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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜乱れ舞い散る黄金花火〜


「ねぇ、ちょっとそこの……そうそう、あなたたちよ!」
 藤田あやこ(ふじた・あやこ)は、目の前を横切ったカップルに向かって、大きく両手を振った。
「いいツアーがあるのよ。それはもう素晴らしいツアーなの! 話、聞いてくれるわよね?」
 これから旅行に出発しようという人間に対して、別のツアーを薦めるなんて、少しおかしいんじゃないかと言いたげなふたりに、あやこはきらきらした目で陶酔気味にまくしたてた。
「場所は南米、ウユニ塩湖よ。知ってるかしら? 『天空の鏡』なんて呼ばれる素敵な塩の湖なの。まあ、正確には塩原なんだけど、そんなことはどうでもいいわ。透明度がとても高くて、天地の境目が見えなくなるくらいなのよ! どう、素晴らしいでしょ? 素晴らしいわよね?」
 話しかけられていた二人組は、うさんくさそうな目であやこを見やり、「行こ!」と女性が男性を引っぱって、出国ロビーの奥へと消えて行く。
 その周囲で話を小耳にはさんでいた人々も、最初は怪しい人を見るような目であやこを見ていたが、そのうちの誰かが「おい、あれ、藤田あやこじゃないか?」「あの実業家の?」とぼそぼそと噂を始めたとたん、何かのにおいをかぎ取った人たちがわんさかと彼女の周りに集まり始めた。
 あやこは最初に彼女の近くに寄って来た人間をつかまえてウユニ塩湖のツアープランを滔々と話している。
「このツアーはね、幸せを運ぶツアーなの。昼間は青一色の大地よ! 空と雲が足の下にもあるみたいにね! 夜は夜で、まるで星の世界にいるみたいに、地面にも空にも、幾千もの星があるのよ! もちろん、流れ星だって現れるわ! それもいくつもね! ふたりだけのこれからの未来を幸福の輝きでいっぱいにできるくらい、願い事だってし放題!」
 熱の入りまくったあやこの声は、出国ロビーの一角をピンク色に染め上げている。
 いや、ピンク色だけでなく、金粉まで飛んで、派手にきらめいてすらいた。
 周りを取り囲む人々は、冷静に聞けば少々怪しい話ではあるのに、あやこの肩書きに目がくらんで、「いつ予約開始なんだ?」「ツアー料金は?!」などと鼻息を荒くして詰め寄り始める。
 無論、これはあやこの計算通り。
 バラの花びらでもばら撒くような、素敵最高素晴らしい、とくり返される言葉の吹雪の中、あやこは必死に形相の男性たち、うっとり顔の女性たちを相手にツアーの申込書を配り始めるのだった。
 
 

「これでこっちも準備完了ね」
 雲取山に、ハレホロ・ヒレー彗星を見るために、続々と人が集まって来る。
 彗星は明日の夜半から東の空に見え始めるのだ。
 その一角で、ツアー代行会社が集めた申込書控えの山を見ながら、あやこは満足そうにうなずいた。
 先月空港でウユニ塩湖へのツアーの募集をしていた一方で、「次の恋へFIGHT & RUN!」という何ともわかりやすいツアーも企画し、募集を開始していたのである。
 こちらは現在、世界各地で猛威を振るう龍族を一掃すべく、とある衛星が急ピッチで組み立てられている種子島へのツアーであった。
 このツアーは、「衛星に向かって別れた男の罵声を浴びせ、名前を刻めば次の恋が必ず実る」というコンセプトである。
 応募してきたのは主に女性、しかも失恋や離婚を乗り越えようとしている心強き女性たちだ。
 あやこの計画に必要な人々は、これで十分集まったということになる。
「あとは明日のお楽しみよ!」


 翌日。
 ウユニ塩湖にはたくさんの結婚間近のカップルが、種子島には過去を清算したい女性たちが、それぞれたくさん集まっている。
 衛星の打ち上げはもうすぐだ。
 無論、あやこの動きを龍族が感知しないわけがない。
 あたふたと部下が龍族のボスに「藤田が何かやってます!」と報告をした。
「何故それを早く言わんのだ!」
「し、しかし、今のところは人を集めているだけで…」
「そんなことはどうでもいい! 世界中の仲間を集め、ヤツを襲撃しろ!」
 何を計画していたとしても、あやこの考えることだ、自分たちにとっていろいろな意味で脅威だ。
 急遽、対策を立てながら右往左往する龍族を尻目に、あやこは護衛を頼んだ鬼鮫たちに、ふふ、とほくそ笑んだ。
「あの彗星には、ジシュキウムとレアニウムがあるの」
「ジシュキウムにレアニウム…地上に無い物質だな?」
「彗星に向けて負の念を一杯帯びた衛星を上げてね…願望を浴びせると奇跡的な化学反応が起きるのよ」
 だから、とあやこは続けた。
「衛星の打ち上げまで、種子島の女子をお願いネ」
「おうよ」
 暴れられるのなら、とりあえず何でもいい鬼鮫にとっては、願ってもない依頼だ。
 彗星が薄暗くなった茜色の空にゆっくりと姿を現す。
 あやこはウユニ塩湖に、鬼鮫は種子島に到着し、それぞれが守るべき人々のそばに降り立った。
 彗星が夜空にくっきりと浮かび上がる頃、龍族の攻撃が始まった。
 鬼鮫は嬉々として龍たちを斬り捨てる。
 一方で、あやこは得意の弓でカップルを護衛するが、あまりの数の多さに少しずつ後退を余儀なくされる。
 女性たちは悲鳴を上げ、縮こまってしまっているが、衛星は既に打ちあがった後だ。
 だが、もう少しだ。
 もう少しで、アレが始まる。
「諦めちゃ駄目」
 自分に言い聞かせ、あやこは矢を空に無数に射続けた。
 その時。
 彗星から黄金の光が地上に向かって降り注いだ。
 あやこの目が、金色に輝いた。
「これよこれ、これなのよ!」
 地上からは黄金の光の矢がどんどんと放たれ、龍を次から次へと撃ち落として行った。
 大玉のしだれ柳、真夏の花火のように、人々のオーラに射抜かれた龍たちが地上に火の玉のように落下していく。
「他の誰にも出来ない方法で、あたしったら、世界、救っちゃったわ」
 天に咲く黄金の乱れ火花を恍惚と見上げながら、あやこはご満悦の表情でそうつぶやいたのだった。

〜END〜