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総力戦【晴嵐】オホーツク血風偵察
眼下には、海原が広がっている。ひっきりなしに立つ浪頭を感慨もなく見下ろしながら、姑獲鳥達は語り合っていた。
そこに居る事を許されているのは、姑獲鳥の中でも特に力が強く、仲間内を纏めるものばかりだ。互いに互いを見交わしながら、姑獲鳥達が話題にしているのはパラムシル――占守島の事だった。
「蛭子も淡島も元はヤマトが貶めた我ら出雲の豊穣神じゃ」
1羽がそう、重々しく言ったのに、他の姑獲鳥が頷く。神話の時代、ヤマトの配下に置かれて神話自体を歪められた屈辱を、姑獲鳥達は忘れては居なかった。
不当な、言いがかりとも言える理由で不完全とされた蛭子、淡島。女神が生んだ初子にして、葦の仮舟によって海へと流された不遇の神。
占守島に目を付けたのは、とても簡単で、そうして重要な理由だった。占守島は日本列島に似ている。呪術にカタシロを用意するように、姿の似ているものは、通じて本体へと働きかける力を持つことがある。
だから。占守島を制圧して、それを雛形に日本を創造し直す。不当に扱われた神を、国を、本来の位置に押し戻す。
「この恥辱、血で購う!」
「オー‥‥ッ!!」
そう、遙かオホーツク海の上空で高らかに気炎を吹き上げる姑獲鳥達を、どこからか見つめる眼差しがあった。パソコンのモニタ上に流れる映像に、小さく嘆息し、視線を巡らせた女。
窓の外に広がるのは、さして変哲もない漁村だった。占守島の、一角。今まさに姑獲鳥達が占拠せんと狙い定めるその場所。
笑んでいるとも、呆れているともつかない表情で女は視線をまた、モニタへと戻した。姑獲鳥はまだ嘴を突き上げ、喉も張り裂けんばかりに叫んでいる。
購いを――購いを。不当に貶め、辱めた奴らに、血の購いを。
「‥‥男達は人類に随分無駄足を踏ませたわね」
不意に女がぽつりと呟いた。まるでそれが聞こえたかのように、モニタの中で1羽の姑獲鳥がぐるりと首を巡らせ、にたりと笑う。
姑獲鳥の嘴が、応えた。
「雌鶏のさえずりこそ正義じゃ」
◆
その知らせは一種の緊張感を持って、ブリーフィングルームに届けられた。IO2に幾つかある、ブリーフィングルームの1つ。先日、姑獲鳥と遭遇した三島・玲奈の報告を受けて、作戦をブリーフィングしている最中のことだ。
緊張感ただよう報告官が何事かを耳打ちし、報告を受けた上官が眉を潜める。そうしてほんのしばしの間、軽く目を閉じて何事かを考え込む表情になった後、決意の瞳で集った者達を見つめた。
「オホーツク海中央で偵察衛星が地図にない島を発見、直後に撃墜された」
その、揺らがぬ強い口調で告げられた新たな情報に、ざわりと周囲の空気が揺らぐ。それは茂枝・萌とて一瞬、息を飲まずにはいられなかったほどだ。
けれどもすでに心を決めているのだろう、上官は揺らがない。揺らがないまま、強い口調を保って作戦を告げる。
「真相究明の為、高高度から威力偵察を行う。成層圏プラットフォームを紋別沖に展開。情報傍受する。茂枝麾下の戦闘機隊は樺太方面で陽動せよ」
「はッ!!」
びしッ、と踵を揃えて立ち上がり、敬礼する人々を見つめて、けれども玲奈は複雑な表情になった。それは簡単に言えば、何も解らないからひとまず攻め込みながら様子を伺う、ということだ。
偵察衛星すら撃墜してみせる敵が、そうたやすく尻尾を見せるはずもない。ならばそこに突撃し、偵察せよと言われた部隊は、文字通り、敵地深奥を行く決死隊なのだ。
その一端を担うのが自分自身のもたらした報告だと思えば、楽しかろうはずもない。それどころかまるで、自分自身が彼らを死地に追いやったのではないか、とすら思えてくる。
準備は慌ただしく進められ、あっと言う間に千歳空港からは、離陸準備を整えた玲奈号が蒼空に向かって飛び立っていった。早朝、澄み切った青空。見遙かせばどこまででも見渡せそうな、透明な空気。
こんな気持ちの良い朝に、玲奈の目の前では自らの分身でもある玲奈号が成層圏プラットホーム役を勤めるために飛び立っていき、その周りには無数の空軍機が集結しているのだ。それはなんだか皮肉でもあって、同時に言いようのない不安を玲奈の胸にもたらした。
(玲奈号に何かあったら――)
自らの分身たるあの船に万一のことがあれば、死地を行けと命じられた部隊の皆は、玲奈号の周りを飛ぶ空軍機は、陽動に当たる萌麾下の戦闘機部隊は無駄死にだ。玲奈の報告が作戦を決め、玲奈によって作戦の成否が決まるのだ。
そう思えばさすがの玲奈とて、楽観的な気持ちではいられない。自然、強ばった表情で小さくなっていく玲奈号を見守る彼女の肩を、ポン、と当の萌が叩いた。
「肩の力抜けよ」
笑って目の前に差し出されたのは、淹れたての紅茶。鼻腔をくすぐるアールグレイの香りが、脳に突き抜けていく。
ありがと、とぎこちなく玲奈は受け取り、礼を言った。温かな紅茶は強ばった心をほんの少し溶かした気がするけれど、味は良く解らなかった。
◆
樺太上空に、天の字に似た純白のジェット複葉戦闘機ツアウンケーニヒ2機が舞った。その様はまるで優雅に空を楽しんでいるようでもあり、同時に激しく空を蹂躙しているようでもある。
そこには異様な光景が広がっていた。否、もはや何を異様と呼べばいいのか解らないような光景が広がっていた。
全長3百メートルの、触手を持つクリオネ妖怪。水族館で水槽の中をのぞき込んだ時は愛らしくすら感じるのに、ただ同じ姿が全長300メートルに引き延ばされというだけで、これほどにおぞましさを感じさせるものだろうか。
その、巨大な触手を駆使してツアウンケーニヒを叩き落とそうとするクリオネ妖怪を、守るのはカグツチと呼ばれる、高速で空を飛び火を吐く飛龍だ。それも1頭だけではない、実に10頭ものカグツチが群を組んで常にクリオネ妖怪を護衛しているのである。
数だけで語るなら、それでも苦戦する相手ではなかった――というのは、誇張だろうか。けれども今、玲奈機が圧されているのは決して彼我の戦力の差ではなく、ただ純粋に、驚くばかりに統率されたカグツチ達の連携に寄るものだった。
幾度も危ういところをかわしながら、少しずつ、だが確実にカグツチに翻弄されていく玲奈機。それを操る玲奈の胸にも、次第に消しきれない焦燥が、後から後から止めどもなく湧いてくる。
この事態をもたらしたのは彼女だ。IO2の上司に報告をもたらし、それによって今回の作戦は立案された。急に起こった緊急事態にも、戦略の要として用いられているのは自らの分身たる玲奈号。
もっとしっかりしなければ――思えば思うほど、操縦桿を握る手が焦りに滑る。何度も何度も握り直し、モニタを、計器を、目まぐるしく移る戦場を把握しようと必死に目を見開く。
不意に、目の前に滑り込んでくる機体があった。あのマークは萌機だ。縦横無尽に動くクリオネ妖怪の触手を舞うように避けながら、玲奈機の目の前へと姿を現す。
通信を受け取った、スピーカーが萌の声を紡いだ。
「この機体の創造主はアンタ、玲奈号だろ。しっかりしな」
そう、言い残して飛び去っていく萌機の後を追うように、カグツチが空を滑り、クリオネ妖怪の触手がうねる。それをかわしながら飛んでいき、小さくなる萌機を見送って――玲奈は呆然と、目を見開いた。
(この機体の創造主は、私‥‥ッ)
自分自身で思ったことだ。すべての作戦の要は玲奈の分身である玲奈号である。だからすべては自分にかかっているのだと、皆を無駄死にさせたらどうしようと、そればかりを思っていて。
けれども、皆を無駄死にさせるのが自分なら、皆を生かすのも自分だ。そう‥‥全てこの、玲奈の手中にあるのだ。
「落ち着け私!」
知らず、玲奈は狭いコックピットの中で自らを叱咤していた。すべてはこの手の中にある。すべてを、玲奈は握っている。
萌はそのことを思い出させるべく、わざわざやってきてくれたのだろう。通信で繋がっている現実では、いかに広大な空域を戦場にしようともわざわざ目の前まで近付いてくる意味はない。けれども自分自身が撃墜されるかもしれない危険を冒して来てくれた、その気持ちが嬉しかった。
萌機が消えていった空域に、ちらり、感謝の眼差しをむける。そうしてすぅ、と大きく息を吸って、吐く。
3度、それを繰り返すうちに玲奈は、機体を自らの身体のごとく掌握していた。己が何をなすべきか、そうすれば見えてくる。
遠くからトンボを切って、萌機が戻ってくるのが見えた。そのコクピットにまるで、萌がにっと笑った様子すら見えた気がして、想像の中の萌に強気に笑い返す。
スピーカーが、萌の言葉を伝えた。
「行くぜ、十拳剣!」
「イザナギの裁きを!」
そう、叫ぶや否や巨大な神剣を発射した萌機に、呼応して玲奈機も敵の内懐へ、躊躇うことなくまっすぐ飛び込んだ。もはや、自分に何かあれば皆が無駄死にするなんて弱気な考えは、玲奈の中のどこにも残ってはいない。
双方向からの攻撃を受けて、クリオネ妖怪が一瞬、びくりと身体を強ばらせた。そうして次の瞬間、辺り一帯の雲を吹き飛ばすほどの大爆発が、その巨体を吹き飛ばす。
辛くも、だが確実な勝利に思わず、玲奈はコックピットで歓声を上げた。スピーカーからも萌の歓声が聞こえてくる。
「あぁ、疲れた〜〜ッ!」
そうしてどちらからともなく、笑みを含んだ声でそう言い合った玲奈達に、割り込むように本部からの無線が入った。何事かと繋いだ2人に、等しくその情報はもたらされる。
彼女達のおかげで、最小の被害で占守島の航空写真を入手することに成功した事。そうして今回の戦いの勝利を祝して、祝勝会が彼女達の帰還を待っている事。
オホーツク海の上空に、三度、少女達の歓声が響きわたった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
7134 / 三島・玲奈 / 女 / 16 / メイドサーバント:戦闘純文学者
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
なにやらますます壮大になっていくお話ですが、如何でしたでしょうか。
こちらの世界観は好きだと、色んな方から伺うような気がします。
連動シナリオ、応援しか出来ませんが、頑張ってくださいませ(笑
ご発注者様のイメージ通りの、お嬢様の心情の揺らぎが見えるノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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