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<東京怪談ノベル(シングル)>


【イケメンは注意のしるし】


 ことの始まりは一件の書き込みだった。
 ――41だから夜歩きするな。
 そんな噂のある公園がある、という書き込みに三島・玲奈と瀬名・雫は顔を見合わせた。
 なんでも、神聖都学園付近の公園で女生徒がホームレスに襲われて直後に首つり自殺、犯人は何者かの圧力ですぐ釈放、という事件があったそうなのだが、それが“41の噂”に関係しているというのだ。
「41って何かしら?」
「さあ、よんじゅういち、フォーティワン……ねえ」
 玲奈と雫はそれぞれ首をかしげて考えこむ。一見心霊現象とは無関係の書き込みだが、そのキーワードに二人は妙なひっかかりを感じていた。首をひねる玲奈の横で、雫は決然と立ち上がった。
「あたし、調べてみる!」
「ええ!? 何かあったらどうするの、雫さん。それにあたし、バイトが……」
「うん。だから、あたしひとりで行ってくる。明日また会おうよ。そしたらあたし、玲奈ちゃんに報告するし!」
 言うなり雫は自分のバッグをひっつかんで立ち上がった。バイバイと大きく手を振る。
「……心配だなあ」
 玲奈はその元気に跳ねる後姿を見送って、小さくつぶやいた。


 翌日のことである。昨日に同じくネットカフェ・ゴーストネットオフにやってきた玲奈はうんざりと顔をしかめていた。
「それでねそれでね、すっごいイケメンに会ってね」
 話し相手の雫は現れた時から興奮しっぱなしである。
 なんでもあのあと公園に行ってみると“すっごいイケメン”が現れて雫を楽しませてくれたのだという。
 とろけきった雫に呆れたためいきをひとつ返すと玲奈は立ち上がった。
 そんな美男が現れるなんて、おかしいとは思わないのだろうか。それとも、それをおかしいと思えなくすることを含めて、なにかが進行しているというのだろうか。ともかくもこのまま雫をひとりで公園に向かわせることが良いこととは思えない。
「それじゃあ、雫さん。また明日」
 約束だけをすると、玲奈は雫を残して立ち上がった。少し自分でも調べてみよう、そう決心しながら。


 枕元に変な男が出てきてねえ、と警察官は語った。調査に向かった警察署でのことである。よほど暇だったのか、警察官は玲奈の求めるままに語ってくれた。
 なんでも女性襲撃事件の犯人は江戸時代の下層民の末裔で、彼の犯行後、支援団体を名乗るものから恫喝の電話が警察署に入ったらしい。そのうえ、電話を受けた刑事や関係者の枕元に和装の男が真夜中に立った。要するに、警察は怖くなって犯人を釈放したのだ。
 和装の男が枕元に立つ、その言葉で玲奈は事件がいわゆる心霊関係であることを確信し、そして、今まさにそれを目の当たりにしていた。
 公園に現れた雫の周囲で狐火がひとつ舞っている。雫はうれしげに、とろけきった笑顔を狐火に向けていた。答えるように狐火が雫のまわりを跳ねまわり、雫はさらに笑みを深くする。
 まるで耳なし芳一、そう考えて玲奈は慄然とした。
 41、よんじゅういち、フォーティーワン……芳一!
 考えはあまりにも中っているように思えた。ともかくも明日また雫と会い、事件を解決しなくては。


「ムリムリ! ぜったいムリ!」
 叫び声をあげたのは雫である。玲奈の目撃談と調査内容を聞き真っ青になっていた彼女は、今はこれ以上ないほどに顔を紅潮させていた。
「だって、耳なし芳一って坊主にならなきゃいけないんでしょ? 解決策はそれしかないかもしれないけど! このまま憑り殺されても困るけど! 坊主になるのはムリ! ぜったいイヤ!」
「でも、それじゃあ……」
「だいたい、あたしただの中学生だもん。そういうのに興味はあるけど! だけど、除霊なんてできないし不思議な力も使えないし……」
 徐々に言葉尻を小さくしたかと思うと、突然雫は玲奈に抱きついた。
「玲奈ちゃん! 一生のお願い! あたしの身代わりになって!」


 ええっと声をあげたものの雫の言い分は道理と言えば道理である。
 自慢の黒髪を雫の手によってきれいに剃られ、しかも般若心経を全身に書き込まれた玲奈は泣きだしたいのをこらえながら公園のベンチに座っていた。髪は女の命である。大事なんである。しかし、それより大事なのは雫の命だ。
 泣いたら般若心経が流れ落ちてしまう、と玲奈は涙をこらえて、頭に冠った鬘の位置を整えた。
 肌という肌に書き込んだ般若心経だが服と鬘には書きこんでいない。はたして霊はそれをどう判断するのか、震えながらも玲奈はよく待った。

 かつて、刑場は検非違使の管轄だった。しかし時代は下って仕事は貧困層が担うようになり、そこに癒着が生じた。今回の霊はおそらくその癒着を現代に持ち込んだのだろう、というのが雫の推理である。それが当たっているのか外れているのかはわからない。しかしどちらにしろ、そんな時代のことを現代にまで持ち込み、ホームレスをかばう霊の正義は時代錯誤である。
 怒りを自身の力と変える玲奈の前にその男は現れた。検非違使との雫の推理はあたっていたのであろうか、男は日本史の教科書で見る平安貴族のような恰好をしている。顔はずいぶん整っており、玲奈の目にもとても魅力的に映った。
(でも、これは霊なんだから)
 自身に言い聞かせることで、玲奈は今にも動き出しそうな自分の手を押さえつけた。

 男の霊はしばらくのあいだ、戸惑うように玲奈の周囲に視線をさまよわせていた。まるで誰かがそこにいるのはわかっているのだが、それがなぜだか見えないといったふうである。
 声を出さないように唇をかむ玲奈の前で、彼は何かを心に決めた様子で大きく手を広げた。抱きつかれる、そう思った刹那である。玲奈の霊剣・天狼がうなりをあげて男を突き刺した。ぎゃあ、と短い悲鳴を残して男は消え去った。


 あまりにもあっけない幕引きに玲奈は驚きつつも安心して大きく息をついた。ずっと息を詰めていたぶん、吸い込む空気がとても新鮮に思えてもう一度深呼吸をする。
「玲奈ちゃん!」
 声に振り替えると雫が満面の笑みでオッケーポーズをとりながら駆けてきていた。
「うん。もう大丈夫だよ!」
 応えて立ち上がりながら玲奈は鬘をとり――つるりと広がった触感に頭髪の貧困を悩んだ。


<おわり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16歳 / メイドサーバント:戦闘純文学者】

NPC
【瀬名・雫 / 女性 / 14歳 / 女子中学生兼ホームページ管理人】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、三島様。大変面白い題材をありがとうございます。
大好きな題材でしたので楽しんで書かせていただきました。
三島様にもお楽しみ頂ければ幸いです。
またのご依頼をお待ちしております。