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【逆光の竜神】
●オープニング
竜神様は見てござる
男の子(おのこ)が娘を助けるを
竜神様は見てござる
男の子(おのこ)が麦を盗むるを
竜神様は下してござる
良きには良きを 悪しきには悪しきを
碇編集長はいつものごとく三下を呼びつけて、歌の書かれたコピー用紙を渡した。
「先週、この歌を面白がったバカ者が竜神の祠にいたずら書きをしたらしいの」
「はあ……バカ者が」
三下はずり落ちかけたメガネを押し上げながらひとつ頷いた。
「そうしたら、バカ者の家に大きな字で天誅と書かれていたんだって」
「はあ……家に天誅と」
「つまり、目には目を歯には歯をってやつよね。そこで興味があるんだけどね、さんしたくん」
三下をあだ名で呼んだ編集長の眼鏡がギラリと光を放った。
「もしよ。もし、誰かが竜神の祠を燃やしでもしたらどうなるのかしら。竜神のご神体に傷をつけたら?」
はあ、のはの字で口を開いたまま三下は固まってしまった。これは、そう、よくないパターンである。このパターンはつまり――
「じゃ、取材よろしく」
「嫌ですぅ! そんなことしたら僕が死んじゃうじゃないですかぁ!」
「死なない程度に壊せばいいじゃない。大丈夫よ、線香なら上げに行ってあげるから」
「それ、死んじゃってるじゃないですかぁ!」
真っ青になった三下はぎこちなくこうべを巡らせると出雲を見た。
「あのう、こういうのってどうにかなりません……よね?」
●
「すみません、すみません!」
叫びながら現れた三下は汗だくになっていた。手にした携帯電話には、その額から流れる汗が原因と思われる汚れがべったりとこびりついている。
「すっかりお待たせしてしまって」
「気にしないで。こっちは暇つぶしあったし」
猿渡・出雲が持っていた携帯電話を振って見せると、三下はさも安心したかのように胸を押さえて深呼吸を繰り返した。社交辞令を額面通りに受け止めるあたり、三下が“さんした”である所以だろう。
「それより、どうだったの? バカ者はなんて書いたって?」
「はあ、それが……」
出雲の問いかけに三下はみょうに分厚い、付箋やメモパッドが大量に飛び出しているシステム手帳を開いた。何枚かページを繰っては、あーこれはあのときのあーこれは違う、などと呟いている。炎天下の中、いっこうに情報を持って来ない三下を待っていた出雲である。さすがにいらいらとして待っていると、三下はさらに何十枚かページを繰った後にようやく、あった、と快哉をあげた。
「ありましたよ、猿渡さん」
「それはわかってるよ。それで、なんだって?」
「はい。“天誅”と書いたそうです」
「……それは、竜神がバカ者の家に書いたっていういたずら書きでしょ?」
「いえ、そのバカ者がですね、天誅って書いたらしいんです。なんでもバカ者は暴走族の一員らしくてですね、特攻服に“天誅”という刺しゅうをしてあったんです。それで、自分の特攻服と同じ“天誅”という言葉を竜神の祠に書いた……とか……その、猿渡さん?」
曇っていく出雲の顔色を見て三下は身を震わせた。
「あたしが思ってたのと違う」
唇をとがらせて呟くと、出雲は宙に指を据える。
「歌を面白がっていたずらしたっていうから、てっきり『竜神様は見ないでござる 男の子が妓を助けるを 竜神様は見ないでござる 男の子が女を盗むるを 竜神様は与えるでござる 欲には欲を 金には金を』とか、そういうのだと思ったのに!」
宙に一度据えた指をすべらせた出雲に、三下の額から流れる汗が一気に増えた。
「そう言われても……“天誅”って書いたって……」
「いいんだけどさ。別に」
唇を尖らせたまま、ぶーっと口で言ってから、出雲は歩きだした。
「それじゃあ、問題の祠に行ってみようよ。三下、案内してくれる?」
●
三下が地図と首っ引きで出雲を案内したのは、湖につきだした形の島にある小さな小さな祠であった。能力者である出雲にはその祠がほの白く光っているように見えた。周囲に人の気配はない。大きな湖とそれを取り囲むかのような森、遠くに鳥の鳴き声。そして出雲と三下。それがここにあるすべてだった。
「はー。これがいたずら書きかあ……」
祠の側面をのぞきこんで出雲は唇に指をあてた。
そこにはスプレー式のペンキであろうか、黒く太い文字で“天誅”とある。
「意外と達筆だね〜、まあ、あたし程でもないけどね」
「そうですね。猿渡さんほどではないですね」
調子を合わせた三下に一瞥をくれて出雲は彼に命令した。
「それじゃあ、消すのは三下の役目ってことで。よろしくね!」
●
落書きを消すなんて聞いてないから道具もない、と騒いでいた三下は、自動車のキーを使ってそれを消すことにしたらしい。ガリガリという耳障りな音を聞きながら、出雲は湖をにらんだ。
湖はしんと静まって、そこからは何の気配も感じない。
だが、何かがいる。何かが自分たちを見つめている。その気配を感じた。
「うわあッ! 僕の腕がッ!」
突如声をあげた三下を振り返ると、スーツの袖をたくし上げたその腕に奇妙なひっかき傷がいくつもできている。まるで自動車のキーでひっかいたようなその傷――。
「来ないなら引きずり出してあげるよ、竜神様!」
もはや一刻の猶予もないと判断した出雲は手のひらを天に向けて雲を喚んだ。あちらこちらに散っていた入道雲がその掌が向けられた先、空の高みに集まってくる。
「ええいッ! 出て来い、巨人!」
さらに出雲が気合を入れると、それは糸のように寄り集まり、湖の上に凝って巨大な人型の雲となった。同時に湖の水面が泡立ったかと思うと、ざばりと音をたてて水の巨人が現れる。
竜神の力が顕現したものらしいそれに巨人を向かわせながら、出雲は三下に叫んだ。
「早く! いたずら書きを消しちゃって!!」
「は、はい〜、急ぎます……って、痛ったー!」
「男でしょ! 我慢する!」
雲の巨人と水の巨人がぶつかりあう。
雲の巨人が水の巨人の右腕をつかめば、水の巨人もまた雲の巨人の右腕をつかむ。水の巨人を投げ飛ばさせようと出雲は念をさらに強めるが、それは全く同じ力でもって雲の巨人を投げ飛ばそうとする。両者は完全に拮抗していた。
「まだなの、三下! アレ出しとくのにも限界があるんだけどッ!」
「あとちょっとです! “天誅”の最後の払いの部分……でも、痛いです! 傷増えてます!」
「三下が早く終わらせないからだよ!」
軽口をたたく出雲の額には汗が浮かんでいる。
「いい加減……倒れて、よねッ!」
気合ひとつを入れて最後の力を込める。雲の巨人が水の巨人をようやく投げ飛ばし、その衝撃に湖が波立った。波は人の腰ほどの高さで二人めがけて迫ってくる。
「は、はひぃぃいッ! き、消えましたよ、猿渡さん!」
「それじゃ、こっちも……ッ」
力を抜いて手のひらを下ろすと、雲の巨人はさあっと霧のように溶け、二人めがけて迫っていた湖の波もまた幻のように消えた。
●
「これで、大丈夫……だよね?」
肩で大きく息をつき、出雲は額の汗をぬぐった。
「さ、さるわたりさ〜ん」
情けない声をあげながら三下が駆け寄ってくる。その手には携帯電話が握りしめられていた。
「今、メールがあって、バカ者さんの家の落書きが消えたそうです」
「やった! これで解決だね!」
「はい。でも、僕の腕……痛いままです〜」
スーツの袖からのぞく三下の腕には、キーでひっかいたような傷ができたままである。
出雲はちっちっと指を振ってこれに答えた。
「傷なんだから、すぐに消えちゃったら気持ち悪いでしょ?」
「それはそうですけど……」
「ともかく、事件は解決したんだから。ほら、帰ろうよ」
竜神様は見てござる
男の子が娘を助けるを
竜神様は見てござる
男の子が麦を盗むるを
竜神様は下してござる
良きには良きを 悪しきには悪しきを
あれやこれやと騒ぎながら帰っていく二人の背を、湖に浮かぶ二つの金色の光がみつめていた。
<おわり>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【7185 / 猿渡・出雲 / 女性 / 17歳 / 軽業師&くノ一・猿忍群頭領】
NPC
【三下・忠雄 / 男性 / 23歳 / 白王社・月刊アトラス編集部編集員】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、猿渡様。注文いただきありがとうございます。
竜神様とのガチンコ対決を選択されたわけですが、いかがでしたでしょうか?
またのご参加をお待ちしております。
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