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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ 合わせ鏡の迷宮楼 +



 此処においで。
 ゆっくりと落ちておいで。
 貴方の迷いがこの場所から出て行くように……――――。


「こんにちは、初めまして。さて、君はどうして此処にいるのかな?」
「こんにちは、初めましてだな。で、お前はどうして此処にいるんだ?」


 それが彼らからの最初の一言だった。


 最初の印象は黒。
 それから自分の身体を見てその空間が全くの黒色ではないことを知った。何故なら見下げればきちんと持ち上げた手が見えるし、服も確認出来る。ただ前を向いても何も見えない。表現するなら自身しか確認出来ない……そう言った方が正しく、同時に何もなく誰も居ない世界。


 目の前の少年達の姿を確認すれば年の頃は十二、三歳だろうか。彼らは互いに同じような姿見を持って私を見つめている。同じ、と断言出来ないのは彼らの両目の色からだ。二人は互いに黒と蒼の瞳を持っているが、その埋め込み方が全く逆なのだ。顔立ちは良く似ているので一卵性双生児だろうか。
 ……だが、一卵性でも瞳の色が反転するなど有り得るのだろうか。


「ああ、なるほど。貴方は自分の仕事について悩んでいるんですね」
「ああ、なるほど。お前は自分の仕事について悩んでんのか」
「この仕事をいつまでも続けるべきではないのだと」
「仕事の辞め時を見出せないと」


「「悩んで悩んで夢の中にまで落ちてきたんだ」」


 双子が口を揃えて今現在私が悩んでいることすらすらと発言していく。
 その的確さに私は目を丸め、それから困惑してしまう。何故発言していない事をこの二人には伝わってしまったのか。いや、むしろ現状に気付いてから私は一言も声を発していない。ただ寝る前に着ていたパジャマ姿で場に立って、二人を見ているだけ。
 どう接しようかと考えてしまうと当然沈黙が三人の間に訪れる。
 だけどそれを打破したのは双子の方だった。


「此処はお前の夢」
「此処は貴方の夢」
「貴方が思っただけでそれを口に出さなくても僕達にはすぐに通じてしまうんです」
「お前が考ええれば口に出さなくてもそれは俺達にはすぐに通じる」
「何故なら夢なので」
「何故なら夢だから」
「「夢に不都合は存在しないと言ってもいいのだから」」


 そこまで言われて私はやっと『夢』を見ているのだと認識した。
 確かに夢であるのならば私が考えていることが相手に伝わっても可笑しくないし、何があっても「夢だから」の一言で片付けられる。
 もしかして私の仕事に関する悩みがこの世界を、夢を産み出してしまったのだろうか。それならば、私は今自分の作り出した相談者に対して悩みの回答を求めていることになる。
 いや、もしかしたら彼らは――私自身、なのか。


 私の仕事……ソープランドで接客を行うソープ嬢というそれは一般的にはあまり快く思われない事は知っている。それは過去、騙されて借金を抱えてしまった時にそれを返済するために始めた仕事だ。しかし完済してしまった今では続けていく理由はないに等しい。
 常連客も居り、名残惜しさはあるものの「普通の仕事」という言葉に憧れを抱いているのも真実である。その悩みは最初こそ小さなものだったが次第に心の大半を占めるほどへと大きく変化し、仕事の休憩時間にふと鏡を――バニーガールの衣装を纏った自分を見てため息を付く事も増えた。仕事中こそ集中してそれらを考えぬように努めているがこのままではいつ業務に支障が出るかも分からない。もし心のもやを解消出来るのならば……それは願ってもないことだ。


「知りたいの」


 私は双子に問う。


「私はいつ自分の仕事を辞めればいいの? ソープ嬢は長く続けられる仕事でもないし、長く続けるべき仕事でもないことは分かってる。だけどどうしても辞める時期だけが分からないの」


 切実な願い。
 それの反響する声を、答えを、私は求めた。


 双子は一歩、また一歩私へと近づいて来る。
 やがて一人は右手を、もう一人は左手を差し出してきた。自分よりも身長の小さい二人の手に惹かれるように私は両手を彼らの片手に乗せる。その時何故不信感を抱かなかったのか分からない。ただ、そうするべきだと私の中の何かが囁いたとしか思えないかった。
 二人の手は、とても温かい。


「見せてあげましょう、貴方の願い」
「見せてやるよ、お前の願い」
「「その結果、どうするかを選ぶのは自分自身だとしてもそれは必ず力になるから」」


 その瞬間、私は二人に導かれ、ふわりとまた『夢』へと落ちていくのを感じた。



■■■■



『いらっしゃいませ、お客様。ウサギの美紀がご案内させて頂きます』
『ふふ、お客様の癒しになれたのでしたら美紀は嬉しいですわ』
『今日は随分お酒を飲まれるのですね。不都合でなければもう一杯どうでしょうか?』
『ウサギは寂しいと死んでしまうとおっしゃいますでしょう? お客様が居ませんと美紀は寂しくて……なんて、考えてしまいますの』


 あれは『私』だ。
 ウサギの格好をした『私』。
 仕事の為に客に愛想を振りまく『私』。
 心にもない言葉を口にしてそれでお金を貰う『偽りの私』、だ。


 私が『私』を見てる。
 第三者の目線で、本来ならば見れるはずのない自分を見てる。
 傍には見知った客も居れば、一夜限りのもう顔すら朧になってしまった客も居た。私は左右を見やる。双子と繋いでいた手に手はなく、私は今ただ一人。
 視線の先の『私』は私に気付く事無く接客を続けていた。


『美紀ちゃんのおかげで明日も頑張れそうだよ』
『はー……癒される。美紀さんは会社の連中とは違ってちゃんと俺の話を聞いて答えてくれるから本当に助かるな』
『お、もう一杯注いでよ。美紀の手から注がれると嬉しいからさ』


 『偽りの私』でも、お客さんは心から反応をしてくれる。
 時々ストレスのままに暴言を吐いてくる客も存在するけれど、それでも大体のお客さんは自分に有難うと口にしてまた社会へと帰っていく。そこは自分には憧れの世界。だけど客は私に癒されるのだと言う。


 ――ああ、そうだ。
 心からこの仕事が嫌だと思うのならば迷う事無く私はソープ嬢を辞めているだろう。だけど迷ってしまうのはやはり客の笑顔があり、彼らが私を求めてくれるからだ。求められない事は寂しい。それならば私は幸せ者ではないのだろうか。
 偽りではなく、私自身も客に同感して話を聞いたり心から言葉を返している時がある。全てが全て偽物じゃない。


 ならば私が選択するべき道は――。


「「決まったなら現実へ落ちて、そして決断を」」


 自分の中で気持ちが定まった頃合を見計らったかのように二人分の声が聞こえ、私は両手を強く『引っ張られた』。



■■■■



 朝。
 チュンチュンと雀が鳴きながら飛ぶ他愛のない時間帯。壁にかけてある時計を見れば針は七時手前を示しており、至って普通の時間帯だ。今日は休日で仕事もない。目覚めたばかりの私は自分の額に手を当てぼんやりと『夢』について考える。


 二人の少年。
 私が見た『私』。
 彼らは私の悩みに対して『仕事中の私と客』の姿を見せてきた。あれは私の心が作り出した幻影……と思い込むのは若干現実感がありすぎる。
 何気なく右手を持ち上げ指先を折っては開く。そこにはまだ彼らと繋いだ体温すら残っているような気がした。
 私は口元に手を当てながら一度欠伸を漏らす。それから布団を被り直し、二度寝の体勢を取った。


 夢は無限。
 夢は願望。
 夢は無意識が産み出す都合のいい世界。


「もう一回あの世界であの二人に会えるかしら」


 この願いは、彼らに届くのか。
 それは目を伏せた先の『夢』だけが知っている。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6855 / 深沢・美香 (ふかざわ・みか) / 女 / 20歳 / ソープ嬢】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、はじめましてv
 今回はゲーノベへ発注有難う御座いました!
 美香様視点で今回は描写させて頂きましたがいかがでしょうか。これがきっかけで少しは悩みが払拭出来ればとても嬉しく思います。
 ではまた機会がございましたら宜しくお願いいたします。