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<東京怪談ノベル(シングル)>


ミステリアス・パニック

「だ、大丈夫なのかなあ……」
 地図を頼りにファルス・ティレイラやってきたのは、どう見ても怪しいの一言に尽きるような場所だった。
 そこは仕事でもなければ絶対に足を踏み入れないような路地裏の一角にあり、黒やら紫やら赤やらに塗りたくられた壁の一角に、何と書いてあるのかまるで読めない看板がぶら下がっている。
(確かに『何でも屋さん』だけど……呪いの実験だなんて……)
 心の中で自分を紹介した碧摩蓮に文句を連ねても、ここまで来てしまった以上もう引き返すことはできない。
(……大丈夫、だよね)
 そう思い込むことで平静を保ちながら、ティレイラは店の扉をノックする。
「どうぞ、空いてますよ」
 ティレイラは扉の向こうから声が返ってきたことに内心複雑な思いを抱きつつ、静かに扉を開けた。
 外観から想像するに容易い、極彩色の空間がそこには広がっていた。
 何も物がなければそれなりに広いと思われる部屋だが、机や棚で埋め尽くされて足の踏み場もないほどだった。
 至るところに実験用の器具と思しき道具が散らばっており、床は何色ものペンキ缶をぶちまけたかのような何とも形容しがたい色に染まっている。
「すみませんね、散らかってて」
 部屋の奥でもぞりと動いた白衣の影が、むくりと立ち上がってティレイラのほうを向いた。
「あっ、いえ……あの……」
 どこから話せばよいか迷うように口ごもるティレイラに、やや太り気味の店主の男が瓶底のような眼鏡をぎらりと光らせる。
「お話は伺ってますよ。蓮さんが紹介してくださった方でしょ? ええと、ファルス・ティレイラさん?」
「はっ、はい……それで……ええと……」
「すぐに準備をしますから、座って……ちょっと待っててくださいな」
 店主は室内を見回し、がらくたの山の中から椅子と思しき物体を引っ張り出してティレイラの前に置いた。
「ど、どうも、ありがとうございます……」
 ティレイラが腰を下ろすと、店主はまたがらくたの山の中で手を動かし始める。
「今回お願いしたいのは、ちょっと曰くつきの代物ばかりでねえ。これ、よければ召し上がってください」
 白い液体の入ったカップが、ティレイラの側のテーブルに置かれた。
 明らかに白い液体なのだが、立つ湯気が伴っているのはコーヒーの匂いだ。
 どうしてもそれに手をつける勇気を持てないまま、ティレイラは店主の言葉を聞くことに集中する。
「曰くつきっていうのは、何て言えばいいのかなあ。まあ、身体に変化を与えるものなんだよ。呪いと言うよりは、魔法みたいなものかねえ。一筋縄じゃあ、いかないものだからさ。『こういったもの』に耐性があって、付き合ってくれそうな人に心当たりはないかって、蓮さんに相談したのさ。それで、ティレイラさんを紹介してもらったというわけ」
(だ……大丈夫じゃなさそう……)
 説明を聞けば聞くほど、不安が募っていく。
 だが、ここまで来てしまった以上、やはりもう引き返すことはできない。
「と、じゃあ、早速始めようか! ティレイラさん、よろしくねえ」
 店主の瓶底の眼鏡が、またぎらりと怪しく光ったように見えた。

「まずはこれをつけてみてほしいんだ」
 店主が差し出してきたのは、一見するとごく普通のブレスレットだった。
 言われるままにティレイラは腕を通すが、特に何らかの変化が起きる様子はない。
「ううん、失敗かなあ。じゃあ次は、これを……」
 今度はごく普通のネックレスが出てきた。
 やはり言われるままにティレイラはネックレスを身につける。しかし、ブレスレットと同様に、特に変化が起こる様子はなかった。
(このまま終われば……大丈夫だよね……)
 何も起こらないことにティレイラは内心ほっとしつつ、次の道具を待つ。
「次はこれを試してみてもらえるかな」
 次に店主が取り出したのは、どのようにして作ったのか疑問を覚えざるを得ないような、レースのリボンがついたカチューシャだった。
「ず、ずいぶんと可愛いですね、これ……」
「気に入ってくれたかい? 嬉しいなあ」
 察するに、やはり彼の手作りらしいカチューシャを、おそるおそるつけてみる。
 ……すると。
「おおおっ……!」
 店主の感嘆の声と、ティレイラが耳の辺りに違和感を覚えたのはほぼ同時だった。
「なっ、何が起こったんですか?」
「やったよ、ティレイラさん! 大成功だ!」
 すかさず店主が鏡を取り上げて渡してくれた。見てみると、耳が人間のものではなく猫のそれに変わっている。
「つ、次はこれを試してみてくれないかい!?」
 店主がだんだんと興奮してきているのをティレイラは感じたが、かと言って彼を止める術があるはずもない。
(ど、どうなっちゃうんだろう……)
 瓶底眼鏡をきらきらと輝かせながら店主が差し出してきた指輪を、ティレイラは観念したように指にはめた。
「おおおおっ……!!」
 今度はどうなったのだろうと鏡を見てみると、こめかみの辺りに大輪の薔薇の花が咲いている。
「さすがだよ、さすがだよティレイラさん!! 次は……」
(わ、私、本当にどうなっちゃうの〜!?)
 ティレイラは半ばされるがまま、店主が次から次へと取り出す『呪いの道具』で全身を飾り立ててゆくばかりであった。

 ――やがて。
「……おやまあ」
 そろそろ終わる頃合いかと碧摩蓮が顔を覗かせると、先程まで目を輝かせていた店主の姿はどこにもなく――
 そこには、『呪い』によって全身が異形へと変えられたティレイラが一人残されていた。
「れ、蓮さん、助けてください……」
 涙目になりながらティレイラは蓮に訴える。
 人間の耳が猫のそれに代わり、こめかみには大輪の薔薇が咲いたまま。
 さらには頭から兎の耳が生え、両腕は白い翼に変わり、下半身は完全に石化して、椅子に座ったままの体勢から動けなくなっていた。
「こりゃあまた、ずいぶんと派手にやっちまったんだねえ。……店主はどうしたんだい、逃げちまったのかい?」
「何か……変な……悪魔みたいな生き物を呼び出してしまって……それに追いかけられて、そのままどこかに行っちゃいました……」
 ティレイラの説明に、蓮は納得したように頷く。
「まあ、あいつにはいい薬になっただろう。何事も程々にしておくのがいいのさ。……さて、どうしたものかねえ」
 複雑な呪いがいくつも絡み合い、より複雑に、もしくはまったく別のものになってしまっているという状態である。
 それでもティレイラが意識を保ち、姿はともかく中身が無事でいられるのは、ひとえに彼女の持つ種族的な耐性の賜物と言っても過言ではなかった。
 おそらくは『呪い』を施した張本人である店主にさえも、解くことは容易ではないだろう。
「助けてくださあい……」
 ティレイラが完全に元の姿を取り戻すまでには、今しばらくの時間がかかりそうだった。



Fin.