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へい！ らっしゃい！！
１．
「頼むよ、草間さん！ そこを何とか！！」
ハゲ頭のオヤジが草間興信所所長・草間武彦に頭を下げている。
それを見守る零は困った顔で武彦を見た。
うだるような暑さの所内。
だらだらと汗が流れる所内には『節約』の二文字があちこちに貼ってある。
ここまでハゲのオヤジに頭を下げさせる用件とは一体なんなのか？
「頼むよ、町内の祭りの屋台を引き受けてくれないか！？」
「…いや、俺ね、ハードボイルドが売りの探偵でね…」
「でも、町内会長さんにはお世話になってますし…」
零がそう口を挟む。
どうやらハゲのオヤジは町内会長を務めている人物のようだ。
「売り上げの６０％はそっちの取り分で良いからさ。人助けと思って！」
ここのところの興信所の家計を考えればこれは天の啓示にも似たお誘いであった。
「…ってことなんだけどさ、手伝ってくれるか？」
居合わせた銀霞に、草間は苦笑いでそういった…。
２.
「へい！ らっしゃいっらっしゃい！ お面いかがですかぁ！？」
はっぴ姿の草間はお面を斜めに被り、威勢良くそう声を上げた。
河川敷の大きな公園の片隅に繰り広げられたお面屋。
それが今日の草間の仕事場だった。
「…ハードボイルドが泣いてるな」
シュヴァル・ヴァルツェがそう言って、お面屋の傍らに珀夜銀霞（はくや・ぎんか）が用意したパイプイスに優雅に腰をかけた。
「…お前こそこの場に似合ってない服装だぞ。シュヴァル」
シュヴァルの服装はといえば、マントですっぽりと覆われてはいるものの、白の正装。
いつも通りのかっこよさ！
…とはいえ、夏の祭りの格好とはお世辞にもいえなかった。
「俺はただお前の要請に応えてここに来ただけだ。服装をとやかく言われる必要はない」
ピクンと青筋を立てた草間に、銀霞は二人のやり取りに割り込んだ。
「やだなぁ、草間ったら。似合ってますよぉ！ ヴァルはいつでもカッコイイ♪」
止めるつもりで入ってはみたが、銀霞に喧嘩を止めることは出来ないようだ。
…かく言う銀霞も、ネコ耳に巫女姿とこれまた場にそぐわぬ格好なのだが…。
「落ち着いてください二人とも。お客さんが怖がりますから…」
綺麗な青紫に朝顔の刺繍が施された浴衣を着た零が二人を止めに入った。
こちらは夏の可憐な少女といった姿だ。
「お面くださーい！」
早速客のようだ。
草間は先ほどまでの硬い表情を柔和にし振り向くと、営業スマイルになった。
「はい、どれが良かったですかね〜？」
「…理解できんな」
その草間の代り身にシュヴァルが溜息をついた。
「お祭りには笑顔だよ、ほら。ヴェルも笑って笑って！」
銀霞はそういうと、おもむろにシュヴァルの顔に手を伸ばした。
触るチャンス！
「…触るな」
氷の眼差しに心底冷えるような声。
「あーん！」
銀霞はあえなくシュヴァルに腕を掴まれ、その行動を阻まれたのであった。
３．
お面はまず子供に売れていった。
なかでも一番人気は『怪傑仮面・シルバーマント』というヒーロー物だ。
なぜなら…
「シルバーマントだ！ シルバーマントがいる！！」
通りがかったこども達が何故かシュヴァルを見てはそう叫ぶのだ。
「ヴァル、『シルバーマント』に似てるんだね、ふふっ」
銀霞はヴァルに耳打ちをした。
子供にもわかるかっこよさ！
さすが私のヴァル！！
横目で見ると草間が何か言いたげに笑いをこらえている。
「…気に入らんな」
「えー。人気者なのにぃ？ うらやまし…むぎゅ」
「口をつぐめ。銀霞」
頬を思いっきりつねられて、銀霞は痛いが幸せだった。
さらに、なぜか少女達にシルバーマントが売れていった。
こちらもシュヴァルのおかげなのだが…
「おにーさん、コスプレですかぁ！？ すごーい！ かっこいい！！」
どうやらシュヴァルの姿が何かのコスプレだと思われたようだ。
そこをすかさず草間がシルバーマントを紹介し、その後お買い上げとなるのだった。
ちゃっかり記念写真つきで。
「えー。私もヴァルとツーショット写真撮りたいなぁ？ ダメェ？？」
銀霞は焼きもちでそう言ってみたが、シュヴァルに効果はなかった。
…ちぇ。私だって写真撮りたいのにぃ…。
「草間…代償は高いぞ」
「祭りだ、祭り。お前も楽しめよ…っとと」
草間がなにやら気が付いたようだ。
「わりぃ、つり銭がなくなった。両替してくるから店番頼むな」
そういうと、草間はその場を離れた。
残されたのは零と銀霞、シュヴァルだった。
４．
「このお面可愛いねー」
「あ、はい。これは…」
零が対応したのは２人組のチャラい男だった。
銀霞はちょっとうっと思った。
対応したくないなぁ…なんて思ったのだ。
「お面も可愛いけどお姉さんも可愛いね〜。どう？ この後俺らとどっかいかない？」
「いえ、そういうのは…」
零が必死に対応している。
時々シュヴァルのほうを助けを求めるように見る。
「あ、そっちの巫女さんも可愛い〜。ねぇ店番１人でいいんでしょ？一緒に行こうぜ？」
「え！？ 私…え、その…やだなぁ…困る〜…」
銀霞はおどおどとどうしていいものかとシュヴァルをみた。
だが、動いてくれそうにない。
「ヴァル〜…」
思わず出た弱々しい銀霞の声と苦し紛れの笑顔は、ようやくシュヴァルの元に届いたようだ。
シュヴァルはスッと立つと、男二人の前に立ちふさがった。
「目障りだ」
「な、なんだよ。ちょっと顔がいいからって俺らがビビルとでも思ってんのか？」
「暑苦しいからとっととどっか消えろよ、金髪野郎」
ペッと唾を吐き捨てた男達。
ヴァルの顔色がすっと変わったのを銀霞は見逃さなかった。
サッと１人の男をマントで囲い込み、なにかを囁く。
銀霞からは見えないが、何か怖いことを言っているに違いなかった。
あぁ、どうか相手がこれ以上ヴァルを怒らせませんように！
「ひぃっ…！？」
「おい、どうし…」
１人が逃げるように、もう１人もそれを追ってどこかへと去って行った。
どうやら銀霞の願いは届いたようだ。
「ありがとうございました」
零が深々と頭を垂れた。
「やっぱり助けてくれた〜！ ヴァルやっぱり私のことを〜…むぎゅ」
抱きつこうとした銀霞にシュヴァルがまたも肩透かしを食らわせた。
だが、これもいつものことなので銀霞はへこたれない。
「おう、待たせたな。…なんかあったか？」
草間が何事もなかったかのように両替から戻ってきた。
５．
「いやー！ 草間さん助かりましたよ！ 草間さんたちもお祭り楽しんできてくださいよ。私が店番しますから」
ハゲ頭の町内会長がそういって店先にやってきた。
どうやら祭りの運営も順調な様子だ。
「じゃあお言葉に甘えて」
草間がそういってはっぴを脱いだ。
下にはごく普通のＴシャツが現れた。
「私、穴場見つけておいたの♪ そこにいこ！」
「うわぁ、銀霞さんいつの間に…」
零が嬉しそうに銀霞についていく。
「零は草間が浴衣買ってくれたの？ 可愛いね〜」
「はい。兄さんが買ってくれました。似合ってますか。ふふ」
ほんのりと恥らう零の姿に、自分ももしこんなだったら…と想像してみた。
…上手く想像できなかった。
やっぱりこれが私なんだもん。
突然、どーーん！という大きな音が響いた。
「ヴァル、草間ぁ。こっちこっち！！」
「綺麗ですよ〜」
道を抜けると、小高い崖の上から眼下に祭り会場を見渡せた。
この間猫で通りかかったときに見つけた場所だった。
「ささ、ヴァルもこっちきて」
トントンと地面をたたき、銀霞は手招きした。
草間は既に零の隣に陣取っている。
「不本意だがここに座ってやる」
「やったぁ！」
銀霞が薔薇の様に微笑んだ。
「うふふ、二人っきりだったらもっと良かったのになぁ〜」
本心から出た言葉だったが、返事はシュヴァルのマントのクリーンヒットだった。
そうして痛がる銀霞を横目にマントを折りたたみヴァルは座った。
空全体に広がる花火を見渡せる。
悪くない場所だった。
「今日はお疲れ様でした。銀霞さん、シュヴァルさん」
にっこりと笑った零がそう言った。
「たまにはこういう仕事も悪くないな」
「草間、似合ってたよ〜。転職しちゃったら？」
銀霞がニヤニヤと笑った。
「銀霞、言っていい事と悪い事があるぞ」
草間が苦虫を潰したような顔をした。
それぞれに、皆楽しそうだった。
６．
どーん どーん
「…綺麗…」
打ちあがる花火に口数が少なくなる。
日本の風物詩。
その美しさには言葉も無力だ。
恋人達の雰囲気としては決して悪くない。
だから…ちょっと位いいよね…。
「……」
こてんと隣のシュヴァルの肩に頭を乗せた。
恥ずかしいから目は瞑って寝た振りをして…
「…俺を騙せると思うなよ、銀霞」
すっと身を引いてゴーンと頭を打った銀霞。
「あーん！ ちょっとぐらい恋人気分に浸りたかったのにぃ！」
「少しぐらい甘やかしてやってもいいのにな」
草間がそう言ったが、聞こえない振りをした。
「それでは、私はこれで失礼する」
シュヴァルはそう言ってすっと立ち上がった。
「待ってよ〜！ ヴァル〜！！」
「あぁ、気をつけてな」
「おやすみなさい」
草間兄弟に見送られ、シュヴァルと銀霞は帰途に着いた。
「怒ったの？ やだ、ちょーっと恋人気分になりたかっただけなんだよぉ」
道中、銀霞はずーっとシュヴァルに話しかけていた。
その後姿だけは、どう見ても恋人同士のものだった…。
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■□ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） □■
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
8058 ／ ヴァルツェ・シュヴァル ／ 男 ／ 28歳 ／ 表：貴族、裏：一族の主
8482 ／ 珀夜・銀霞 ／ 女 ／ 418歳 ／ 妖猫／猫神
■□ ライター通信 □■
珀夜・銀霞 様
初めまして、三咲都李です。この度は『へい！ らっしゃい！！』へのご参加ありがとうございました。
初ノベル…ドキドキです。元気でめげないギャルっぽい女性にしてみましたが、イメージ崩れてませんでしょうか？
ヴァルさんとの関係もまた微妙なくらい微妙にしてあります。
いつか振り向いてもらえる日が来るといいですね。
それでは、またお会いできるのを楽しみにしております。
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