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<東京怪談・PCゲームノベル>


LOST・EDEN セレナーデ、その調べの先に



 情けなさで、神木九郎の心はいっぱいだった。
(……よ、よりによって、女のほうに先に言われちまった……)
 落胆、である。
 格好悪い。
 だが……。
 前髪を掻き上げて、思う。
 自分に一体、何ができるのだろうか、と――。
(あいつの命と……その心を守るには、どうすればいい?)
 わからない。わからない。どうすればいいのか、わからない。
 それが当たり前だとはわかっていても……やはり、それでも、九郎は模索するしかなかった。方法を。



 一ヵ月後、夜のコンビニに出かけた九郎はふいに気配に気づいて振り向いた。
 薄い暗闇の中に、扇都古が佇んでいる。闇の中から見てくる彼女は薄い笑みを浮かべて、焦点の合わない瞳のまま軽く小首を傾げた。
「ぴったり一ヵ月後なんだけど、今、大丈夫かな?」
「…………」
 唖然、とした。やたらと彼女の気配が希薄なのだ。
 それは……まぁ、確かに退魔士という特殊な職業なのだから気配を消すなど彼女には容易なのだろうが……何か違和感をおぼえる。
 九郎は近づき、彼女をうかがった。
「目は大丈夫なのか?」
「ああ、平気平気。ほら、前の時も全然困ったように見えなかったでしょ?」
 相変わらず視線は合わないが、都古は本気でそう言っているようだ。
「……大丈夫じゃなかったら、手を引いていくが……」
「っ、あ……えと」
 困ったように都古が頬を赤らめて俯く。
「う、嬉しい申し出なんだけど……えっと、あの……」
「…………」
 自分が何を言ったのか気づいて九郎もつられて頬を赤らめた。
「あー……いや、大丈夫なら……いい」
 は、恥ずかしい……。なんだこの妙な空気は。
(ん? 間違いなくあの茶化しそうな悪霊が出てこないな)
 不思議になりつつ、九郎は都古が歩き出したのに倣って、それに続いた。
「扇さん」
「だーめ、都古って言ってよ」
「…………」
「言い難いのかぁ。残念」
 あははと明るく笑う都古に、九郎はおずおずと口を開く。
「俺になにが出来るんだ? 策は? 人質救出役でも、ウツミへの囮でも、なんでも来いなんだが」
「…………」
 彼女がちらり、とこちらを見てくる。視線が合ったような気がしたのは……気のせい?
「まあそれは、ウツミと対峙してからね」
「あ、でもな、ウツミを扇さんに取り憑かせて、俺に殺させるってのは無しな」
「…………」
「それ以外なら、それがどんな危険な手でも俺はそれに賭ける。だから、俺を使うことを躊躇うな」
「…………」
 見えない表情で、彼女がうっすらと笑う気配がした。だが笑い声はしない。
 ふいに彼女が口に開く。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「惚れた女のためなんだ。格好くらい、つけさせろよ」
 ぶっきらぼうに言ってのけると都古が驚愕したようにこちらを見てくる。
「……九郎は、私のことが好きなの?」
「あ、ああ! そうだ!」
 やや乱暴な口調になりながら、九郎は大きく頷く。なんでとぼけたような声なのか、腹が立ってくるではないか。
「うそでしょ?」
「あ、あのな! おまえに惚れてんだよ俺は。二度も言わすな!」
「…………」
 信じられないというような都古の気配。それでも彼女は歩くのをやめない。
「おまえに何かあったら、俺は正気でいられるかわからねぇ……だから、俺を守るためにも、生きろ」
「…………………………」
「ツクヨ」
 呼ぶと、彼女の雰囲気が妙なものになる。呼びかけに、あの精霊は応じてくれたのだろうか?
 だがまあいい。聞いてくれさえば、いい。
「おまえの思惑に乗ってやる……。だから、なにがなんでも都古を死なせるんじゃねえぞ」
「…………」
 都古の表情が、笑みに変わったのを九郎は見た。同時に彼女が悲痛に顔を歪めるのをすぐさま隠したのも。
「あのね……話しておかなくちゃ」
「ん?」
「…………この間も言ったけど」
 なにか言っただろうか? 不思議そうな九郎から視線を外して都古は続けた。
「ウツミは、私の兄ちゃんなんだよ」



 目的の場所は大きな公園だった。静まり返り、綺麗に整備されたそこには遊具らしい遊具はない。
 ひと気がないのは、都古か、ウツミの仕業だろう。九郎はいよいよの時に、先程聞いたことを思い出す。
(ウツミが都古の兄貴だと……?)
 一ヶ月前に会った時、聞き逃したのはこのことだったのか!
 都古が必死になって探すのも仕方ないことなのだろう。話によれば、弟が殺されそうになったというのだから。
 そして…………現れた。
 白いワンピース姿の幼女を連れた家族が。父、母、祖父、という……家族だ。
(どれがウツミだ……?)
 観察すれば、すぐにわかった。にこにこ笑っているのは幼女だけだ。あとの家族は陰鬱そうな雰囲気で、視線を伏せながら歩いてくるではないか。
 九郎は横に立つ都古に声をかけた。
「都古、大丈夫か?」
 大丈夫なのか?
 問いかけに、都古は小さく震える。そして、決意したように唇を軽く噛んでから言った。
「九郎の願いは叶う。ここに居てくれるだけでいいよ」
「ツクヨは? 何か言ってないのか?」
「オレ様はぁ……おまえとオツムの出来が違うんだよ」
 口調ががらっと変わり、不敵な様子で彼女が九郎を見上げる。
「まあ黙って見てな。都古は死なせないから。おまえの望みを、叶えてやる」



 都古の髪と瞳の色が瞬時に変わる。彼女が戦闘態勢に入ったのだ。
「久しぶりだなぁ、ウツミ」
 口調がツクヨだということに、ウツミは驚く。
「都古の兄貴だからって、オレは容赦しないぜ?」
「へぇ……そういうこと。都古が相手なら手強いと思ってたけど、おまえなら」
「そううまくいくかな?」
 薄ら笑いを浮かべるツクヨは腰に片手を当てる。
「今の都古はオレが全面的に動かしてるんだぜ?」
 ぎりっ、と音がした。少女の姿をしたウツミが歯軋りをしたのだ。
 ウツミが都古の連れを見遣る。
「ではそっちは……」
「ああ? おまえの気を逸らすためだ」
 種明かしをするようにツクヨがまた、わらう。
 だがウツミも笑った。
「そんなものに惑わされるものか。狙うのは……」
 人差し指で、彼女は都古を示す。
「おまえだけ……」
 そう。
「扇都古が相手でなければ、戦闘能力は著しく劣る。だろ、」
 言葉が続けられなかった。
 少女が驚きに目を見開く。
 彼女の胸元が、真っ赤に染まっていた。…………己の、血で。
「な、ん……?」
「おまえさー、ニンゲンってのをまぁだ理解してないのかよぉ?」
 ツクヨが嘲笑うかのように言ってのけた。
 ウツミの胸に、包丁が生えている。背後から、誰かが刺したのだ。
 それは……それは、ウツミが人質にとしていた家族の……父親だ。
 彼はがたがたと震えながらも、しっかりと包丁を握っている。刺し貫いている。涙を流しながら。
「ど、して……?」
「精神攻撃は、オレも得意だって忘れてたのかよ?」
 けらけらと笑うツクヨの言葉にウツミは、ゆっくりと顔を歪める。
「お、おのれ……おのれ!」
 悔しげに呻くウツミに、ツクヨはせせら笑う。
「可愛そうになぁ。おまえの宿主は愛されてたんだなぁ……。おまえは、いずれその身体を返すと脅してたんだろうけどな」
「ツクヨぉぉぉっ!」
 喉の奥から吐き出すような怒声に、ツクヨがケラケラと笑う。都古の顔で。姿で。
 ツクヨは最初から、少女の家族に、ウツミの今の肉体を殺させるつもりだったのだろう。
 醜く都古の顔を歪めながら、愉快そうにツクヨは笑う。高笑いをする。
「アハハハぁ! オレは最初っから、都古みてぇな正攻法でいくつもりはなかったんだよ。まんまと引っかかったな?
 オレの連れはあくまで囮……。本当は、おまえに気づかれないようにおまえの人質の心に入って揺さぶったんだよ」
「……お、のれ……」
 よろめいて膝をつく少女は、息苦しそうに何度も呼吸を繰り返す。だがそれを、彼女の人質である家族は助けない。ぼんやりと涙を流して見つめているだけだ。
 ツクヨは目を見開く。
「おっと。そこから逃がさないぜ」
「な、なんだ……?」
 ふらり、と都古の肉体がその場に座り込む。そしてウツミは絶叫をあげた。
 胸元をがりがりと掻き毟る。
 しばらくそういう動きを不気味に繰り返して、ばたりと倒れた。うつ伏せになっているので顔は見えないが……見ないほうがいいのが、ありありとわかる雰囲気だった。
 ふいに都古の肉体が動き出した。
「……ふー……。これで終わり、だ」



 九郎は呆然と成り行きを見守るしかなかった。ツクヨが何をしたのかわかったからだ。
 九郎を囮としてウツミに注目させつつも、ツクヨはウツミの人質たちの心を荒らし、殺すように仕向けた。
 そして、ウツミに逃げられないようにしてから……息の根を止めた。
 わかりやすい……出来事だった。呆気ないほどに。
 あれほど探していたウツミが、手強いウツミがこれほど簡単に死ぬなんて……。
「う、うわあああああ!」
 悲鳴をあげて泣き崩れる父親と、声を押し殺して泣いている母親と祖父。
 その光景を観察してからツクヨは九郎を振り返った。
「どうだ? 見事な手並みだったろ? 都古にはできない芸当だからなぁ」
「…………こんな……こんな遣り方を、都古が許容したのか?」
 信じられなかった。こんな残虐な遣り方を彼女が許したとは思えなかったからだ。
 ツクヨは愉快そうに笑う。腰に片手を当てて。
「そうだ。都古には時間がなかったんでね。割り切ってもらった」
「割り切った? 時間がない?」
「そう。たった今、この肉体の主導権はオレ、ツクヨのものとなった!」
 高笑いをあげるツクヨを前に、九郎は真っ青になる。
「おかしいと思わなかったのか? 都古よりもオレが表に出てくる頻度が増えてること……」
「…………」
「そぉいう契約だったンだよぉ! 最初っからな! あぁ、あの時、確かにウツミを止められなかったのをオレも後悔した。だけどな」
 だけど。
 妖艶に笑うツクヨは、都古の肉体を大切に抱きしめる。
「こいつは、あのクソババアに約束したんだ。一ヶ月に一度の自由の時間を得るために、ツクヨに乗っ取られてもいいってな!」
「なんだ、と……!」
「ハハハハハ! おまえの願いは叶った! ほぉら、扇都古は無事だ! ただ、中はオレだけどな!」
 高笑いだけが、何度もこだまするように響く――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 望みの代償は……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。