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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― 理想郷の中で ――

「みなもちゃん、本当に大丈夫‥‥?」
 瀬名・雫が心配そうに表情を歪めながら、海原・みなもに言葉を投げかける。
 彼女が心配そうにするのも無理はない。海原はこれから1人で『LOST』のフィールドに向かうのだから‥‥。
 もちろん瀬名が海原の事を信用していないというわけではないが、これまでもいくつか世話を焼いてきたという事から心配で仕方ないのだろう。
(‥‥みなもちゃんは、普通のプレイヤーとは違うんだから)
 瀬名は心の中で呟く。海原が普通のプレイヤーだったらここまで心配する事も無かったのかもしれない。
 だけど、海原は『LOST』自身に選ばれてしまった特殊なプレイヤー。僅かなミスが命に関わる事だってあるのだ。
「大丈夫ですよ。それに、このアイテムは使った人にしか効果がないのでしょう?」
 そう、海原が今回試そうとしているのは先日入手したレアアイテム『理想郷の道しるべ』だった。
 何か1つが大量入手出来るけれど、1人で戦わなければならないというリスクもあった。
「これを、雫さんに持っていて欲しいんです」
 海原が呟きながら、解呪アイテムを瀬名のキャラクターに渡す。
「え、まさか‥‥」
「はい、滅多にいけるフィールドではありませんし、出来る限りの事をして挑みたいと思います」
 海原は『獣の証』を装備して『理想郷』に挑むという。獣の証はステータスこそ上昇するけれど、アイテムが使用できなくなるデメリットもある。
「スキルも最初からフル活用したいと思います」
 海原のキャラクター『みなも』が覚えているスキル、それは防御力を上昇させる獣毛、機動性を強化する四足獣、攻撃力を強化する獣の牙と獣の爪、追撃スキルの獣の尻尾、自動防御の獣の勘、奇襲防止の獣の耳、ドロップ率上昇の獣の鼻、獣属性のモンスターと会話できる獣の言葉、体力を回復する獣の舌、魔法防御力を強化する魔獣の衣、そして攻撃スキルに気孔破・獣がある。
 これらを駆使すれば、いくら1人とは言えそれなりの戦いをする事が出来るだろうと海原は考えていた。
「みなもちゃんがそこまで言うなら、もう止めないけど‥‥理想郷はいつでも街にリターンする事も出来るから、無理なモンスターが現れたらすぐにリターンした方がいいよ」
 瀬名の言葉に「分かりました、心配ありがとうございます」と言葉を残して『理想郷の道しるべ』を使用して『理想郷』へと向かったのだった。

「雫さんから、フィールドの形態はいくつもあると聞いてましたけど‥‥雪原、ですか」
 海原、いや‥‥みなもが飛ばされたフィールド、そこは見渡す限りの白い雪、雪原だった。
「何かこれからの為に使える良い物を手に入れられるといいんですけど‥‥」
 呟きながらみなもは背後に現れたモンスターへと攻撃を繰り出した。
(身体が、軽い‥‥)
 スキルで上昇させているせいもあるだろうが、以前とは比べ物にならないほどに身体が軽く感じて、目の前のモンスターもそれなりに強い筈なのに、みなもにとって戦闘が苦ではなくなっていた。
(雫さんと一緒にクエストに行ってレベルが上がったおかげでもあるんでしょうけど‥‥それだけじゃない)
 鋭く伸びた爪でモンスターを裂き、モンスターが消えると同時に落とした物を拾う。
(これは、道具‥‥でしょうか。アクセサリーや武器防具だけではなく、道具のフィールドもあるんですね)
 入手したアイテムは『戦いの女神』という戦闘中に使えば攻撃力を上昇させるものだった。
(店売りでも見た事があるアイテムですし、珍しいアイテムではなさそうですね――‥‥という事は、モンスターを倒してアイテムを次々に手に入れなくては‥‥。
 海原は心の中で呟き、襲い掛かってくるモンスターを次々に倒していく。獣の鼻を常時発動させているせいか、モンスターが一度に2つもアイテムを落とす事があり、みなものアイテム欄は次々に埋まっていく。
 だが、彼女は気がついているだろうか。獣の証を装備し、スキルをフル発動させて戦うその姿はもう素人と呼ぶには遠すぎるものだという事に。
 そして、画面の中で戦う『みなも』の姿ももう人から遠い存在になりつつあった。外見が猫である筈なのに、ログイン・キーに侵食されているせいもあってか可愛らしい姿からかけ離れてしまい、表情は獲物を狩る捕食者のようだった。
 やがて、制限時間が来てしまい、みなもは強制的に街へと戻されてしまう。
「‥‥みなもちゃん」
 街へ戻り、セーブをした後、ログアウトして瀬名を見ながら「結構たくさんのアイテムが手に入りました」と笑顔で言葉を投げかけたのだが‥‥。
「‥‥雫さん?」
 何故か瀬名は解呪アイテムを使った後、悲しそうな表情をして海原を見ていた。
「あの、どうかしましたか?」
「変な事、聞いちゃうけど‥‥大丈夫?」
 瀬名の質問に「え?」と海原はきょとんとした表情で言葉を返す。キャラクターである『みなも』もほとんど怪我をする事なくクエストを終え、アイテムも大量入手。何故心配されるのかが分からなかったからだ。
「あの、大丈夫って‥‥どういう意味ですか? あたし、別に‥‥」
「みなもちゃんは、本当にみなもちゃんだよね?」
「えっと‥‥さっきからちょっと意味が分からないんですけど‥‥」
「‥‥理想郷で戦ってるみなもちゃん、凄く怖かったよ」
「――――え」
「まるで、誰か別の人になっちゃったみたいだった」
 瀬名の言葉に海原は返す言葉が見つからず、言葉を詰まらせていた。
(確かにさっきは身体も軽かったし、何かから解放されたような感覚で戦闘をする事が出来た‥‥もしかして、あたし‥‥気づかないうちに内面の侵食まで?)
 最近は身体の侵食がなかったから少し安心していたけれど、もしかしたら内面も侵食されているのかもしれない。
 そう思うと海原はぞっとする思いがした。
「みなもちゃん‥‥?」
「大丈夫です、大丈夫‥‥あたしは、ちゃんとまだあたしのままですから」
 海原は無理矢理笑顔を作って瀬名に言葉を返し、安心させたのだった。



―― 登場人物 ――

1252/海原・みなも/13歳/女性/女学生

NPCA003/瀬名・雫/14歳/女性/女子中学生兼ホームページ管理人

――――――――――
海原・みなも様>

こんにちは、いつもご発注いただきありがとうございます。
今回は『理想郷』の話でしたが、内容の方は
いかがだったでしょうか?
気にいっていただける内容に仕上がっていれば嬉しいです。

それでは、今回も書かせて頂きありがとうございました。

2011/7/14