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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


愛の為に
 ここはニューヨークの名門アローペクス家――。
 ――なのだが。
 藤田・あやこはとある女性にジト目で見られていた。
 ていうか、ジト目で見られているのはあやこだけではなかった。
 リサ・アローペクスと、その父も、その女性に大層ジト目で見られていた。すげー見られていた。
 ついでにジト目の視線を送っているのは、リサの母その人である。
 何があったのかというと……。
 草間興信所にその依頼が持ち込まれたのは暫く前の話となる。
 リサの弟(因みに美少年)を護衛してほしい、という内容だったのだが、実際はリサの護衛だったのだ。
 美少年ホイホイに引っかかったあやこはこの依頼を受理。ニューヨークへ飛んできた。
 だが、実際は……。
「ああ、弟名義にしたのは悪い虫がつかないようにだったのに、どういう事なの!?」
 リサの母親は目眩に倒れそうな勢いだ。
 よりによって、護衛依頼を受けた人物。それも女性と恋仲になってしまうとは。母親としては「悪い虫ってレベルじゃないぞ」的状況なのだろう。
 しかし。だがしかし。
 実際の所はあやこもかなりお断りしたい気持ち満開だった。正直勘弁してくださいと何度言ったことか。
 しかしながら、頭首とリサはそんなあやこの気持ちなど華麗にスルーして元気に挙式の為に準備をしているという。
 ――どうしてこうなった。
 単にあやこは「依頼報酬として狐が欲しい」と言っただけなのだ。そして、リサはちょっと狐顔だっただけだ。
 狐と狐顔は似ているようだが、ちょっとどころではなく違う。とてつもなく違う。
 狐は欲しいが、狐顔の美女はあやことしては貰っても困るだけである。
 更に、ネットではリサとあやこの結婚話はどんどん拡散中。
 ……というのも、リサがブログにその話題を載せた為である。
 普通のブログなら、それほど問題にはならなかったハズだ。寧ろ、炎上したかも知れない。ただ一つ違ったのは、リサがアルファブロガーだった事だ。
「支持者多数なのよ」
 と、リサは色っぽい流し目であやこにそう告げた。
「アルファブロガーの私、そのお相手は富豪で日本屈指のファッションリーダー! すごくセンセーショナルでしょう?」
 いやいや話題性だけで結婚てどうなの!? と言いたいのを堪えつつあやこは悶絶。
 困った。
 非常に困った。
 まったくもう、というくらい困った。
 こんな時は……
「あなた、助けて……!」
 亡き夫の遺影に縋るしか無いのである。

 一方、なんとしてでも挙式を止めようとするリサの母親は。
「……全く、なんであの興信所とやらはこんな輩を寄越したのかしら……」
 彼女は怒りに打ち震えている。
 愛娘をどこの者とも知れない女性に取られた日には、そりゃあ怒りに打ち震えもするだろう。
 だが、彼女はふと閃いた。
「……叩けば埃の一つも出るかも知れないわ。なら、依頼人と恋仲になった人選ミスを理由に、身辺調査を依頼すれば良いわね」
 つまり、それを理由に旦那と、リサの2人に説得をしよう、というわけだ。
 そして彼女は受話器を取った。

 それぞれの思惑が絡む中、もう一つの動きがあった。
 それは、あやこが呼ばれる原因となった、リサをストーキングしていた妖怪達である。
 ハドソン川の川底に巣くっているソイツら。
「テメエら……女を必ず連れてこい」
 リーダー格らしき妖怪がそう指示を出すと、彼の部下達は剣を振り上げ、そして歓声を上げる。
「いくら手練れの弓使いといえど、接近戦にもちこめばこっちのもんだ」
 やれ、というリーダー格の声に、妖怪達は沸き立った。

 そして深夜。
 リサの寝室傍で寝ていたあやこはふと目を醒ました。
 何物かの気配に気づいた彼女は、愛用の弓をとる。視線は窓の先にある夜闇に向けられていたが……直後、窓硝子にぺたぺたと手形がつきはじめる。
 あまりの数にあやこは息を呑んだ。
 そして、パリンとカン高い音を立て窓硝子が割られ、川の妖怪達がぞろりと侵入してくる。
 どれもこれも、剣を手にし、接近戦の構えである事は見るからに分かる。相手が弓使いだと知った上での行動だとあやこは即座に理解した。
 狭所、そして接近戦。これではあやこには勝機などありえない……はずだった。
「大人しく女を差しだしなぁ!」
 妖怪が吼え、剣を振り下ろす。それをあやこは紙一重でさけ、そして弓を振りかぶった。
 ヒュンと風を切る音とともに弓幹が撓り、敵の首のあたりを打ちつける。
「なんだと! 弓を棍の如く使うだと……!?」
 動揺する敵達の中にあやこは切り込み、急所を狙い打ち据えていく。弓では流石に棍程の威力は無い為、極力弱点を狙う形となったのだ。
「怯むな! 一斉に掛かれば所詮は女。それに接近戦用の武器じゃねぇ! 直ぐにやれるだろうさ!」
 1人の声に、他の妖怪達も気を取り直したのか、集団であやこへと群がる。だがあやこは動かない。後方の、リサが眠る部屋の扉を守る為にも。
 彼女はただ弓を引き、そして怒濤の勢いで矢を撃ち出す。ただひたすら、連続で。だがその方向はあきらかに敵のいる方向ではない。
「バカが! どこ狙ってやがる」
 妖怪達は嘲笑と共にあやこに刃を振り下ろそうとした。
 ……だが。
「……ぐ、ばぁ……ッ!?」
「な、なんだコレは……ッ!」
 妖怪達が苦悶に呻く。その胸を、背中側から矢が貫いていた。
「あやこ超奥義、超曲射」
 あやこがぽつりと呟いた直後、妖怪達がその場へと倒れ伏す。彼女はあらぬ方向に矢を撃ち出したように見せかけ油断を誘い、その実、重力や空気抵抗による矢の動きを計算し、
きちんと敵を倒せるよう放っていたのだ。
 全てを倒し終わった直後、騒ぎに目を醒ましたらしきリサが部屋から姿を現わした。
「あやこ……お前……変わってないな」
 リサがぽつりと呟く。
「え……? 変ってないな、って、あなたとは今回会ったのがはじめて……よね?」
 突如の謎の言動にあやこは不審そうな視線を送る。
 とりあえず自分の記憶を探ってみるも……何度思い返しても過去にリサと会った記憶は無い。寧ろ、これだけ狐顔なのだ。会ったなら忘れるわけがない。
 だが、リサはというとため息をつき、その長い金の髪をがしがしとかいてそう告げた。
「忘れたか。おまえの夫だった俺の事を」
 その瞬間、あやこはぽかんと口を開けていた。しかもそのままフリーズ。
 そりゃあそうだろう。何せあやこの夫は亡くなっている。その上いきなり「おまえの夫だった」とか言われた日には「……壊れた?」としか思えまい。
 だが、リサはあやこへと囁く。その内容は、彼女と亡き夫、その2人しか知りえない秘密の思い出。
 何故、とあやこが疑問を抱いた瞬間、どかんと扉が開けられた。
 入ってきたのは、リサの父、母、そして東京から必死でやってきたらしい草間だ。
「え? ちょっと、草間さん、なんでここに?」
 フリーズがとけたあやこが慌てて問いかけると草間は困ったように大きなため息をつき苦々しげに言った。
「……おまえがやらかしたことの尻ぬぐい、だ」
 そして草間はリサへと向き直る。
「話は聞かせてもらったが……リサさん、角膜移植されてますよね? ドナーは確かあやこの前夫」
「ええ、そうです」
 リサが即座に頷く。一方あやこは。
「うそー! それにしたって、なんでリサが私と夫の思い出を知ってるのよ!?」
 頬を赤らめ混乱のあまり先ほどの戦い振りからは想像出来ないじたばた状態。ぶっちゃけ自分を無理矢理結婚させる為の罠なんじゃなかろうかと疑う余裕すらもない程だ。
 草間は更にため息を吐きつつ、何枚かの書類をぱらりとあやこにむけて突きつけた。
「記憶転写だ。臨床例は稀だがドナーの記憶が乗り移る」
 彼が手にしていたものは、記憶転写に関する書類、そして、リサの角膜移植に関する資料。草間はリサの母親に頼まれた身辺調査の他、記憶転写についてまで調べてきていたのだ。
「……もう離さない」
 あやこの身体を、リサがぎゅっと抱きしめた。亡き夫は姿こそ変っていたが、リサの中で生きている。
 そして、リサは夫の記憶を持ち、彼女を大切に思ってくれている。
「……私も、私もよ……」
 リサを力強く抱き返しながらも、あやこの視界がぼやける。
 あやこは永遠の命を持つが故、人間の夫は必ず先立ってしまう。
 それは、ただ1人で生きているだけならば、決して味わうことはない寂しさだ。
 だが、相手を愛し、そして愛される事を知ったあとでは、1人残された後の孤独は耐え難い。
 だが、リサは――夫はこう言った。
 どれほど転生しようとも、あやこの事は忘れない。そして、ずっとあやこと共にいる、と。
 あやこの目から溢れた雫は、頬を伝い、そのまま床へと落ちる。
 次第にその勢いは増し、ついにはぽとぽとと水滴は床に紋様を作っていく。
 これからは決して1人ではない。そして、どれほど転生しようとも自分についてきてくれると誓ったリサの愛に、あやこの涙はひたすらに止まらなかった。

 ――と、終わったのなら、良い話だったのだが……。
「あのなぁ! 報酬に狐ってどういう事だ!」
 東京、草間興信所。
 所長の草間は大層不機嫌だった。
「だ、だって欲しかったのよ」
 あやこがおそるおそるそう言うと、とんでもない勢いの怒声が響き渡った。
「欲しかった、じゃない! 狐欲しいとか誰が言うか! ていうか結局興信所への報酬振り込みはナシなんだぞ!」
 草間のこめかみは珍しく青筋が浮き出ている状況。
「全く、おまえは狐欲しいとか言い出すは、あろうことか依頼人にまで手を出すは……」
「手を出したのは私じゃないわ」
「知るか!!」
 あやこがとっさに口を挟んだ所、即座にそう切り捨てられた。
「おまえのせいでオレまでただ働きで引っ張り出されるは……」
 草間は拳を握りしめながら、必死で怒りを押し殺そうとしていたが、あやこが次に告げた言葉で再びぶち切れた。
「で、私の報酬は?」
「出るわけがあるか!!」
「せめて経費くらい……」
「寧ろこっちが貰いたいわ! だいたいお前は人としてどうなんだ? 依頼人に……」
 エンドレスお説教にあやこは涙目状態。
 どうやら正座して大人しくしている以外に草間の怒りを回避する方法は無さそうだ。合掌。