コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


幕間、或いは徒然なる一日。


 その時ふと、上を見上げたのは全くの偶然だった。特に何かあったわけでもない、当たり前の昼下がり。強いて言うならば、三島・玲奈(みしま・れいな)がそのビルを見上げたのはきっと、不意に吹き抜けたビル風に煽られたからで。
 ふわり、舞い上がった制服のスカートを抑えながら、見上げた空にぽつりと1つ、黒い影。鳥でも飛んでいるのかと、のんびり思ったのはほんの一瞬の事。

「ちょ‥‥ッ!?」

 それが一体何なのか、わかった瞬間、玲奈は愕然と目を見開いてぐんぐんと近付いてくる黒い影を見つめた。鳥にも似たその影――それは、ビルの屋上から身を投げた人間だったのだ。
 冗談じゃない、と慌てて背中の翼を広げる。勢い、身につけていた制服がビリビリと破れてただの布切れになり、町中で突然あられもない姿になった少女を見た通行人がぎょっと目を剥いたが、構ってなどいられない。
 玲奈は力強く翼を動かすと、まっしぐらに、落ちてくる人影へと飛んで行った。ぎりぎり、危ないところでしっかりと人影を抱き止めて、勢い一緒に落ちかけたところを翼でフォローする。
 それは、サラリーマンらしきビジネススーツを着た男性だった。飛び降りた時に気を失ったのだろう、玲奈に抱き止められた男はぐったりと目を閉じ、何とか地上に降ろした後もしばらく、だらしなく四肢を投げ出していて。

「ちょっと、しっかりしなよ!」

 けれども、玲奈が男性の頬をはたきながら何度かそう呼びかけると、やがて男性は瞼を震わせ、意識を取り戻した。取り戻し、目の前にある玲奈の顔に、不審そうに眉をひそめた。
 だが次の瞬間、自分の身に起こったことに――ビルの屋上から身投げしたにも関わらず、助かってしまったことに気付いた男性は、ざぁっと顔色を青ざめさせる。

「あぁ‥‥ッ! なんで助かったんだ、もうおしまいだ‥‥ッ!」
「は? ちょっと、何があったの?」

 そうして両手で頭を抱え、悲痛の声を上げた男性に、今度は玲奈が不審に眉を潜めて問いかけた。そりゃあ助けたのはこっちの勝手だし、死にたがってる人間を助けて感謝される事もそうはなかろうが。
 何か事情があっての事ならば、それさえ解決すれば彼は死ななくていいわけだし、何より中途半端に聞いてしまったのでは何だか気になる。そう、尋ねた玲奈に男性が語ったところによれば、

「――野付半島?」
「あぁ」

 男性の口から出てきた地名を、復唱すると彼はこっくり頷いた。彼はそこで、仕事に使う顧客名簿が入っていた、大切なメモリを失くしてしまったのだという。
 ぽかん、と玲奈は口を開けた。

「なんでそんな所に、そんな大事なものを持っていったのさ」
「仕事だったんだ!」

 もっともな玲奈の指摘に、だが男性は必死の様子で反論した。
 ただ単なる私用だとか、個人の観光ならば彼とて、仕事で使うメモリを持っていったりはしない。けれどもその日は顧客の接待があって、そのためにその顧客の情報が入ったそのメモリがどうしても必要で。
 野付半島を観光する顧客につきあい、岬の縁を歩いていたら、突然の強風が吹き抜けて名簿の入ったメモリを浚っていった。もちろん慌てて拾おうとしたけれども、あっという間にメモリは海に消えてしまい、拾うことも出来なくなってしまったのだ。
 そこまで語るとまた男性は頭を抱え「もうおしまいだ」とうめき声を上げた。けれども玲奈の頭をよぎっていたのは、全く別のことだった。
 野付半島。そこは温暖化の影響で砂州が浸食され、現在では陸と海の境界線がすっかり曖昧になってしまっている、不思議な場所だ。
 とは言えそれだけならまだ、そこまで特筆するべき場所とも言えないし、玲奈の記憶にだって残りはしない。けれども野付半島には強い謬見力――例えば鳥取砂丘は日本最大であるというような世間に強い影響力を及ぼす誤解の念――が渦巻いているのだ。
 それが果たして、何を意味するのか。

「まかしといて、おじさん。そのメモリはあたしが見つけてきてあげるからさ」
「君が? 一体なぜ‥‥いや、それ以前に俺はおじさんじゃ‥‥」

 死のうとした割には微妙な所にこだわる男性を置き去りに、玲奈が向かったのは草間・零(くさま・れい)の所だった。
 突然現れた玲奈の姿に、零はぎょっと目を見開いて、それから遠慮なくその事実を指摘する。

「玲奈‥‥それ、なんて格好ですか?」
「ちょっと色々あってさ。服貸してよ」

 零の言葉に、玲奈は肩を竦めてそう言った。何しろ玲奈と来たら、男性を助けるために翼を広げたおかげで、制服がビリビリのままなのだ。もちろんそれで町中を移動するわけにも行かないので、男性からスーツの上着を拝借してはきたのだけれど。
 突然現れた知己がそんな格好をしていれば、零の驚きも理解できようと言うものだ。それでも特段何を言うわけでもなく、ため息を吐きながら手頃な服を放って寄越した零に、軽く礼を言ってまずはスーツの上着とビリビリになった制服を脱ぎ捨てた。
 そうして着替えながら、まるで世間話のような調子で、言う。

「ついでにさ。ちょっと捜し物、引き受けてよ」
「――捜し物?」
「うん。大事な大事な顧客名簿、失くしちゃって困ってるおじさんが居てさ」

 シャツのボタンを留めながらそういう玲奈に、零が軽く眉を寄せた。いつしか掃除をする手はすっかり止まっていて、使い込まれた風のソファに腰掛け、真剣に玲奈の話を聞く体勢になっている。
 そんな零の向かいに座り、身なりを整えた玲奈は今日出会った男性の事を語った。野付半島での出来事。失くなった顧客名簿。不自然な強風。
 玲奈には、あの男性の顧客名簿が失われた理由に、心当たりがあったのだ。なぜか大量の名前を欲しがる姑獲鳥という妖怪――今現在、玲奈たちが戦っている敵。
 顧客名簿というからには、たくさんの人間の名前がそこには記録されていただろう。だったら姑獲鳥にとってそのメモリは、文字通り、喉から手が出るほどに欲しいデータだったはずだ。
 だから。
 玲奈はそれを強く確信し、取り戻すのを手伝ってくれと零に依頼する。――ほぼ間違いなく、犯人は連中だ。





 とはいえさすがの玲奈も、単なる自分の予測だけで動くほど猪突猛進ではない。零に約束を取り付けた後、IO2の上司に打診して事態と、自分の予測を報告すると、正に野付半島沖で謬見力の高まりがある、という情報を聞かされた。
 ますます怪しい。これで怪しくないと思う人間が居るのなら見てみたいくらいである。
 ゆえに玲奈と零は2人、準備を整えて野付半島へとやってきた。半島の地形からして、捜し求めるメモリは潮流渦巻く湾内に浚われている筈だ。
 じっと、白い波頭をしばらく見ていた零が言った。

「魚の怨念を纏って潜ります」
「そのカッコで? 夏はやっぱ水着だよ」

 いつも通りの服装で一歩、半島のその先へと踏みだそうとした零を見て、玲奈はそう提案した。そうして鞄の中から取りだした鮮やかな、小さな布地のビキニをひらひらさせる。
 え、と零の唇が戸惑いの形になった。だがその間にもじりじりと夏の太陽は遮るものなど何もない半島を照らし続け、ビキニを挟んで向き合う2人の額にも玉のような汗が噴き出してくる。
 それからしばらくして、ドボン! と大きな水音が、野付半島に響いた。半島の上には脱ぎ散らかされ、或いはきちんと畳まれた服が2組。
 鮮やかなビキニに身を包み、2人の娘は霊力で辺りを探りながら、湾内のあちらこちらを魚のように泳いで回った。メモリ自体は酷く小さいものだから、それなりに発見するのに神経を使う。
 しばらくして、ようやく海底の岩場に引っかかった、小さな小さなメモリを発見して、玲奈と零は海中でほっと顔を見合わせた。あとはこのメモリを、あの男性に返せばいい。
 けれども、安堵にほんの少し気が緩んだ瞬間、それは現れた。

「な‥‥ッ!?」
「零、危ない!」

 不意に2人の娘を襲った、不定形のナニカにギクリと身を強ばらせた零を、とっさに水母へと身を変じた玲奈が巨大な傘の下にかばった。それを盾に、零が霊力で攻撃を仕掛ける。
 それを、何と表現すれば良いのだろう? 言い表す的確な言葉を見つけられないまま、海面へと逃れ出た玲奈と零の前に、巨大な翼を持つ怪鳥が現れた。
 姑獲鳥だ。

「なにゆえか」

 姑獲鳥が問う。脈絡のない唐突な言葉に、きょとん、と目を瞬かせた玲奈と零を見下ろし、なにゆえか、と姑獲鳥は同じ言葉を繰り返す。
 なにゆえか――なにゆえか。
 背後に、ゆらりと蠢く気配があった。はっと振り返る零と、姑獲鳥を警戒したまま視線を外せない玲奈を見比べ、姑獲鳥はほんの少し、目を細める。
 不定形の、不気味な存在。玲奈達を追いかけてきたそれと、姑獲鳥に前後を挟まれ、絶体絶命かと唇を噛む玲奈の耳に、じれるような姑獲鳥の声が響いた。

「国産み神話では女が先に誘った故に初子は不完全とされた。だが、女で何が悪いのだ?」
「‥‥ッ! それ、マジむかつく!」

 そうして届いた言葉に、思わず状況も忘れて玲奈は大きく、何度も頷く。頷き、脳裏にその物語を思い浮かべる。
 神話の時代、国を生むためにイザナギとイザナミは柱の周りをぐるりと巡り、交わった。だがそうして産まれた子・ヒルコ神は不完全で、その理由は妻が夫より先に声をかけ、誘ったからだという。
 ゆえにヒルコ神は流され、次いで夫から妻に声をかけて交わったことでようやく、丈夫な国が生まれたという――それはあまりにも有名な、国産みの神話。
 だが一体なぜ、女が先に声をかけてはいけなかったのか。それはまるで、女は男に従うべきと、格下なのだと言われているようで腹立たしいのだと姑獲鳥は怒り、同じ女として玲奈はその怒りに同調する。
 なにゆえに――なにゆえに。
 にぃ、と姑獲鳥が笑った、気がした。

「ならば娘、我らに組みせ。我らは国を産み直す為に神々の名前が必要なのだ」
「国を、産み直す‥‥?」

 ある意味では、とても自然な流れ。けれどもそこにふとした違和感を感じて、玲奈は姑獲鳥の言葉を繰り返した。繰り返し――はっと、気付いて背後のソレを振り返る。
 不定形の、ソレ。神話のヒルコ神は骨もなく、頼りない、ぐにゃぐにゃしたモノとしてイザナミに産み落とされ、不完全とされて海に流された。
 ならば、これは新たなヒルコ神なのか。姑獲鳥がよりにも寄って、謬見力渦巻くこの野付半島を選んだ理由は、その謬見力を利用して、干潟である新所の島からヒルコ神を生み出すためではないのか――そうしてもしかすれば今度こそソレを真実に、成り変えるためではないのか。

(なんてこと‥‥ッ!)

 事件の背後を知り、玲奈は愕然とした。姑獲鳥の怒りには今でももちろん同意しているけれども、ソレとこれとは話が別だ。国を産み直したあと、玲奈達が今生きているこの世界がどうなるか――あいにく、悪い想像しか出来ない。
 玲奈の眼差しに、姑獲鳥もまた交渉の決裂を悟ったようだ。ならば邪魔者は消すのみと、翼を広げて襲いかかる姑獲鳥に呼応するように、背後のヒルコ神も零へと襲いかかった。

「わわ‥‥ッ!?」
「く‥‥ッ、霊力が‥‥ッ!」

 何とか姑獲鳥の攻撃を避ける玲奈の背後で、零が悔しそうに歯噛みする。海中のメモリを探すために、思っていた以上に霊力を消耗していたのだ。
 こんな事ならもっとやり方を考えれば良かったと、後悔しても後の祭りだ。今はとにかくこいつらをやり過ごし、なんとしても逃げきらなければ――

「三島! 無事か!」

 そこに、思いも寄らぬ援軍が現れた。烏賊を背負った人型のロボ――IO2知床墓地に配備されているはずの、水中用ブラスナイトだ。
 ブラストナイト達は手に手に水中用機銃や魚雷、アンカー等を構え、姑獲鳥とヒルコ神に攻撃を開始した。恐らくはIO2の上司が、こうなるかもしれないと予測して手配していてくれたのだろう。
 少し離れた所にはその指揮を執る、恐らくは先ほどの声を上げた人物が居る。姑獲鳥との総力戦【晴嵐】の為に配備されているブラストナイト達にとっても、どうかすれば良い予行演習になったのかもしれない。
 野付半島に、怪音と奇声、爆撃と銃撃の音がにわかに響きわたった。やがてそれらが止んだ後には、そこにいたはずの姑獲鳥とヒルコ神はもはや、どこにも居ない。
 逃げられたか、呟いた指揮官が無言で玲奈に視線を向け、ブラストナイト達を引き上げ、去っていった。それをビキニ姿のまま玲奈と零は見送る。
 手の中には、海中から見つけだしたメモリ。少なくともこのメモリを取り返したことは、姑獲鳥の計画を幾らかでも阻止したに違いない。
 けれども、事件の背後が解ったにも関わらず、謎は深まったように感じられたのだった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢  /       職業        】
 7134   / 三島・玲奈 / 女  /  16  / メイドサーバント:戦闘純文学者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

なにやら壮大なお話の中のひとコマ、如何でしたでしょうか。
また、あちらでもお待ち下さっているとのこと、本当にありがとうございます(ぺこり
スケジュールにも書かせて頂いた通りの限定的な活動ですが、ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願いします。

ご発注者様のイメージ通りの、新しい始まりと幕引きを告げるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と