コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


恐怖! 秘境の恐るべき罠 〜南米編〜
生徒会費を滞納している輩がいて困っている。
三島・玲奈はそんな相談を友人に持ちかけられて、黙っている女ではなかった。
何がなんでも回収してやるわ、と意気込んで、件の滞納者が在籍しているという考古学部の部室へと向かったのである。……しかし。
「覚悟ォォォッ!」
謎の咆哮とともに襲いかかってくる部長。持ち前の運動神経でひらりとかわすも、玲奈は内心焦りを感じていた。
(……なんで、こんなことしなきゃいけないわけ?)
当然、理由は知っている。会費を納めて欲しいならば私と勝負しなさい! という、相手方の理解不能な要求を呑まされたからに相違ない。
いくら鍛えているとはいえ、相手は一般人。戦闘慣れしている玲奈にとっては取るに足らない相手だが、なかなかどうして力加減が難しい。
今日の使命は相手を倒すことではない。やりすぎて相手に大怪我でも負わせたら、本来の目的を達成できないなんて事態にさえなりかねない。
(でもいつまでもやってる訳にも……、あ、グーじゃなければ大丈夫か)
ぴんと思い至り、玲奈は叫び声雄々しく突進してくる相手に向かって、右手を広げて突き出した。
――が。接触する刹那……相手が片側の口角を、少し吊り上げたのが見えた。
(まずい!?)
慌てて手を引く玲奈。しかしもう遅い。対峙する相手はすかさず両手を突き出した。手中にあるのは――赤いスタンプ台、そして。
「入部申込書!?」
「ふっ、拇印はいただいた!」
時すでに遅し。朱肉に染まった玲奈の親指が、白い紙にむぎゅっと押しつけられる。
「ふはははは! ようこそ考古学部へ!」
「……って、なによそれぇぇぇぇ!」
勝ち誇った笑みを浮かべる部長の前で、玲奈はがっくりと膝を折ったのだった。

詐欺と言っても過言ではない。もしくは私文書偽造。
日本からウン時間。ここは南米の秘境・ペルー。東京を飛び出し、地球の遥か裏側まで来て、一体自分は何をしているのだろうと、玲奈は溜息のような吐息を吐いて、頭を抱えた。
何百円だか何千円だかの会費が払えず、ペルーまでやってくる旅費はあるのか。恨みがましい目で、陽気に飛び跳ねる部長を睨みつけるが、本人は気に留める様子もない。部の面々を先導して、ナントカ大会に向けた練習と称し、遺跡の壁面へ強烈なローキックを当て続けている。いい迷惑だ。
上の方からパラパラと壁だったもの(多分、繋ぎの粘土)と思しき粉が降ってこようがお構いなしに、徒手空拳の向上に励んでいる。その肉体鍛錬が考古学といったい何の関係があるというのだ。玲奈はまた、溜息をもらした。
――そのとき。
「「我の眠りを妨げる者は誰だ……」」
突如として、怪しげな声が遺跡の中に響く。次の瞬間ずうんと大きな音を轟かせて、遺跡全体が大きくうごめき始めた。はっとして視線を上げる玲奈。さすがの部員たちも訓練の手をやめ、逃げ惑う。いくら体力自慢の考古学部でも、見えない相手は恐ろしいのだろう。
「嫌な予感がする……、一人じゃ厳しいかも」
助けを呼ぼう。そう決心し、玲奈は身がまえた。

「……で、」
帰国して早2日。考古学部の部室で、玲奈は今日もまた、深いため息をついていた。
「悪霊を追い払ったはいいけど、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
正確に言うと溜息をついたのは玲奈であって玲奈ではない。女子高生らしい可愛い口調ではあるが、声はまるきり男のそれである。そして、姿も。
――そう。あの後、遺跡はもろくも崩れ落ちた。その際に頭上から降ってきた石をよけきれなかった玲奈は、なんと呼びつけた助っ人と身体が入れ替わってしまったのである。
「俺を責めるな。俺は悪くねぇだろ」
眉間にしわを寄せ、玲奈の顔をした男がきっぱりと言い切った。鬼鮫こと霧嶋・徳治。スカート穿きのまま胡坐をかき、膝に肘を乗せて悪態をつく様はチンピラ丸出しで、なんともいえない残念さを醸し出している。
けれど残念さだけで言えば、鬼鮫の姿をした玲奈のほうが上だ。もじもじと内股気味に腰をくねらせ両手を頬にあてた姿はもう、目も当てられない。
原因は明らかに、落石の衝撃だった。しかし身体を張って同じ状況を再現してみても、二人の身体が元に戻ることはなかった。
仕方がない、と諦められ……るはずもなく、玲奈はそもそもの発端であるところの考古学部長に、元に戻れる薬を用意するよう懇願したのである。
しかし部長がしたり顔で持参した薬(インカの失われた力がなんちゃらという非常に怪しいブツだ)は、あろうことか遅効性の薬だった。
かくして、薬の効果があらわれるまでの一ヶ月間、二人は入れ替わったままの生活を余儀なくされてしまった。しかも薬は突然効くものではなく、徐々に効き目をあらわし身体が変化していくのだという。さすれば鬼鮫の体にセーラー服をまとわせ、玲奈の体は男装させるべきだという結論に至ったのだった。
「とにかく――あまり長く家に戻らないのも変に思われるから、今日は家に戻ることにしましょう」
(鬼鮫の姿をした)玲奈がそう提案すると、(玲奈の姿をした)鬼鮫は渋々ながらに了承した。

かくして二人は、まず玲奈の部屋屋へ向かうことにしたのだが……部屋に辿りついた鬼鮫はまず、絶句した。およそ来客を呼び込めるような状態ではない、ごちゃごちゃと物が散乱する部屋。いわゆる片づけられない女というやつか、と妙な納得を得てみたりもする。
「……あ」
鬼鮫の視線の先、うず高く積まれた本の上には玲奈のものと思しき洗濯済のパンツが捨て置かれている。
「ちょっと見ないでくれる!?」
「いや、パンツぐらいしまっとけよ」
全くもって否定のしようがない冷静な突っ込みを入れて、鬼鮫はげんなりと肩を落とした。
数分後、洋服ダンスから何らか持ち出してきた玲奈に、鬼鮫は再び鋭い突っ込みを入れた。
「なんで男物の服なんか持ってんだ……?」
「別になんでもいいでしょ、いいから早く着がえて!」
急かされるまま、胸を潰す下着やらあれやらそれやらを着せられる鬼鮫。覚えてろよ、と憎々しげに恨み事を吐き捨てるものの、それもまた虚しい叫びにすぎなかった。
玲奈の身体から伸びる美しい黒髪は、鬼鮫の「暑苦しい」という一言で、短く切りそろえられることが決定した。かつて自分のものだった頭が熟練の職人技によってきちっと角刈りに揃えられていく様に、玲奈は号泣した。

一方、その後に向かった鬼鮫の部屋では。
「なんでこの体格で着られるセーラー服が存在するのよ……?」
呆然と呟きながら、玲奈は巨体をセーラー服にぐいぐいと押しこんだ。
「まさか、女装趣味」
「断じてない! それは人形用の洋服だ! 嫁がいない夜は寂しく……、っ」
「……人形?」
「ゴホン、もうこの話はやめだ」
そう言った鬼鮫は頭を抱え、顔を真っ青にしながら声を震わせる。今にも泣きそうな勢いだ。
初めこそ玲奈の様子を見つめていた鬼鮫も、やがて頭痛がしてきた、と呟いて、その惨状から目をそらすのだった……。

そして、運命の一ヶ月後。
連れだって街角を歩く女子高生とオヤジの姿。よくよく見ると、オヤジのほうは結婚式場のショーウィンドウに並んだきらびやかなドレスに目を奪われ、うっとりと溜息をついている。
一方の女子高生はといえば、周辺を歩く女の子たちを、さながら得物を狙うような目で見つめていた。まるで中年オヤジのように。
――彼らの心境にどんな変化があったのかは、推して知るべし。