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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆玄冬流転 〜架片〜◆


 不思議な縁で知り合った、八重咲悠とクロの同居生活が始まって暫く。双方ともに――特にクロが『日常生活』に慣れた頃。
 著しい成長が窺えるクロ作の料理を囲んだ夕食の席で、悠は何気ない風に切り出した。
「明日のことなのですが……」
「……? 何か、用事?」
「ええ。知り合いに会いに、少し遠出をしてきます」
「遠出……」
 どことなく不安そうに繰り返すクロに、悠は安心させるように微笑み、言葉を重ねる。
「恐らく夕方には戻ると思います。もしわからない事や、困ったことなどがあれば、気兼ねなく連絡してください」
 それでもまだ戸惑うような仕草を見せたクロだったが、何かを呑み込むように唇を引き結ぶと、こくりと頷いた。
「わかった。…夕ご飯までには、戻ってくる?」
「はい。そのつもりです」
「……じゃあ、用意して、待ってる」
「では、楽しみにしていますね」
 そんな会話を経て――二人が共に暮らすようになって初めてに等しい、長い距離を離れて過ごす一日が、やって来た。

◆ ◆ ◆

(……どうしよう)
 朝の早い時間に家を出るという悠に合わせていつもより少し早い朝食の支度をし、共に食卓を囲んで、常と変わらぬ笑みを浮かべる悠を見送ったのがつい先刻の事。
 静けさに包まれた家の中で、クロはどうにも落ち着かない気持ちを持て余していた。
 いつもであれば朝食後の団欒のような一時を過ごしている時間だが、此処にはもう悠は居ない。
 朝食の片付けは終わっているし、手持無沙汰に始めた掃除も、普段から綺麗にしてあることから既に終わりが見えてきている。大掃除よろしく隅々余すところなく掃除することも考えたが、家主である悠の許可なしにそこまで手を入れるのも憚られた。無論、そうまでしても大して時間が潰せそうにないという事もあったが。

 結局、一通り掃除を終えたクロは、己に与えられた部屋に戻り、読書に没頭する事にした。
 街へ出る、という選択肢も悠から提示されてはいたが、許可があるとはいえ、この家を無人にするのは余り気が進まず――更に言えば、外に出るという事自体に多少の気後れがあった。
 己が特殊、という一言で括れない一族で育ったという事は、流石にクロも自覚している。そしてそれが、己が考えていた以上であった事も、悠との関わり――一族を出、共に暮らすようになってからの日々で理解していた。
 悠により、多くの知識が与えられたものの、それがごく一部に過ぎない事も分かっている。故に、未だ己一人で外に出るという行為に、恐れに似たものを抱いてしまう。単純に『恐い』というのではなく――無知ゆえの行為によって、共に暮らす悠に何か不利益を被らせるような事態になりはしないかと、そんなふうに考えてしまう。
 かといって、いつまでも悠に頼っているわけにもいかないため、せめて出来ることから、と家の中の事をさせてもらったり、読書によって知識を得ようとしているのだった。
 悠から借りた本――「一般常識を学びたい」と告げたクロに、悠が手持ちの本から選んでくれた物――を黙々と読み進める。一族所有の書物とは大分形態が違うため、未だ戸惑う部分もあり、遅々とした速度ではあるが――読み進める速さより、どれだけ内容を理解し己のものに出来るかが、現在のクロとしては重要である。
(少しでも、悠さんに、迷惑かけなくて済むように……)
 やさしい、優しい人に、少しでも何かを返せるように。せめて、共にいる事を負担に思われないように。
(悠さんは、多分…気にしないでって、負担になんてならないって、言うだろうけど……)
 だからと言って、己がそれに甘えるわけにはいかない。まだまだ先は長いだろうが、出来る限り努力はしなければ。
 …ふ、と目に入ってきた携帯を、殆ど無意識に手に取る。
(わからない事も、困った事も、ない…けど)
 己の中に燻る衝動――そしてその源である空虚感が何であるかを、クロはもう理解していた。理解出来るように、なった。
(わたしは、『寂しい』んだ。……たった、一日もないくらい、なのに。『玄冬』だった頃なんて、これ以上に離れてる方が、当たり前だったのに)
 単純に比較できるものではない。己が『変化』した事はよく分かっている。
 以前であれば、理由もなく連絡を取りたい、などと明確に思う事はなかっただろう。
 そっと、己の耳に下がるイヤリングに手を伸ばす。悠と揃いの――繋がっている、証。
 夜色のそれに触れれば、少しだけ感情は和らいだ。
(……本、読み終わったら。ご飯の用意、しよう)
 手にしていた携帯を置いて、再び本を手に取る。規則正しく並ぶ活字を、ゆっくりと、確実に追う作業を再開した。


 ぱたん、と本を閉じた頃には、既に日は傾き始めていた。
「あ……お昼ご飯…」
 気付いたものの、もう時刻は夕方に近い。クロ自身は空腹を余り感じない性質なため、一食くらい抜いても支障はないが――己以上に己の体調を気にかけてくれる悠を想い、少しだけ申し訳なく思った。
(せめて、夕飯はいつもより大目に食べよう……)
 果たしてそれで昼食を抜いた分が取り返せるかどうかは分からないが。
 立ち上がり、長時間同じ姿勢でいたために固まった体を、少しほぐす。――随分と『ヒト』らしい行動をするようになった、と不思議な気持ちを抱く。
 己は間違いなく『ヒト』ではなく、けれど外見もつくりも基本的にはヒトと同じで――どこまで行っても『ヒト』には決してなれないのだろうけれど、近付くことなら出来るのだろう。
 それは多分、悠と暮らすようになった己にとっては、良い事なのだろう。もう『玄冬』ではない、永久になれない、己にとっては。
(時間あるし…献立、一品増やそうかな。何にしよう……)
 冷蔵庫の中身を思い出しながら、クロはいつもより早めの夕飯の支度に向かったのだった。

◆ ◆ ◆

「――成程。何事もなく過ごされたようで、安心しました」
 外出から戻った悠は、自分が不在の間のクロの一日の様子を聞き、笑みと共に頷いた。
 「時間があったから」とクロが説明したように、囲む食卓に並ぶ料理は、いつもよりも少しだけ手が込んでおり、品数も多い。向上心の表れか、上達の早いクロのレパートリーは、日々着実に増えているようだった。
 悠に呼応するように頷いたクロは、僅かに首を傾げて、窺うように悠を見上げた。
「…あの、今日、何の用事だったのか……聞いても、いい…?」
 おずおずとした様子のクロに、悠は穏やかな笑みを返す。
「ええ。――実は、これを受け取りに」
「……?」
 食事時のマナーに厳しい――と言うほどではないが、その辺りはきちんとしている悠にしては珍しい所作に目を瞬かせたクロは、差し出された書類に目を落とす。そして、そこに書かれている内容を理解した瞬間――驚きと動揺に声を震わせた。
「悠さん、これ、って…」
 信じられない、とでも言うように、記されている文字をもう一度目で追って、そこに書かれている内容が見間違いではない事を確認し……浮かべる感情を選び損ねたような、何とも言えない表情をした。
「……わたしの、戸籍?」
「その通りです」
「どうして……? わたし、戸籍…ない、のに」
「あまり、大きな声で言える事ではありませんが――以前知り合った方に、こういった物を手に入れる伝手を持っている方がいらっしゃったので、頼んで作っていただきました」
「でも、なんで、戸籍なんか…。今までみたいに暮らす分には、必要ないんじゃ…?」
「ええ、確かにそうなのですが――」
 言いさした悠を、クロは不思議そうに見遣る。
「クロさん。……学校へ、通ってみたくはありませんか?」
 最初こそ、何を言われたのか分からない、といった表情をしていたクロだったが――少しの後、言葉の意味を理解できたらしく、僅かに目を見開いた。次いでおろおろと視線を彷徨わせ、けれど助けとなるようなものが無いことを理解すると、困ったような顔で目線を少し下げた。
「……学校、って、よく、分からない、けど……」
 たどたどしく、ゆっくりと、言葉を選ぶようにして、クロは続ける。
「…もっと、『外』を――『世界』を、識ることが、できるなら……悠さんが見てる『世界』が、見れるなら、…行って、みたい」
 どこか、決意を滲ませたような声音でそう言ったクロに、悠は浮かべた笑みを深めて――クロもまた、そんな悠に、ほっと緊張を緩めたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
 「玄冬流転」へのご参加有難うございます。

 「クロの一日」を、とのことでしたが、如何だったでしょうか。
 本来の意味の『外』には馴染みきっていませんが、広義の意味での『外』には慣れてきているようです。
 地味に大人しく過ごす感じになってしまったのですが、今のクロだとこんな感じに…。少しでも楽しんでいただけたならよいのですが。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 書かせていただき、本当に有難うございました。