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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【ふわふわぱたぱた】

●オープニング
「最初はただの迷子犬探しだったんだよ……」
 草間・武彦は言いながら紙やファイルが山をなしている机の上を漁りだした。

 草間のもとに“普通の依頼”が舞いこんだのは2日ほど前のことだった。とある事件から“その筋”で有名になってしまった事務所に迷子犬探しなどという、ごくごく一般的な仕事の依頼があることはほとんどない。
 草間は柄にもなく勢い込んでことにあたった。
「だが、その犬ってのが曲者だったんだ」

 見た目は白い雑種の子犬。しかし、草間が捕まえようとすると――
「ふわっと飛んで逃げやがったんだよ。ご丁寧に白い羽まで生えてやがった。ああ、もう! なんでこんなことになっちまったんだ! うちは教会じゃないんだよ、興信所なんだよ! 幽霊とか化け物とかどうでもいいんだ。浮気調査や“ただの”迷子犬探しで充分なんだよ! なんだって、たったこれっぽっちのささやかな願いが叶わないんだ!」
 叫んだ草間はしばらく頭を抱えていたが、突然がばっと顔を上げた。
 そこにはよくない類の、何かを思いついた笑みが浮かんでいる。
「なあ、日高。ひとつ頼みごとがあるんだが」
 俺の代わりに化け犬をとっ捕まえてくれないか、にやにやしながら草間はファイルの山からライターを探り出し、煙草に火をつけた。


 ――飼い主に問題はなさそうだったぜ。なんたって、羽根つき犬だからな。脱走のひとつやふたつ、当たり前だろうさ。
 草間の言葉を思い返しながら、日高・晴嵐は路地裏を歩いていた。
 問題の迷子犬はこれまでにも何度も飼い主のもとから脱走しているらしい。その理由があかされなかったのは、草間には気の毒な話だが、彼の事務所を見れば一目瞭然だ。『怪奇ノ類 禁止!!』などと書かれた張り紙のある部屋で“羽根つきの”迷子犬探しの依頼をするのは、よほどの図太い人間か鈍い人間だけだろう。

「猫さんはお留守かしら……」
 晴嵐はゴミ袋や水色のポリバケツ、エアコンの室外機が並ぶ薄暗い路地を見まわして首をかしげた。建てこんだビルとビルの隙間には文字通り猫の子一匹見当たらない。どこかの換気扇から流れてくるスパイスの効いた匂いをかぎながら、晴嵐は空を見上げた。
「ねえ、誰かいない?」
 応えるような羽音がしたのはすぐだった。ばさばさと力強い音をさせて現れたのは一羽のハトである。ねずみ色の体に虹のような首筋、その虹色の首を傾けてハトはクルッポーと一声鳴いた。猫や鳥類の言葉を理解できる晴嵐の耳は、それをひとつの言葉としてとらえた。
『いるよ。どうしたの?』
「あのね、わんちゃんを探しているの。羽が生えた白いわんちゃんなんだけど」
『ああ。あの子。ふらふらしてる。少し前から』
「やっぱり迷子になっちゃったのかしら」
『誰が?』
「白いわんちゃん」
『知らない。本人とお話したら? 居場所。教えてあげる。ついておいでよ』
 ばささと羽を広げたハトに晴嵐はあわてて声をかけた。
「ゆっくり飛んでね。走るのは得意ってわけじゃないの」


 晴嵐の頭上を旋回するようにしながら、ゆっくりゆっくりと進んだハトがとまったのは小さな公園の常夜灯の上だった。追いついて息を整える晴嵐に、ハトはついと首を回して遊具のひとつを示してみせた。
『あそこ。隠れてるみたい』
 ハトが示したのはジャングルジムと滑り台とが一体になった大きな遊具である。ジャングルジムと滑り台をつなぐオレンジ色のトンネルの端から小さな白い尻尾がはみ出しているのを認めて、晴嵐は思わず笑顔になった。頭隠してしっぽ隠さず、そんな言葉が頭の端に浮かんだからだ。

 晴嵐はジャングルジムに取りつくと一段一段それを登って行った。子供向けの遊具である。じゃっかん窮屈なそれを登りきると、木の床が滑り台に向けて延びていた。その上をすっぽり覆うトンネルの中に白い子犬がうずくまっていた。
 くりくりとした黒い宝石のような目の子犬である。どこで遊んできたものやら、白い毛はあちらこちらが泥で硬くなっているようだったが、ちゃんと洗って抱き上げればふわふわしたぬいぐるみのような感触を楽しめそうだった。
「ハトさん、通訳をお願いできないかしら」
『犬の言葉はわからない』
 そう言うとハトは羽音を響かせながら公園の外、住宅街の北へ飛び去ってしまった。


 困ってしまった晴嵐は、それでも子犬へ向き直った。子犬は好奇心の強そうな目をトンネルのオレンジ色に輝かせている。草間の言うように逃げ出したりおびえたりするふうはない。
「危害を加えるつもりはないから安心して? あのね、あなたを探してる人がいるの」
 語りかけた晴嵐に子犬はキャンと答えた。まるで知ってるよ、とでも言っているふうである。
「ね、一緒に帰ろう」
 手を伸ばしたとたん、キャッ、と子犬はその場を飛びのいてぶるぶると体を震わせた。とたんにその背から白い綿毛のような翼が現れる。差し渡しが身の丈の二倍もあるそれを翔かせて子犬はトンネルから一目散に逃げ出した。そのまま空へと舞いあがる。
「待って!」
 晴嵐は自身も光の羽を出現させてその後を追った。
「お願い、話を聞いて! 飼い主さん、心配してるんだよ! だから、ねえ、待って!」
 子犬は笑うかのようにくるくるとアクロバティックな飛行を披露しては、追いかける晴嵐の手から逃れてしまう。
「私、妹がいるの。あの子がいなくなったら、私、すごく悲しいと思う。飼い主さんも同じだよ。あなたがいなくなって、すごく悲しんでるよ。だから帰ろうよ。ねえ!」


 半時も追いかけっこを続けただろうか。晴嵐は徐々に理解しはじめていた。
 子犬はただ遊びたいだけなのだ。翼を使って思いきり、空を飛びたいだけなのだ。
 その証拠に手を伸ばさずに近寄れば、子犬は嬉しそうに鳴きながら晴嵐の周囲をくるくると飛びまわる。
「それじゃあ、すこし遊ぼうか」
 にっこり笑って手を伸ばす。子犬はキャンと喜んでその身を晴嵐に並べた。

 上へ下へ右へ左へ。風と遊ぶ子犬はいかにも楽しげだ。
 幸い、閑静な住宅街に人影はない。赤やオレンジや青や黒、たくさんの色の屋根だけが眼下を流れていく。行儀よく並んだその光景の面白さに目を奪われていれば、子犬が抗議するような鳴き声をあげた。
「そうだね、いっぱい遊ばなきゃもったいないね」
 光の翼を出すと同時に銀に染まっていた髪を風に遊ばせながら空高く舞い上がる。追ってきた子犬が小さな翼をいっぱいに広げて右に左に尻尾を振った。その尻尾へからかうように指をからめる。子犬は驚いたように空で飛び跳ね、晴嵐を笑わせた。


「――ということだったんです」
 子犬を抱きながら言った晴嵐に、草間は何とも言えない目を向けた。ああそう、とか、どうでもいいけど、とかそういった類の目である。子犬の羽はすでに収われて、パッと見た感じではただの雑種犬にしか見えない。
「まあ、ご苦労さん」
 面倒くさそうに言った草間の唇の端から紫煙が漏れた。くしゅんと子犬がくしゃみをする。
「とりあえず、そいつはそこに置いていけ」
「え、でも……」
「その何だ、手伝ってもらった礼ってわけでもないが」
 言いにくそうに頭をかいた草間に、晴嵐は心得た笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ケーキをおごってくれません?」
「なんだ、そんなのでいいのか」
「いいですよ。草間さんだから、特別です」
 笑った晴嵐に草間も笑い、調子をあわせるように子犬もキャンと鳴いた。
「それから、わんちゃんのご飯も買いましょうよ。きっとおなかすいてます」
 キャンキャンと同意を示すように吠える子犬をソファにそっとおろすと、晴嵐はそれにむかって笑いかけた。
「少しだけお留守番してて。ね?」
 子犬は少し考えるように尻尾を振っていたが、キャンと鳴くとその場で丸くなってあくびをした。

<おわり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5560 / 日高・晴嵐 / 女性 / 18歳 / 高校生】

NPC
【草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、日高様。注文いただきありがとうございます。
わんちゃんとの空中散歩、いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけましたら幸いです。