コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【ふわふわぱたぱた】

●オープニング
「最初はただの迷子犬探しだったんだよ……」
 草間・武彦は言いながら紙やファイルが山をなしている机の上を漁りだした。

 草間のもとに“普通の依頼”が舞いこんだのは2日ほど前のことだった。とある事件から“その筋”で有名になってしまった事務所に迷子犬探しなどという、ごくごく一般的な仕事の依頼があることはほとんどない。
 草間は柄にもなく勢い込んでことにあたった。
「だが、その犬ってのが曲者だったんだ」

 見た目は白い雑種の子犬。しかし、草間が捕まえようとすると――
「ふわっと飛んで逃げやがったんだよ。ご丁寧に白い羽まで生えてやがった。ああ、もう! なんでこんなことになっちまったんだ! うちは教会じゃないんだよ、興信所なんだよ! 幽霊とか化け物とかどうでもいいんだ。浮気調査や“ただの”迷子犬探しで充分なんだよ! なんだって、たったこれっぽっちのささやかな願いが叶わないんだ!」
 叫んだ草間はしばらく頭を抱えていたが、突然がばっと顔を上げた。
 そこにはよくない類の、何かを思いついた笑みが浮かんでいる。
「なあ、冥月。ひとつ頼みごとがあるんだが」
 俺の代わりに化け犬をとっ捕まえてくれないか、にやにやしながら草間はファイルの山からライターを探り出し、煙草に火をつけた。


「知らん」
 一刀両断に切って捨てた途端、草間はにやにや笑いを吹き消してぱんっと両てのひらを打ち合わせた。
「いや、頼みごとがあります! 俺の代わりにとっ捕まえてください!」
「知らんと言ったら知らん」
 まるで自分の所有物のようにソファを占領し、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)はそっぽうを向いた。
「なんでだ! お前ならこんなこと一瞬で済ませられるだろう!? 俺の一生のピンチにその力を使おうとは思わないのか!?」
「ほう……」
 草間の吹き上げる紫煙をにらみつけるなり、冥月は素早く身を起こしてテーブルの向こうに両手を伸ばした。拳にしたそれを草間の両こめかみめがけて打ち付ける。
「な、ぜ、私がそんな下らない仕事を。自分でやれ」
「痛いッ! だから、それができなかったからこうして頼んでるんじゃ……」
「ただ羽が生えて飛ぶだけだろう、素早い動物をとらえるのと対策は大して変わらん。怪奇誘引体質の草間にとっては十分普通の仕事だよ」
「普通じゃないッ! ってか、ギブギブ! 痛い! タオル! ロープだッ!」
 わめき散らす草間から手を放すと、冥月は鼻を鳴らして腕組みをした。
「普通だと言っているだろうが。とにかく、私がするような仕事じゃあない。お断りだ」
「知ってますよ。十分、それは存じ上げておりますよ」
 こめかみをさする草間の目は涙目になっている。
「だけど、頼れるのはお前しかいないんだよ。頼むよ、冥月〜……」
「な……わ、私しかいないなど、ば、バカなことを」
 明らかに動揺した冥月を草間はすがる眼で見上げた。
「頼むよ。この通り。ほんとうにお前しかいないんだ」
 みるみるうちに赤らんでいく冥月の顔を草間は真剣な目で見上げている。
「そ、そういった、アレなら、その、仕方がないわね。うん。アレよね、やむにやまれぬアレというやつならね」
「さすが冥月!」
 草間は指を鳴らして体を起こすと笑顔になった。
「やっぱり持つべきは男の親友だな!」
「私は女だ」
 冥月は即座に立ち直って草間を足蹴にした。


 問題の犬はどこにでもいそうな白い雑種の犬だった。あえて特筆するとすれば、少し小熊っぽい、ぐらいだろうか。ともかくその写真に写っている影を観察しながら、冥月は首をかしげた。
「ただのチビ犬じゃないか。羽が生えたぐらいで騒ぐか?」
「そのチビすけがすばしこかったんだよ。チビだけにな」
「先ほどとはずいぶんな態度の変わりようだな、草間」
「あ、いえ、すばしこかったんです、冥月さま」
 姿勢を正して草間は固まった。不満げにそれを見やりながら、冥月は子犬の写真をのぞきこむ。羽はどこにも見えないし、それが生えそうにも見えない。
 影を自在に操ることのできる冥月である。影のあるものであれば、それがなんであろうと攻撃することができるし、影の中に引きずりこむことができる。
「やってみよう」
 おもむろに言うと、冥月は虚空に手を伸ばした。薄暗い室内のこと、薄いねずみ色の影がそこかしこに落ちている。それらは冥月の求めに順ってするすると集まって繭玉のように固まった。みつめる草間の目は気のなさそうな冥月の目と好対照である。
「…………とらえた」
 繭玉の中に手を突っこんで素早く抜き放つ。そのときには冥月の手に白い子犬の姿がある。キャン、という甲高い音がしたかと思うと巨きな風が冥月と草間に襲いかかった。


 思わず手を放した冥月から子犬は一目散に逃げ出した。その背からは身の丈の倍ほどもある翼が生えている。とはいえ、狭い室内と冥月の能力とのおかげで室内追いかけっこ大会とは相成らなかった。
「ほら、犬だぞ」
 首根っこを捕まえた犬を冥月が草間に差し出すと、草間は嫌な顔をした。
「犬っていうか化け物だろ」
 犬の翼はだらんと垂れた状態でいまだ背にくっついている。嫌な顔の草間を見つめるその顔もじゃっかん嫌そうだった。またこいつか、とでも言わんばかりである。
 草間は子犬を受け取ると室内に用意してあったケージにそれを放り込んで冥月に向き直り、
「あ」
 と間抜けとも取れる声をあげた。
「どうした」
「怪我してるぞ。ほら、ここ」
 草間に触れられた耳たぶがちりりと痛んだことで冥月は目を細くした。この自分に傷をつけるとはなかなか許しがたい子犬である。しかし、子犬を相手に大乱闘というのも大人げない。指をあげながら冥月は、
「構わん。舐めておけば治る」
 と、そこまで言って硬直した。草間の顔がいきなりアップになったかと思うと、生暖かいものがべろんと音でもしそうな感触で触れていったからである。
「な、な、な……!」
 一言しか言えなくなってしまった冥月に草間は満面の笑みを見せた。
「これで治るな」
「ば、ば、バカなのあんたはッ! こんなのがほんとになめ……舐めれば治るとでも!?」
 思わず女性らしい口調になってしまった冥月に草間はきょとんと目を丸めた。
「おまえがそう言ったんだろ?」
「草間のバカーッ!!」
 この男、この男、恐ろしいことに何もわかっていない。天然だ。
 真っ赤になった顔をごしごしこすると冥月は仁王立ちになって、相変わらずきょとんとしている草間に言い放った。
「この程度の仕事、仕事なんて言えないけど! ほ、ほう、報酬はキッチリもらうからね!」
 哀れ草間がどうなったのかは……冥月だけが知っていればいいことである。


<おわり>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

NPC
【草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

はじめまして、黒様。注文いただきありがとうございます。
草間との犬騒動いかがでしたでしょうか。
最後に何やらハプニングもあった模様ですが(笑)、楽しんでいただけたなら幸いです。