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へい! らっしゃい!!
1.
「頼むよ、草間さん! そこを何とか!!」
ハゲ頭のオヤジが草間興信所所長・草間武彦に頭を下げている。
それを見守る零は困った顔で武彦を見た。
うだるような暑さの所内。
だらだらと汗が流れる所内には『節約』の二文字があちこちに貼ってある。
ここまでハゲのオヤジに頭を下げさせる用件とは一体なんなのか?
「頼むよ、町内の祭りの屋台を引き受けてくれないか!?」
「…いや、俺ね、ハードボイルドが売りの探偵でね…」
「でも、町内会長さんにはお世話になってますし…」
零がそう口を挟む。
どうやらハゲのオヤジは町内会長を務めている人物のようだ。
「売り上げの60%はそっちの取り分で良いからさ。人助けと思って!」
ここのところの興信所の家計を考えればこれは天の啓示にも似たお誘いであった。
「…ってことなんだけどさ、手伝ってくれるか?」
居合わせた冥月に、草間は苦笑いでそういった…。
2.
その夕方現れた黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はしとやかな浴衣姿であった。
急ごしらえで買ってきたものだが、黒地に舞い散る薄いピンク色の美しい桜の花が描れた浴衣。
そして銀の桜のかんざしで結われた黒髪はいつもと違って新鮮な美しさだった。
…隠しきれない胸のボリュームはどうにもならなかったが。
「兄さん、冥月さんいらっしゃいました」
お面を用意していた零がいち早く冥月に気が付いた。
零も浴衣を着ており、こちらも今日依頼がきてから早々に買ったものだった。
白地に鮮やかな朝顔の花が描かれた浴衣は零にとてもよく似合っていた。
「こんな公園があったんだな」
会場を見渡して冥月は驚いていた。
大きな公園をメイン会場に商店街まで屋台が埋め尽くす。
夕闇が落ちようとしている東京の街全体を明るくしているかのようだった。
「おう。わざわざ悪いな」
裏に回って何かをやっていたらしい草間がひょいっと顔を出した。
「し、仕方ないだろう。依頼は依頼だ」
そそっと襟を直しつつ、冥月は視線を逸らせた。
草間の目に自分はどう映っているのか、不安だった。
「まぁ、そう言うな。ほれ、これでもかぶって祭り気分味わえよ」
そういって草間は冥月にウサギのお面をかぶせた。
「…」
無碍に外すのは申し訳ないような気がしたが、正直恥ずかしいなと思った。
冥月はお面をずらして頭に斜めにかぶった。
「似合ってる似合ってる」
満足げに草間が笑った。
「兄さん。準備終わりましたよ」
零がそう呼んだので、草間は零へと近寄っていった。
そっけない態度が少し不満な冥月だった…。
3.
浴衣姿で座るのは難しいんだな…。
祭りが始まると、冥月はちょこんとお面屋の隣に置かれた椅子へ座った。
いつもの様に足を組んで座れない。
これはちょっと予想外だった。
「らっしゃい、らっしゃい! お面いかがっすか〜」
声高に草間がお客を招きいれる。
それを零が接客し、冥月が金銭の管理をする。
綺麗な流れが出来ていた。
「冥月さん、お願いします」
「…はい。お釣り300円」
人いきれのせいか、汗をしっとりかいている。
喉がカラカラだ。
ふぅっと冥月はため息をついて、屋台裏においてあったお茶を一口飲んだ。
「暑いな。さすがに」
と、草間が戻ってきて「いいもん飲んでるな」と、お茶を奪い取った。
あっという間にお茶は草間の体へと吸収されていった。
「美味かった。サンキュ」
そういうが早いか、草間はまた呼び込みへと戻っていった。
「…バカ」
そう呟くと冥月は、少し頬を赤くした。
「…なんだか向こうが騒がしいな」
がやがやと人ごみに騒ぎ声が混じって聞こえる。
それは段々と近づいてきているように感じられた。
どこかで聞いた事のあるような声が混じって聞こえた気がした。
そして、それは事実そうであった。
「や、やめてください」
町内会長が汗をかきながら必死で説得する声。
しかし、相手はなかなか聞き入れないようだった。
「俺たちに黙ってここに屋台出すとはいい度胸じゃねぇか! えぇ。町内会長さんよ!」
相手もどこかで聞いた事のあるような声だ。
「…嫌な相手が来たな」
ぼそりと草間が呟いた。
それはいつぞや草間興信所を襲ったヤクザだった。
4.
「お前ら、性懲りもなくまだこんなことをやるのか」
草間が町内会長を背に立ちはだかる。
呆れ果てて物も言えない、といった様相の草間。
それは、相手を怒らせるには充分の挑発だった。
「お、お前は草間! この間はよくも…!!」
見たことのある顔だ…。
冥月はボンヤリと顔を思い出そうとしたが、目の前にいる男と一致しているのか思い出せなかった。
「この間の恨み、思い知らせてやる!」
懐から何かを取り出そうとする男達。
冥月はそれを見逃さなかった。
体が勝手に動いた。
すばやく草間の前に出ると、冥月は一言こう言った。
「この間は…世話になったな」
鋭い眼光が男達の心臓を射抜いた。
冷たく心底震え上がるような、殺気混じりの視線。
まさか冥月がいるなんて予想もしていなかったのだろう。
足ががくがくと震えているのが、傍目にも見てとれた。
「あ、あんた…ひ、ひぃいい!!」
真っ青な顔をして男は踵を返した。
そのまま振り返ることもなく男は逃げていった。
「…草間さん、あんたんとこの探偵さんは凄いんだねぇ」
「いや、彼女は…」
草間が何かを言いかけたが、町内会長の声がそれを掻き消した。
「皆さん、お騒がせいたしました。引き続きお祭りをお楽しみください!」
「冥月さん、大丈夫ですか?」
零が駆け寄って冥月を気遣った。
「大丈夫。ありがとう」
冥月がにこりと笑うと、零もにこりと笑い「よかった」と安心したようだった。
「兄さんも大丈夫ですか?」
「あぁ。…穏便に済んで何よりだ」
草間は「ありがとう」と冥月に向き直った。
「私は何もしていないさ…それより」
冥月は次の言葉を言いかけたが、それよりも早く花火が打ちあがり始めた。
どーんという大きな花火の音に、冥月の言葉は空に消えていった。
5.
「兄さん達、お祭りを見てきてください。屋台は私一人でも大丈夫ですから」
突然、零がにこにこと笑っていった。
「…いいのか?」
「おい、草間!?」
零一人に任せるのは心配だった。
「はい、大丈夫です」
しっかりと答えた零に、草間は「じゃあ、いくか」と歩き出した。
「零、すぐ戻るから」
草間の後を追って、冥月は小走りに走った。
「花火が綺麗だな」
どーん、どーんと打ちあがる花火に草間はそう言った。
「…そうね。でも、零が気になるわ」
人ごみの中を歩く二人はすぐに人に流されはぐれそうになった。
「こりゃ、はぐれるな」
草間はそういうと冥月の手をしっかりと握った。
「!? ちょ…」
慌てて振りほどこうとしたが、草間の力強く握られたては振りほどけない。
おまけに人ごみが凄くて手を振り解くことができない。
「…っ」
手のぬくもりが、素肌から伝わってくる。
胸が締め付けられる。
…いや、実際に人ごみによって押しつぶされそうだった。
「た、武彦。一度手を離して」
「…あ? 聞こえないー」
苦しい。
こんな人ごみで手を繋ぐなんて自殺行為だ。
段々と腹が立ってくる。
本当に聞こえないのか、それともわざと離さないのか。
どちらにしろ…
「えぇい! 離せと言ってるだろうが!!」
ザワッと周りが一瞬にして引いた。
「な、なんだよ…??」
どうやら本気で聞こえなかったようだ。
振りほどいた勢いで草間は尻餅をついていた。
「手を離せと言ったんだ! なんで離さない!?」
浴衣を直しながら、冥月は抗議した。
「…そりゃお前、離したくないに決まってるからだろ」
さらりと草間が言ってのけた。
冥月の顔が赤くなっていく。
「いいねお兄ちゃんたち! もっとやれー!!」
ヒューヒューっと周りから野次が飛び始める。
冥月は我に返った。
「あ、あ…」
「なんてコトを公衆の面前でぇえぇぇ!!」
「ぐはぁ!!!!」
草間が綺麗にアッパーを決められて花火舞い散る夜に舞った。
「おぉ、なんて見事なアッパー…」
通りすがりの人まで思わず拍手を送った。
それでまた冥月は我に返り、そそくさと草間を連れてその場を立ち去った。
6.
「気が付いた…?」
少し人ごみを離れた芝生の上で膝枕をしながら、冥月はそう問いかけた。
草間は少しうつろな目で冥月を見上げた。
「…ここは…」
「武彦、気を失ってたのよ」
「…なんかお前に吹き飛ばされたような…」
「気のせいだ気のせい。武彦は夢を見たんだ」
草間は少し考えて「そういうことにしておこう」と呟いた。
花火はまだまだ終わる気配を見せない。
どーんどーんと強い音で夜空に火花を散らせていた。
花火に照らされた冥月に、草間は目を細めた。
「綺麗だな」
「そうね。花火、綺麗だわ」
「…」
草間は黙った。
「どうしたの??」
「…いや、もう少しこのままでいてもいいか?」
冥月は少し息を呑んで、それからこくりと頷いた。
草間はゆっくりと目を瞑った。
時間が、ゆっくりと流れますように…。
花火の明かりが、冥月の瞳に眩しかった。
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
■□ ライター通信 □■
黒冥月様
こんにちは、三咲都李です。この度は「へい! らっしゃい!!」へのご参加ありがとうございました。
シングルとの連作状態になってます。
出来る限り反映したつもりですが、お気に召せば幸いです。
冥月様のよい夏の思い出になると大変嬉しいです。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
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