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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ ファルス・ティレイラのとんでもない一日 +



「ここ、かなぁ?」


 黒の長い髪に紫色のメッシュが入った少女――ファルス・ティレイラは自身の手に握られた紙をまじまじと観察する。そこには依頼人の名前とその相手の所在地が書かれていた。
 今現在彼女の目の前に建っているのはどこにでも有りそうな一般住宅。表札を見れば確かに依頼人の苗字が刻まれている事から彼女は此処が依頼人宅だと確信する。
 そっと伸ばす指先はインターホンへ。
 中から応答の声が聞こえれば自身の名前と訪問の目的を簡単に答えた。やがて屋内から外へと人が出てくる気配がしたので、その間に若干緊張した身体を解す為深呼吸を一回行う。


―― え、仕事ですか? どんな内容のお仕事なんでしょう。
―― 一言で言えば新作呪具の効果を試す実験台役さ。
―― じ、実験!?
―― 誰にでも出来る仕事内容じゃないんでね。適任だと思ったのがあんただったのさ。もちろん依頼の報酬はあたしからも出すし、その依頼人からも出るよ。
―― そ、それは魅力的ですけど〜……。
―― たった一日そいつに付き合うだけで結構な額の報酬が出るけど、どうする?
―― う……。


 ティレイラは依頼人が出てくるまで先日のやり取りを思い出す。
 相手はアンティークショップ・レンの店主、碧摩 蓮(へきま れん)。いつも彼女には仕事方面ではお世話になっているだけあって断るに断れない。それが例え自分的に不満を漏らしたい事柄であっても、だ。
 たった一日。
 たった一日耐えるだけの簡単なお仕事と言い切られてしまえば、拒否する理由も浮かばなかった。


 やがて扉が開かれ、ティレイラが待っている門も開放される。
 出てきたのは壮齢の男性。一見普通の男性のように見えるが、値踏みするようににやにやと視線を送られればその印象も一変する。


「ほう、君が例の何でも屋さんかね。まさかこんなに若い少女とは思ってみなかったよ。ささ、まあ中に入りたまえ。こちらの都合で一日しか依頼を頼めなかったのでね、時間が惜しいんだ」
「は、はぁ……」
「私が産み出すものは身体に変化を与える類のものばかりでね。そういう呪いや魔法の類に耐性がないと困るのだよ。下手すれば実験の最中に命を落としてしまうかもしれない。まあ、それなりに効果は弱めたり調整はしているものの一般人に試すには少々厳しくてね。そこで蓮君に相談したら適任者がいるそうじゃないか。これはぜひ来て頂こうと君に依頼を頼んだというわけさ」


 屋敷に入り、廊下を歩む。
 向かっているのは依頼人の研究室。その部屋へ辿り着くまでに男性から軽く説明を受けるが、話が進むにつれてティレイラの表情が引きつり始めた。
 ある程度覚悟はしていたものの、どうやら予想以上に自分は実験体として悲惨な扱いを受けることになるらしい。挨拶を早々に切り上げると彼は「早速試して欲しいんだ」とある一つのアンクレットを取り出してきた。
 金属製の輪に愛らしい宝石が取り付けられていて、見た目は女性受けしそうなアクセサリーである。しかし今回の依頼内容が依頼内容だ。
 ティレイラは心の準備も出来ていないままそれをとりあえず付けてみる事にした、その瞬間――!


「きゃああ!! 私の脚が、腕がっ!!」
「ほうほう、なるほど。これをつけた場合は足がカモシカのようになる、と。腕は鳥のようだねぇ。ふんふん、これは成功のようだ」
「こ、この手じゃアンクレットを外せない〜!! は、外してくださいよー!!」
「おお! もちろんだとも。次はこのブレスレットを付けさせてもらうよ」
「え――、ちょ、きゃああああ! 手、手が溶け、溶け始めてますー!!」
「そっちは付けた部分が融解する呪具なんだが、これも良い結果のようだ。素晴らしい!!」
「も、元に戻してくださぁああいい!!」
「大丈夫、それはただの幻覚だからねぇ。ほら、取ってしまえばこの通り」
「も、元に戻ったぁ〜……」


 いきなり二つの呪具の実験につき合わされ、しかもそのあまりの変化の悲惨さに精神が思い切り削られてしまう。ティレイラは安堵からかふにゃふにゃと脱力してその場に崩れ落ちてしまうも、そんな事は依頼人には関係ない。次は一体何を貯めそうかと画策を巡らしていた。
 やがてぽんっと手を打つと彼は奥から何か本を取り出してくる。ティレイラは一体何が起こるのかと身構えていれば彼はそれを彼女の前で左右に開く。その瞬間、いきなり本から光が溢れ出し、ティレイラを包み込みやがて『吸い込んで』しまった。
 光が落ち着いた頃、依頼人が本の中を覗き込めばそこにはこちらに向かって「助けて! ここから出して!」と叫んでいる少女の姿が物語の挿絵のように描かれている。
 依頼人はにぃっと口端を持ち上げ、いやらしい表情を浮かべて笑う。


「いやぁ、ここまでしても少しも精神崩壊を起こさずに耐えられるとは……これは良い実験体だ。ぜひとも私の渾身の呪具を色々試させて頂こうじゃないか」


 彼は心から嗤う。
 そんな依頼人の後ろには――まだまだ山済みの呪具が今か今かと出番を待っていた。



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「で、そろそろその子を返して欲しいのだけれどね」
「いやいや、蓮君。この子は貴重だよ。ぜひまた依頼させて頂きたいものだ」
「だがしかし、その姿じゃ次の依頼は無理のようだね。一体何をしたんだい」
「最後に人間限定で不運を呼び寄せるネックレスを付けて貰ったんだが……いや、まさかこの子が人間じゃないとは思わなくてね。どうやら魔力が暴走してしまったらしいんだ。お蔭様でこの通り、彼女は愛らしい『球体人形』になってしまったのだよ」


 依頼人が示した先には竜族の翼と尻尾を出し、何かから抵抗しようと手を顔に交差させるような格好のまま人形化しているティレイラの姿がある。
 やれやれと依頼人は肩を竦めてため息を吐き出す。暴走してしまったネックレスの魔力は相当きついものでそう簡単には解けそうにない。蓮もまた呆れたように嘆息した。
 しかし彼女はアンティークショップの店主。
 すぐにティレイラの傍に寄り『鑑定』を始める。


「まあ、もの珍しい竜族の少女人形としてお店に飾っておくのもまた一興――かもね」


 その時の蓮の楽しげな微笑みはガラス球と化してしまったティレイラの目にはもう、写らなかった。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

【NPCA009 / 碧摩・蓮(へきま・れん) / 女 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座いました!
 今回は実験体ということで色んな姿に変化して頂きました。最終的には球体人形となってしまいましたが、如何でしたでしょうか?
 少しでも楽しんで頂けますことを祈りますv