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<東京怪談ノベル(シングル)>


殲滅戦【晴嵐】
「はあ? 日本一の砂丘?」
 秋葉原、突然年端もいかぬ少女に呼びとめられた通行人は、そう高い声をあげた。
「そう。日本で一番の砂丘はどこ?」
 白衣の少女は自信たっぷりといった風だった。腰に手をやり、少女とは思えない威圧感がある。
「鳥取砂丘だろ? 俺忙しいんで」
 当たり前の回答だと言いたげに通行人は答えると、何やら派手な柄の紙袋を持って逃げるように去って行った。それを見送る白衣の少女……鍵屋・智子の口元には女王の笑みがあった。
「そう、普通はそう答えるわよね。でも正解は猿が森よ」
 満足げに鍵屋は頷いた。そして何かを得たかのように足早に歩き出した。
 猿ヶ森砂丘……。青森に存在する日本最大級の砂丘だが、弾道試験場として使用されている為に観光客は立ち入ることが出来ない。これが鍵屋の確認した誤解の原因である。
 秋葉原の商店街外れに、軍用車両が一台停車している。傍には先ほど鍵屋自身が徴収したコスプレ衣装がトラックへ着々と積みこまれていた。軍用車両に乗り込んだ鍵屋は、
「予定通りよ。青森へ出して」
 やはり軍服の運転手へと指示を下す。
「はい。でも、何故青森なんですか?」
「大衆が抱く常識という防波堤の外に、悪霊は宿るからよ」
「はあ」
 生返事を返しながらも、運転手は青森へ向けて車を発進させた。青森までやってくると、案内板にヒダ埋没林の文字が見える。到着するや否や、鍵屋は地図をばさりと広げた。
 地上のヒバは確かにすっかり枯れ果て、あと数千年もすれば化石になるのではないかと思わせたが、鍵屋はその地上の木々を一瞥するとすぐさま地下へと降りていった。砂で埋もれた木々が地下にもあったが、それらは生き生きと生い茂っていたのだ。
「やはりね……。古来より神木と称えられた木々がこれだけあれば、巨大な霊力魔力を通すにもふさわしいわね」
 両手で広げた地図に、コンパスで方角を確認する。名の知れた青山の霊山へ向けられている木々の霊力を見て、なるほどねと鍵屋は頷いた。


 一方、小川原湖には次々と巨砲を積んだ戦艦が降ろされていた。湖の水を大きく跳ねさせながら幾つもの戦艦が立ち並ぶ。
 三島・玲奈には疲れの色が見え始めていた。それもそのはずだ。鍵屋がコスプレ衣装を挑発し、青森へ出向いて何事かを確認している間も、ひたすら時間稼ぎに努めていたのだった。
 撃墜された玲奈号より脱出したは良いものの、無人戦闘機の生産とコントロールの両立を長時間行うことは、相当な労力だった。気分はまるで巨大ロボットを操るお話の主人公だったが、この疲れではあまり嬉しくもない。
「だめだ、押されてる……」
 それでも、と玲奈は思いなおした。戦艦は揃ったのだ、ここで押していかなければ。
 操る無人戦闘機がコンビネーションを見せる。戦艦がその隙に大砲の照準を水熊に向けていった。一機が先陣を切り時間差で数機が撹乱させると、遠く青森の小田原湖の戦艦が一斉に大砲をうち鳴らした。
 直撃を確信していたその時、水熊のどろりとした触手が思いのほか早い動きで動いた。ずるりと地を這い、すっかり存在を忘れられていた対艦ミサイルを放り投げる。
 大砲が水熊の身体に呑みこまれ、どぷりと足元から排出された。一方、放り投げられたミサイルが小田原湖で爆発を起こす。辺りに湖の水を撒き散らし、水中から発生した爆発のエネルギーが戦艦らを空中へ放り出した。
 もちろん玲奈の肉眼では確認しようがないが、そこは彼女の並々ならぬ力だ。はっきりと知覚し、ついに絶望で膝をついた。
「どうしよう……、もう……」
『諦めるのは、あと600秒早いわね』
 ずっと沈黙していた鍵屋との無線が、玲奈の耳へ不意に響いた。
「鍵屋さんっ!?」
『なかなかやるようだけど、こちらも切り札を解いたわよ』


 その少し前。鍵屋は、この世ならざる場所にいた。
 地獄の第九階層、ダンテの新曲にも歌われている場所だ。多くの悪魔や巨人らが氷漬けにされ、各々の責め苦にされされていたが、鍵屋が目をつけたその悪魔は、飽くなき知識欲という責めを受けていた。
「娘、人間の身で地獄まで赴くとは、勇者か愚か者か……。どうやってここまで来た」
「私の頭脳と霊験ある土の力を借りれば、地獄だろうとどこだろうと行ってやるわ。それよりも。貴方に贈り物を持ってきたわ」
 鍵屋が指を鳴らせば、積みこまれていたトラックの荷台が明らかになる。ばさりと溢れ出てきたのは衣装だった。鍵屋が徴発したコスプレ衣装だ。
「なんだ、それは……」
 悪魔が理解不能とばかりに呻く。もっとも、理解されても困るのだが。
「これはコスプレ衣装……人間が特定の職業や物語の人物の真似をして作ったものよ。自らの意思でその人物になりきる人間独特の文化」
「コスプレ……。なるほど、興味深い。その供物受け取ったぞ」
 雄たけびが響くとコスプレ衣装が溶けるように消えていった。同様に解放された悪魔をも消えたが、代わりに三つの物体が残った。薄く光る皮で出来た衣、矢、角笛である。
「鍵屋博士、これは……」
 地獄まで付き合わされている運転手の軍人は、すっかりおびえた声になっていた。鍵屋博士は自慢げに語る。
「海蛇神の皮から作った無敵の衣、神を撃つ返し矢、万民を導く角笛よ。説明している時間はないわ。呼んでおいた輸送機に積みこんで飛ばすのよ!」


「無敵の……衣?」
『そうよ、受け取りなさい!』
 青森から最大級の速さでやってきた無人輸送機が玲奈の前で破壊された。ばさりと広がる衣を絡めた戦闘機が、何の傷も負うことなくすらりと玲奈の眼前で着陸する。
 ごくり。玲奈は喉を鳴らした。その戦闘機のステップがかしゃんと降り、躊躇いなく乗り込んで上空へと発進させる。空気を裂く感覚が肌に伝わった。
『矢を積んであるわ。いいこと、あいつの目の前に落してやるのよ!』
「でも、また相手の武器にされちゃう!」
『私を信じなさい!』
 はっきりとした回答に、玲奈は奥歯を噛みしめた。触手も無人戦闘機の動きから学んだのか、一人時間差で玲奈の戦闘機へ触手を振りおろした。
「ッ!」
 攻撃されるのと同時に、玲奈は水熊の真正面へ矢を落とした。無敵の衣のおかげか、触手の方が弾けて地に落ちる。怒りにだろうか、叫んだ水熊が触手を再生させ、目の前に落された矢を拾い上げた。
 水熊が狙いを定めたのは、またも遥か彼方の小田原湖だ。数百キロ離れた小田原湖へ矢が音速を超えて発射された。
『ざまあみなさい!』
 無線機から鍵屋の勝ち誇った声が聞こえた。
 かつて天に向けて放たれた矢は、射手へと返されて水熊を貫いたのだった。悶え苦しむ水熊の身体が形を失いはじめ、ただの水になって辺りに降り注いだ。
「すごい……あの矢は一体……」
 玲奈の呟きに、さすがの鍵屋もほっとした印象の声音で話し始める。
『神に弓引いて、自業自得の罰を受けた奴の矢よ。さあ玲奈、まだやることはあるわよ。すぐに小隊を率いて青森まで来て頂戴』
「えっ? だってもう……」
『何の目的かわからないけど、恐山でイタコや観光客たちのゾンビがあの水熊を操っていたのよ。清めて原因を絶たないとね』


 地上へと戻っていた鍵屋は、玲奈との通信を切って自らの手の中にある角笛を掲げた。
「この、角笛を使ってね」