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<東京怪談ノベル(シングル)>


月光の悪戯の魔法

●憂鬱な依頼
「厄介なこと、強引に引き受けさせられちゃったなぁ〜……。今度は酷い目に遭わされなきゃいいんだけど……」
 碧摩・蓮から手渡されたメモを頼りに、ファルス・ティレイラは重い足取りでなんでも屋の仕事を依頼した依頼人がいる高層ビルを探している。

 そんな気分になったのは昨日のこと。
 アンティークショップ・レンのお得意様が、呪いや魔法の類に耐性がある人物、特に若くて元気な女性に心当たりがないかと電話で尋ねてきたことから始まった。
 このお得意様、普段は高層ビル街にある占いの館で主にタロット占いをする占い師だが、本業は呪具を作り売り捌いている魔女である。
「そういうのを探して何するんだい?」
「私が作った新作呪具の効果を試してみたくて。それには実験台役が必要で、それ相応の力に耐えられる人じゃないと駄目なのよ。あなたなら、この意味わかるでしょう?」
 早く試してみたいの、と電話越しで作りたての呪具を細い指でそっとなぞりながら楽しげにクスクス笑う占い師の趣味が呪具作りということは前々から知ってはいたが、その効果までは把握できていない。風の噂では怪しげなもの……らしいが。
「そうだねえ……。ちょうどいいのがいるよ。あたしの知り合いでなんでも屋をしている竜族の子はなかなかのモンだよ。彼女にあんたのところに行くよう説明しておくから楽しみに待ってな」
 今回もあの子ならうってつけだろう、と迷わずティレイラを選んだのだった。

 仕事が終わったらうちの店に来ておくれ、と蓮から呼び出されたので何事かと思いきや……。
「え〜! また呪具の実験台ですか〜……!?」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。あんたしか適任者がいないんだからさ。報酬ははずむよ。これなら文句ないだろう?」
「そういう問題じゃありませんって〜……」
 泣きそうになるティレイラを必死に宥め、蓮は半ば強引に仕事を引き受けさせたのだった。
「蓮さんの意地悪〜……!」
 以前も酷い目に遭わされた新作呪具の実験台。
 またあのような目に遭うことは目に見えているのだが、仕事を斡旋してもらっている恩もあるので断りにくい。
 報酬を前払いしてもらったこともあり、嫌と言えず泣きながら引き受けたのだった。

 目的地に着くと、メモに書かれた名前を頼りに占い師を探す。
 暗幕で周囲を囲んだ夜空を思わせる簡易的な小屋にある小さなテーブルと椅子があり、向かい合うように妖艶な雰囲気の女性が座っている。
「お待たせしました、何を占いましょう」
 順番待ちの客だと思った全身を黒いフードで隠した魔女のような怪しげな雰囲気を漂わせている女性が、タロットカードをシャッフルしながら占ってほしいことを聞く。
「あの〜……蓮さんから仕事を紹介されて来たんですけど〜……」
 蓮の紹介、と聞いて占い師は瞳を輝かせた。
「あなたがティレイラさん? 竜族の人だと聞いたからそれらしい人だと思っていたけど、こんなに可愛いお嬢さんだったなんて。待ってたわ。碧摩さんから詳しい話を聞いていると思うから詳細は割愛ね。悪いんだけど、仕事が終わるまで待っててくれないかしら。こう見えても私、売れっ子なの。お客さんが多くて」
「わかりました」
 少し酷い目に遭う時間が伸びた、とティレイラはホッと胸を撫で下ろす。

●悪夢の時間
 営業が終わった占い師は深紅のスーツに着替え、車の助手席にティレイラを乗せると自宅に直行。
「緊張しているの?」
「え、ええ、まあ……」
 今にも逃げ出したしたかったが、高速道路を走っている車から飛び出す勇気がないので大人しく乗っていることに。
「綺麗な満月ね……。今日は良い実験ができそう」
 この占い師の魔力は満月の時が最高潮に達する。そのことがわかっていたので、実験決行日をあらかじめ決めていたのだ。

 車を走らせること数十分。
 市街地から離れた占い師の自宅は、如何にも魔女が住んでいますといわんばかりの古びた洋館だった。
「さあ、どうぞ」
「お、お邪魔します……」
 洋館は古びた外観と裏腹に中は新築のように綺麗で、廊下にはあらゆるジャンルの絵画や彫刻、中世の騎士が纏っただろう甲冑が飾られているので美術館を思わせる雰囲気だ。
 金糸の魔法陣が床一面に描かれた赤い絨毯、魔法の道具が部屋いっぱいに置かれた占い師の自室に招き入れられると部屋の明かりを消した。
「あの〜……どうして電気を消したんですか?」
「月明かりの下での実験というのもオツなものよ。さ、始めましょう。まずはこれからね」
 そう言うと、心の準備ができていないティレイラに落ち葉のレリーフが施された金色の額縁を手渡す。
 あの時みたいに酷い目に遭うと震えながら額縁を持ち、閉じていた目を恐る恐る開いて何かが起きると思うと身体が震えたが、失敗作なのか、効果が現れるまで時間がかかるのか何も起こらなかった。
(よかった〜……何も起きなか……って、ええ〜っ!?)
 ほっとしたのも束の間、顔が吸い寄せられるように額縁にひとりでに近づき、頭部から徐々に身体が取り込まれてしまった。
「だ、出してください〜!」
 目に見えぬ空間の壁を叩きながら助けを求めるティレイラは、魔力で生きながらにして描きたての水彩画にされてしまった。
 占い師は「実験成功♪ タイトルは『泣いて助けを求める哀れな少女』にでもしようかしら?」と効果を楽しんでいる。
「これは成功、と。今、出してあげるから待っててちょうだい」
 何やら呪文を唱えながら額縁に触れ、床にそっと置くとティレイラの身体が少しずつ絵画の中から抜け出してきた。
「た、助かったあ〜……も、もう終わりですよね……?」
「何を言っているの? これはほんの序の口。これからが本番よ。次はこれ……と」
 後ろに回ると、豪華な作りの大きなルビーが中央についている金のネックレスをティレイラにつける。
「これはミャンマーで採掘されたピジョン・ブラッド(鳩の血)と呼ばれる最高級のルビーに魔力を注ぎ込んだ呪具よ。何が起こるかは作った私にもわからないの。ごめんなさいね?」
「そんなものを私に!? な、何これ!? 喉が、熱い……っ!」
 ルビーが触れた喉元が焼けるように熱くなったかと思うと身体がくの字に折り曲がり、何かに勢いよく吸い込まれる瞬間に全身が炎に焼かれるような感覚が。
「いやああああ!!」
 声が聞こえなくなった時には、ティレイラはルビーに封印されてしまっていた……ように見えるが、これは幻覚であり、彼女自身は部屋にいる。
「もう嫌ー! お願い、助けてー!!」
 腰が抜けたのか、その場にペタリと座り込みながらも助けを乞うているので刺激が強すぎたかしら? と反省した占い師は意識を失いかけているティレイラにつけたネックレスを外した。
「これは幻覚作用がある呪具のようね。体感刺激が強いところは改良点、と」

●実験の結末
 次の実験を、というところで竜族本来の姿に戻ったティレイラが窓から逃げ出そうとするが、逃がさないわよと占い師は大きな蝙蝠の羽の形をした呪具で竜の尾をペチリと叩くと足がガクンとなり、紫のメッシュ入りストレートヘアは縦ロールに、いつもの服装は頭に大きな黒いリボンがついたカチューシャ、ふんわりとした黒のロリータファッションに早変わり。
 立ち上がろうとするが、思うように立てないのでそーっと足を見ると……
「な、何これー!」
 足の関節が球体関節人形に。足だけでなく、首、肘、手首といった関節すべてが球体になっていた。呪具の効果で球体関節のアンティークドールになったのだ。
「これがティレイラさん本来の姿、竜族の姿なのね。竜族少女のお人形さん、可愛いわ……」
「私を元に戻してください、お願いします!」
「だ〜め♪ もう少しこのままでいてちょうだい」
 うっとりしながら感触を楽しむと記念撮影を始め、次はこれをと新作呪具を使い置物に変えた。
「寝室に飾って愛でたいくらい……これも素敵……」
「だ、抱きつかないでください〜! お願いですから早く元に戻してください〜!」
 過剰な愛情表現にあたふた慌てふためくティレイラと実験そっちのけで反応を楽しむ占い師の遣り取りが終わるかけた頃、どうなったかねえと蓮が様子を見に来た。
「呼び鈴押してもあんたが出てこないから勝手に上がらせてもらったよ。そろそろやめたらどうだい? この調子だと、その子の身体と魔力がもたなくなるよ」
「もう少しいいじゃない、と言いたいところだけど……これじゃあ、実験を続けるのは無理ね。動かないみたいだし」
 残念だけど、と占い師は絡みついた無数の蛇をあしらった白金のヘアバンドをつけた置物に姿を変えられたティレイラを見てがっかり。
「竜族少女の置物だけど、魔力が切れるまでここに飾ってもいいでしょう? 効果が切れないことには呪具が外せないし」
「仕方ないね、魔力が切れるまでだよ。それが終わったらこの子を解放してあげな。いいね?」
 やれやれ……と占い師の要望を聞き入れる蓮だった。

 月明かりに照らされた置物にされたティレイラは魔力が切れるまで眺められたり、触れられたり、写真を撮られたり。
(も、もう嫌ですぅ……)
 泣きたいが涙を流すこともできず、身動きひとつとれないので元に戻るまでされるがままだったが、 夜が明けると同時に魔力が切れ、自由に動けるようになると「お邪魔しました!」と深々とお辞儀してから洋館を後にした。

 次の実験依頼があるかどうかは、蓮の気分次第……かもしれない。