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それはミルフィーユのような
カフェ・プティフール。
その日は珍しく聖学園の生徒はあまり座ってはおらず、授業が終わったらしい大学生や外回りの休憩をしているサラリーマンがコーヒーを飲んでいる姿しか見えない。
まあ、聖祭前だからそんなにいないのかもしれないなあ。
そう思いながら栗花落飛頼は頼んだカフェオレに一口だけ口をつける。
と、タタタと石畳を駆ける音がこちらに向かってくるのに気が付いたので、音の方向に視線を移す。
「先輩さーん、お呼ばれありがとうございまーす」
手を振ってやけに甘ったるい声を上げるのは、案の定喜田かすみだった。
飛頼は苦笑しながら手を振り返す。
「バレエ科、今年も色々するんでしょう? 時間作ってくれてありがとう」
「いーえー。私は今回暇なんで。せいぜい裏で道具運ぶだけですよー」
「へえ……中等部は何をするの?」
「「白鳥の湖」です! 一部は初等部と一緒に「くるみ割り人形」するらしいんですが、それは私とは無関係ですねー」
「へえ……高等部は「眠れる森の美女」するんだけどね。珍しく3大バレエ全部するんだ」
「そういや今年は珍しいですねー。普段なら上手い人が個人でバリエーション踊る位ですもんねえ」
飛頼は笑いながら「まあ立ち話も難だし」と椅子を引いてあげると、かすみは「お邪魔しまーす」と笑いながらちょこんと座った。
「注文何する?」
「うーんと……ミルフィーユ食べたいなあって思います」
「……前食事制限がどうとか言ってなかったっけ?」
「大丈夫です! 聖祭までは何もしなくていいので、終わった後本気を出します!」
何が大丈夫なんだろう……とは思わなくもないが、飛頼は笑ってミルフィーユとルイボスティーを頼んだ。
かすみはそわそわしたように足をブラブラと揺らす。
「それで、今日は一体何の話です?」
「うーんと、喜田さん人間関係とか詳しいみたいだしさ」
「えっ、先輩さん好きな人でもできたんですか!? おめでとうございまーす♪」
「……いや、僕の話じゃないだけど」
「なあんだ」
かすみはわざとらしく肩をしょぼんとさせるが、すぐに気を取り直したように、持ってきてもらった水で口を湿らせるとこちらを再度見る。
本当、何でこの子変にゴシップが好きなんだろう。そう言う年頃なのかなあ。そう思いつつもカフェオレを少し飲んでから続きを話す。
「いや、守宮さんと海棠君の話なんだけど」
「なあんだ、先輩達の話ですかー」
「……いや、そこまで落ち込まなくても」
「だあって、この2人全然なあんにもなくってつまんないんですものー」
かすみは頬をぷくっと膨らませて言う。
何もないのか。やっぱり幼馴染以外は。そこまでは自分も知っている話だなあと飛頼は思う。
「せいぜい守宮先輩が秋也先輩の面倒見ているってだけですよー。最初は私もそこに恋慕があるんじゃないかしらーってカマかけたりしてみたんですけど、ぜーんぜん。ペットにご飯あげてるだけですって、あの感じは」
「カマかけたんだ……」
「そりゃ噂になってたら調査しますよー」
と、ウェイターが「お待たせしました」とミルフィーユを置いて行った。
かすみは嬉しそうに、ミルフィーユをフォークで器用に分解しながら食べ始めた。
「まあでも、変な話は先輩達からちらちら聞いたんですけどねえ。これは学園内じゃタブーになってる話でもあるんですけど」
「えっ、何それ?」
咄嗟に頭に浮かんだのは、星野のばらと海棠織也の存在だった。
「まあ守宮先輩がだめんず・うぉ〜か〜じゃない? って言う変な噂ですよー」
「…………。はあ?」
かすみの口から飛び出た謎の言葉に、思わず飛頼は聞き返す。
確か、男趣味が悪い人って意味だっけなあ……と思いつつ、かすみを見返すが、かすみはしれっとした顔でミルフィーユを分解するばかりだ。
「私も「えー」っと思って話聞いてたんですけどねえ。変な男に貢いでるとか何とか。でも守宮先輩別にお金貢いでるとか言うのも聞かなかったんで、ガセかなあって思ったんですけどねえ。でも知りません? 最近守宮先輩様子がおかしかったりするの」
「えっ?」
その言葉に飛頼は一瞬ドキリとする。
確かに彼女がおかしいのは1度見た事はあるが、それを言ってしまってもいいのか。
「何かボーっとしている事が増えたって言うか。一時期流れてただめんず好きの噂が本当なら、変な男に引っかかって何かされたのかなあって私は思ってますけど、証拠がないんですよねえ」
「……ええっと。それ本当に?」
「ボーっとしている事がですか?」
「いや、その。変な男が好きって言うのは……僕が知ってる限り、守宮さんがおかしな所ってその、分からなかったなあって」
「そりゃ男の人には分からないですよー」
かすみはキャハハハハを笑いながら、ミルフィーユのイチゴを頬張る。
「女なんて男への体裁取り繕うのは得意ですものー。守宮先輩も腹の中はさっぱりですしねー。ちなみに私は守宮先輩嫌いとか、そんなんじゃなくって、世間一般の事ですよー」
「…………」
確かに自分は気付かなかった。
守宮さんが海棠……織也君が好きで、それで織也君にいいように使われているなんて。
「……もし止めるとしたら、どうすればいいと思う? ああ喜田さんの思った事でいいから」
「だめんず好きを治すのにですか?」
「うーん、そんなとこ」
かすみは首を傾げたが、やがてまたミルフィーユをつっついた。
「ミルフィーユって、形だけ見ると、そのまま食べないと駄目って思うじゃないですか。でも実際は横向けて分解しないと、パイもクリームもバラバラになってしまいますよねー」
「えっ? うん、そうだよね」
実際かすみはすぐにミルフィーユを横に倒して、パイ生地を剥がしながら食べていた。
かすみはこくり、と頷く。
「人間関係も、真っ向から行って問題ない人とある人といるんで、正攻法はまあ、無理ですよね」
「じゃあ、どうすりゃいいの?」
「止めとけって言って止まってもらえないなら、言い方変えるしかないですよねえ。私だったら「俺にしとけ」って言われたらキャーってなりますけど、守宮先輩の場合はまあ無理ですよね。逆に「何かあったら心配する」的な事言えばいいんじゃないですかねえ」
「……なるほど、ありがとう」
「頑張って下さいー」
「えっと、お礼とかしないと駄目だよね?」
「いや、お礼はいいですよー。ミルフィーユ分で」
かすみがひらひらと手を振るのに、少しだけ飛頼は驚いた。
飛頼が唖然としてかすみの方を見やると、かすみは満面の笑みを浮かべていた。
……何かハメられたような気がする。この子ゴシップ好きだからなあ。
まあ、いっか。
飛頼は残っていたカフェオレを飲み干す。
惚れた腫れたはともかく、心配している事を伝えなければ止まらないなら、伝えないと。
飛頼はそれだけを思った。
<了>
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