、ずっと彼女の姿を遠くから興味深そうに伺う黒色の狼の姿があった事を。
 グリフォンの翼と、蛇の尾を持つ存在が、彼女の姿を見つめていた事を。
 直感に優れるアリアネスでさえ気づけなかった存在。
 即ち、彼女の想像する以上の力を持ち、そして気取られないように力を隠蔽する事も出来る存在、というわけだ。
 彼女がさらりと名を呼び、偶然にも呼ばれた事に気づき彼女に興味を持ったらしきモノ。
 だがそれは「まだ会うべき時ではない」と察したのだろう。
 それはアリアネスと邂逅する事なく、闇へと身を返し姿を消したのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも) / 女性 / 13歳 / 女学生】【8228 / アリアネス・サーバント (ありあねす・さーばんと) / 女性 / 16歳 / 霊媒師】
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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉と申します。
 この度はご参加ありがとうございました!
 ブラックドッグの正体はこのような感じとなりました。しかし、アリアネスさんが折角悪魔の名前を出してくださった事もあり、ラストにちょこっと登場しております。
 ……どうやらこっそり様子を覗きに来ていたようですよ。
 そんな感じですが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
 それでは、またご縁がございましたらその際は宜しくお願いいたします。