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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【呼子の鳴る丘】

●オープニング
 RE:やばかった!

 HN:通りん坊さん   XX年XX月XX日
 うわ、怖っ! 今度近く行ったときは気を付けよう(笑)
 うちの田舎にも行ってはいけない場所がありますよ〜。
 “呼子ヶ丘(よぶこがおか)”っていう雑草だらけの丘なんですが、
 “しぶき雨の晩”には行ってはいけないんです。

 “しぶき雨の晩”に丘に行くとね、ピーッという音が聞こえるんですよ。
 呼子の音とか、鳥の断末魔とかそれ系の。
 そこで昔、かなり偉い侍が殺されたんですけど、そのときに侍が呼子を吹いたらしいんです。
 その後、侍が殺された“しぶき雨の晩”になると
 侍の霊が呼子の音と共に出てくるようになったとか……。

 興味があるなら行ってみては?

 >3さん
   俺は呼子の音なら聞いたことありますが、
   行ったことないんで本当かどうかはわかりません。
   詳しく知りたいなら調べますよ。

 >6さん
   聞いてきました。地元の年配の人はみんな知ってる話らしいです。
   とりあえず、呼子の音を聞いた人は帰ってこないことだけ確認。


「霊になって出てくるなんて余っ程未練とか無念とかそういうのがあるんかな」
 呟きながら鶫はマウスを使って“呼子”の文字をドラッグした。ブラウザの右上にある検索ボックスへコピーアンドペーストしてみる。
「えーと、呼子、呼子……と」
 声に出してページをスクロールさせてみれば、すぐにほしい情報に行き当たった。
 呼子。呼子笛とも呼ばれるそれは、江戸時代の火付盗賊改方などの目明し――警察組織にあたる組織の協力者たちが使っていた道具である。現代のホイッスルと同一視されており、警察官や警備員が持つ笛も呼子と呼ばれることがあるらしい。
「へー! あれも呼子なんだ!」
 声をあげた途端にドスンと壁が鳴って鶫は首をすくめた。静まりかえったネットカフェに声は思いがけず大きく響いていたらしい。
「ごめんなさーい」
 蚊の羽音のような小さな声でそう言って、鶫は手早くパソコン画面上のデータを手帳に書き写した。
 侍は目明しだったのだろうか。捕り物のとき、敵にやられて援軍を呼ぶために呼子を吹いたのだろうか。侍の霊が人を襲っている理由はわからないが、その死になんら関係のない現代人に迷惑をかけるのは許せない。
 手帳にデータをまとめ終えると、鶫はまなざしを研いで立ち上がった。


 問題の田舎に到着したときにはすでに闇が近づいていた。
 折しも降ってきた激しい雨が地を穿って、鶫のシューズに茶色いシミを作っている。
「しぶき雨……は激しい雨のことだったっけ」
 ゴーストネットで得た情報を思い出しながら、鶫は周囲を見渡した。侍の霊のせいか、この激しい雨のせいか人影はない。田んぼと小さな民家が密集する小さな小さな集落。山肌に抱きかかえられるようになっているその向こうに、山なのか平地なのかすら見分けのつかないくらい小さな空地があった。言われてみれば丘とも呼べないこともない。
「あれが呼子ヶ丘なのかな……」
 雑草の生い茂った感じなどはいかにもそれだが、それにしても思っていたよりずっと小さいその見た目に鶫は首をかしげた。傘や雨合羽は持ってきていないので体は濡れ放題である。このまま突っ立っていたのでは風邪をひいてしまう。
 とにかくあの丘らしき場所を目指してみることにして、鶫はぬかるむ田舎道を歩き始めた。


 その音は唐突に聞こえてきた。
 雑草の生い茂る丘らしき場所に踏み入った鶫は周囲を見渡してみた。少し遠くに赤さびたトタン屋根の民家、その向こうに壊れかけた河原の乗った民家、そして田んぼが延々と広がっている。小高くなっているにもかかわらず、集落がきれいに見渡せないその風景は、鶫を不思議な不安に陥れていた。
 そこへ前述の音である。最初は警官の吹く笛かと思ったが、それよりはずっと甲高かった。出どころはわからない。ピリリリリ、という擬音は似ているがどこか古風で物悲しげな音は、鶫の周囲全体から聞こえてきていた。

 突然襲いかかった白刃を鶫はバックステップで避けた。
「危ないじゃないかッ!」
 一声叫んで振り向いた鶫の前に立っていたのはずぶ濡れの侍だった。金糸の縫い取りがされたきらびやかな衣につややかな布地の袴。少なくともテレビで見るような火付盗賊改方には見えない。むしろ悪代官や悪徳商人といった風情だ。しかしその体躯は細く引き締まっており、何かで肥えたふうにも見えなかった。胸には竹でできた笛らしきものが引っ掛かっている。
 侍は物も言わずに切っ先をあげると再び鶫へ斬りかかってきた。
「どうしてこんなことするの! 何か心残りがあるの!?」
 叫んでも状況は一向に変わらない。侍は表情のない表情で刀を振るい続け、それが鶫にあたらないと見るや脇差も抜き放った。激しい雨に視界は白く煙っている。侍の刃を避け続けるには体力的にも状況的にも限界があった。
 このままではやられる。判断した鶫は念能力で作った光の刀を喚びだした。

「いざ、尋常に勝負!」
 叫んでびゅっと刀を縦にふるい、その切っ先を侍の目に向ける。侍はかかとをべたりと地面につけたまま、じわりじわりと鶫ににじり寄ってきた。緊張と豪雨、そして奇妙な静寂が二人を押し包む。
「てやあっ!」
 気合一閃、互いに振りぬいた刃は――鶫のものが侍の胴をきれいにとらえていた。対して侍の刃は空を斬り、その掌から消えている。鶫の念が侍のそれに勝り、刃を消滅させたのであった。

 ――無念。
 響いた音はともすれば空耳と思っただろう。それほど不確かで小さな声であったが、鶫は本能的にそれが侍の声であることを確信していた。
「何が無念なんだ! 何か私が力になれるような心残りがあるなら満たしてあげるよ!」
 侍はゆっくりと微笑ったようだった。力なく頭が振れて、垂れる。
 唇をかんで鶫は念の刀を握りしめた。無念なのはこちらのほうだ。こんな力を持っていても、自分はこれほどまでに何もできない。ただ、この侍を消してやることしか、できない。
「てやあああっ!」
 ふりあげた刃の下で侍は微笑み続けていた。


 戦いが終わったとたんに雨はあがって、月が顔を出した。
 降り注ぐような星空に、田舎の景色は白く浮かび上がっている。
 小さな小さな丘のふもとには石を積み上げただけの墓とも碑ともつかぬものがあった。
 おそらくは侍を弔うためのものと信じて、鶫はそれに掌を合わせた。
(どうか、安らかに)
 何もしてあげられなかったけれど。斬ってやること以外、何も。
(安らかに眠ってください)
 一陣の風が吹き抜け、ざあっと雑草がさざめいた。
 それはまるであの侍の声のようで、鶫の腕に鳥肌を立てた。
 ――無念。
 声が耳に残っている。それを大事に胸に抱いて、鶫は顔を上げた。

<おわり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5562 / 日高・鶫 / 女性 / 18歳 / 高校生。】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、日高様。注文いただきありがとうございます。
侍との少し切ない一騎打ち、いかがだったでしょうか。
お楽しみいただければ幸いです。