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<東京怪談ノベル(シングル)>


浴衣姿のきみへ

1.
「と、いうわけで、祭りには浴衣だな」

 祭りの参加を頼みに来た町内会長が帰った後、唐突に草間武彦はそう言い放った。
「何が『と、いうわけ』なんだ」
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は眉根を寄せてそう言った。
「祭りは今日なんだ。今から用意しないと間に合わないぞ?」
 しれっと言う草間に冥月は思わずグーを喰らわした。
「私の話を聞け!」
「ぐはぁ!」
 蒸し暑い草間興信所の中で二人はさらに熱いバトルを繰り広げる。
「祭りの屋台をやるのにどうして浴衣を着なければならない?」
 冥月が言うことももっともである。
 しかし、そんなことで引き下がる草間ではなかった。
「祭りの正装は浴衣だ! 日本古来からの常識だ」
 無茶苦茶な言い分である。
 しかし、草間の言い分に思わず引いてしまった冥月。
 日本古来と言われるとそうなのかもしれない、なんて思ってしまったのが運のツキ。
「…よし、決まりだな…」
 ニヤリと笑った草間の目が冥月の迷いを見逃さなかった。
「私が屋台で客寄せをやる様な性格に見えるのか。…それに、浴衣なんて持ってないよ…」
 見透かされて少し大人しくなった冥月に、草間はどんと胸を張った。
「任せろ。俺が買ってやる…ある時払いで」
「…話のオチはいらん!」

 ガツンと拳を喰らわせた冥月だった。


2.
「…まずは原宿にでも行ってみるか?」

 草間が連れてきた原宿は土曜日ということもあって人が溢れていた。
「適当に歩くか」
 そう言って草間は冥月の隣を歩き出した。
 表参道を目指して適当に方向をとる。
「お、こういうのは?」
 そういって草間が指差したウィンドウ越しの浴衣。
 …年配が着るような濃紺の地味なデザインだった。
「…ちょっと大人すぎやしないか」
 ハハハッと苦笑いでその場を誤魔化した草間。
 その向かいは浴衣がずらりと並んでいたが、子供用のものばかりだった。
 大人用のものがおいてある店もあったが、帯・草履のついた3点セットというもので、もう少しこだわりを持ちたいと思った。

「こういうとこも見てみるか」
 痺れを切らしのか草間が一軒の店へと冥月を誘った。
「いらっしゃいませ〜」
 少し色黒の店員が声をかけてくる。
 周りを見るといかにも十代向けの店に冥月は嫌な予感がした。
「今日は何をお探しですかぁ〜?」
「こいつの浴衣探してるんだけど、似合いそうなの持ってきてくれないか?」
「はい〜お任せくださぁい〜」
「おい。店員任せって…」
 カチンときて冥月は言ってみたが、冥月を置いて店員はそそくさと店の浴衣売り場へと紛れ込んで行った。
 誰が浴衣を着ると思っているのか?
「こういうのは店の人のほうがよくわかるって」
 草間は冥月に言ったが、納得は出来なかった。
 そんなことをしているうちに、店員はものの数分で数着の浴衣を選んできた。
「どうぞ〜」
 店員と草間の目が冥月をじっと見据える。

 これは…着ろということか…。

 嫌だ…とはとても言えない状況がそこにあった。
 冥月はなんとかその場から足を動かした…。


3.
「こちらです〜」
 通された試着室で冥月は店員に着付けをしてもらった。
 草間は店内で大人しく待っている。
 …たぶん居心地はとても悪いだろう。
 なぜなら店内が女性ばかりなのだから。 
「こちら当店一押しになります〜」
 シャッとカーテンが開けられ、冥月は鏡で自分の姿をようやく確認した。
 黒地に金ラメがたっぷりあしらわれ、さらに襟口や帯にはフリルが散りばめられたいまどきの女の子らしい一着。
 しかし、着こなしがまずい。
 肩もろ出しの『花魁』と呼ばれる着付けをされたいたのだ。
「ダメだろ、これは…」
 さすがにこれはNGだ。
 胸がボーンと強調されて見るからにエロティカな雰囲気だ。
「似合うと思うけどなぁ…」
「お前、本心からそう思ってるか?」
 わずかに鼻の下を伸ばした草間に、冥月は次の試着にうつろうとした。
 が、それは見るからに冥月の着るような浴衣ではなかった。
「こちら当店オススメです〜」
 ピンク地に白のフリルと花が散りばめられ、下はスカート。
 しかもミニスカートでレースたっぷりパニエも入ったゴスロリ仕様。
 もはや浴衣と呼んでいいものなのか?
「着れるか!」
 冥月は次の試着はせずにその店を出た。

 草間と冥月は近くにあったオープンカフェへと足を運んだ。
 冷たい飲み物を頼むと二人は道路に面した席へと座る。
「…無難にデパートにでも行ってみるか」
 草間がため息とともにぽつりと言った。
 少し疲れたのかもしれない、冥月はそう思った。
「そうね。その方がいいかもしれないわ」
 冥月がそう言うと、草間はまたため息をついた。
「…どうしたの?」
「お前に似合うものをと思ってたんだが、なかなか難しいもんだな」
 どうやら草間は草間なりに真剣に探していたようだった。
「まだ時間はあるわ。焦らず探しましょ」
 微笑んで言った冥月に、草間も「そうか」と微笑み返した。

 少しの休憩の後、二人は新宿へと電車で移動した。


4.
「どのような物をお探しですか?」
 ひんやりと冷えた高級デパートの七階で、着物店の中年の店員はにこやかにそう尋ねた。
 畳敷きの敷居の高そうに見えた店に、草間は飛び込んだ。
「えっと、こいつ…いや、彼女に似合う浴衣を探しているんですが…」
 何故かかしこまった物言いをする草間。
 冥月は『彼女』といわれてドキッとした。
「浴衣ですか…そうですね…」
 店員は冥月の顔をじっと見た。
「…お連れ様、色白ですから黒地のものなどいかがでしょうか」
 にっこりと笑うと店員は草間と冥月の前に数点の黒地の浴衣を出した。
「こちらの浴衣はススキをイメージした模様になっておりまして…」
 一点一点丁寧に店員は冥月たちに説明してくれた。
 どれもこれも上品で先ほどの店のものとは比べ物にならないほど高そうだった。
 そんな中、冥月は一点気になる浴衣があった。

『この花の…』

 声が重なった。
 隣の草間と視線がぶつかった。
 冥月は顔が赤くなるのを必死で押さえた。
 まさか、同じものを草間も選んでいたなんて…。
「試着、なさいますか?」
 店員がニコニコと微笑んでいた。

 それは、黒地に舞い散る薄いピンク色の美しい桜の花が描れた浴衣だった。
 店員が選んでくれた銀色が散りばめられた黒地の帯に、やはり銀と黒の鼻緒がついた草履。
 それらを身に着けて試着室から出てきた冥月。
「…うん。それだな」
 草間が満足げに微笑んだ。
「そ、そう? ちょっと派手…じゃない?」
 あまりに率直な物言いに、冥月が照れ隠しに声も小さく呟く。
 と、草間ははっきりと言った。

「いや、それが冥月に一番似合う」


5.
「こちらの白に朝顔の浴衣もお買い上げですね」
 冥月は草間の妹の喜ぶ顔を思いながら、浴衣をもう一着選んだ。
「あぁ、一緒に頼む」
 草間はそう言うと、横にある何かに気をとられた。
 冥月が首を傾げると、「これも」と何かを手に取り店員に手渡していた。

「さっき何買ったの?」
 草間興信所への帰り道。
 冥月は草間に問いかけた。
「…髪、結えるか?」
 草間は冥月の問いに答えず、逆に質問を返した。
「? できるけど…」
 冥月と草間はその場に止まり、冥月は髪を上へと持ち上げた。
 と、ガサゴソと草間は無言で荷物の中から先ほどのものを取り出した。
 それは、銀色に桜が散りばめられたかんざしだった。
 草間はかんざしを冥月の髪へと添えた。
 鼓動が聞こえそうなほど草間の胸が近くに感じられた。
 そのまま抱きしめられてしまいそうなほど…。

「うわぁ、ハグだぁー!!」

 突然、どこからともなくそんな叫び声が聞こえた。
 見ると、小学生くらいの子供が数人こちらを見てニヤニヤと笑っている。
 唐突にそこが公道であること、そして公衆の面前であることを自覚した冥月。
「な、何をする!」
「がはぁ!」
 草間は冥月の強烈な一発を浴びせられ、昏倒したのだった…。

  本当は…
  本当に嬉しかったの。武彦。