コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


【デートプランは乙女的に】


 なぜにこんな店に入ってしまったのか。
 草間・武彦は心の中の自分を正座させて、説教大会イン自分の中を繰り広げていた。
 かたわらで鼻歌まじりにアイスティーをかき混ぜているのは黒・冥月である。
 そう、始まりはこの女だった。彼女に安易な依頼をしてしまったがゆえにこんな――。

「草間のバカーッ!!」
 まさか女に殴られたことはないとは言わないが、元暗殺者の女に殴られてはたまらない。草間はきょとんとしつつも灰皿と自身の頬を冥月の拳の射程範囲から避難させた。対する冥月は真っ赤になったままぷるぷると震え、やがて真っ赤になった顔をごしごしこすると仁王立ちになって言い放った。
「この程度の仕事、仕事なんて言えないけど! ほ、ほう、報酬はキッチリもらうからね!」
「報酬!? 払うって言ったか、俺!?」
 とんでもない、と草間が首を振るのは当然である。どんなに金が入っても不思議と身につかない身上でだ。今喫っているタバコだって衣食住のすべてを削って購入したものだ。今回受けた以来の報酬もすでに右から左に消える予定になっている。そんな彼が報酬と名のつくような立派な代物を払えるはずがない。
「そのくらいは知っている」
 なぜか真っ赤になっていた冥月がようやく頬のほてりを鎮めて頷いた。
「なんでお前が地の文と会話してるんだよ!」
 思わず突っ込むが、彼女はそんな草間を無視してもうひとつ頷いた。
「お前に甲斐性と呼べるものがないことも知っている。そして、私には過去に稼いだ金がうなるほどある。おかげで暇だ。死ぬほど暇だ。そこでだ、草間。お前に東京案内を要求する。有名所はいい。長く暮らしてればお前しか知らない様な場所や行きつけの店があるだろう。エスコートして私を楽しませろ」
「なんだって俺がそんなこと……」
「子犬」
 冥月がひとこと言ったなり、草間は言葉を詰まらせた。彼女には怪異がらみの依頼を解決してもらった恩がある。それに、と草間は考えを巡らせた。彼女は何も無体を働こうとか、高額な報酬をむしり取ろうというわけではない。
「いいだろう。デートしようじゃないか」
 肚をくくって、草間は喫っていたマルボロを灰皿に押しつけた。
「で、デートッ!?」
 素頓狂な声をあげたのは冥月のほうである。
「ち、ちちち、ちがうわよ、草間! 私は観光案内を頼んだだけで、暇つぶしをしたいだけで、あんたとデートだなんて、そんなこと思ってなんか――」
「エスコートって言ったのはお前だろうが」
「い、言ったわよ。たしかに言ったわよ。だけど、エスコートっていうのは紳士が淑女を――」
「ああ。だから紳士らしくエスコートしてやるって。ほら、行くぞ。このままじゃ日が暮れる」
「待ちなさいよ、草間ッ!」


 一方の冥月である。彼女は彼女なりに緊張していた。
 別に女性らしい店に入ったことがないわけではない。だが、草間が冥月を連れてきたのはいかにも女性向けのかわいらしい喫茶店で、名物は小さなグラスパフェで、連れ立って来た女の子たちが先ほどから草間や冥月を指さしていて――とにかくそういう、これまでに草間が関わったことのなさそうな店なのである。
 シロップを投入したアイスティーをとことんまでかき混ぜながら、冥月はちらりと草間をうかがった。
 この暑いのにホットコーヒーを頼んだ彼は、外に向かったカウンターシートに座って冥月の視線に気づいたふうもなく、コーヒーにシロップとミルクを入れるかどうか、スプーン片手に悩んでいるようだった。
(ふうん、いつもこういう所へ女性を誘うんだ)
 いかにも慣れた感じが何となく面白くなくて、冥月はヒールで軽く草間のつま先を踏んでやった。
「いてっ! 何するんだ、暴力男!」
「私は女だ」
 カウンターシートに並んだ顔めがけて、今度は少し力を入れた裏拳をおみまいする。草間がおおげさにぎゃんぎゃん叫ぶのを見て、すっと胸のつかえが下りたような気がした。
(なんだ、私は嫉妬していたのか…………嫉妬?)
「し、してないからね、嫉妬なんて!」
「とつぜん何だ! 人の足踏んだり殴ったり、今度は嫉妬だあ?」
「してないって言っているでしょ! ほら、さっさとコーヒー飲んで。一日は短いんだから、さっさと次に行くわよ!」


 草間は冥月の求めるまま、東京中を歩きまわってくれた。
 喫茶店の次は小洒落たビルの屋上にある花畑、その次が川を臨むレストラン、川の傍らにある噴水で涼をとったあとは可愛らしいソフトクリームの販売車で舌鼓。全部が全部いかにも女性が喜びそうな場所で、そのすべての場所で草間は平気の平左を貫いていたが、一緒にいるうちに冥月にはその緊張や疲労が見えてきていた。
 ――最後に私のとっておきの店に案内してやる。
 そう言って乗った電車の中、冥月をかばって支柱に寄りかかる草間は相変わらず格好をつけているつもりのようだったが、冥月の目には疲れきった日曜日のお父さんにしか見えない。
「力を抜け、草間。とっておきと言っても、お前が疲れるような店じゃあない」
 片目をつぶって言った冥月に草間は少し目を開いて、すぐにほっとした色を浮かべて微笑った。


「――で、これのどこが疲れない店だって?」
「支払いは私がしてやる。その……本当に美味しいんだから気にせず楽しんで。ね?」
 薄暗がりに包まれたバーの店内には、ポツリポツリと光の落ちている個所があって、その中のひとつに冥月と草間はいた。草間は店に入った瞬間からぐったりとこうべを垂れていたが、支払いを冥月がすると聞いた瞬間に子犬のように――まさにあの子犬そっくりに――顔を上げてにやりとした。
「いいのか? 高価そうな店だが」
「いいって言ってるでしょ。ほら、乾杯」
 強引に鳴らしたグラスはチン、と軽い音をたてて、そのあまりの軽さに思わず冥月と草間は目を合わせて笑った。そこには一日を共にしたものどうしの気の置けない、濃密なやりとりがこもっている。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
 乾杯、ともう一度グラスを合わせてから草間は高価なワインを一気に呷った。
「ちょっと、雰囲気ないわね」
「そう言うなよ。うまいんだから」
 少しワインを含んで抗議した冥月に、にやりと草間は笑い返した。
(あ、その顔)
 心底安心して、満足しきった顔。格好つけの草間が誰にも見せないであろうその顔。
「ふん。元は取れた、といったところだな」
「うん? どういう意味だ、冥月」
「報酬は受け取ったって言ったのよ」
 小首をかしげた草間に飛び切りの笑顔を振り向け、冥月は草間の真似をしてワインを呷った。
 ワインは、確かにうまかった。


<おわり>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

NPC
【草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

二度目まして、黒様。ご依頼ありがとうございます。
前回の続きということで書かせて頂きましたがいかがだったでしょうか。
今回は草間が大変頑張ってくれました(笑)。
また、機会がございましたら頑張らせていただきたく思います。