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【マウンドという舞台】
●オープニング
「ワンナウトー!」
返る声はない。それでもピッチャーは叫ぶ。
「ツーアウトー!」
メロイックサインを掲げてピッチャーは叫ぶ。
「先頭切ってくぞー!」
ただ一人、背負った一番の数字を誇るように。ピッチャーは叫ぶ。
「どうしてこんな依頼ばかり来るんだか」
ぶつくさと煙草をくわえた口を曲げるのは草間興信所所長・草間武彦である。
「都内の高校に幽霊が出るんだそうだ。いわゆる、学校の七不思議ってやつだな。
学校から離れたところに第二グラウンドってのがあるそうで――」
ずいぶん投げやりな態度で草間はそれでも生真面目に説明を始めた。
数年前、甲子園出場を間近に控えたその学校に南というピッチャーがいた。
南は技巧派の左腕で、前評判は上々だった。
しかし、彼は出場決定直後に交通事故に遭って死亡。
以来、第二グラウンドに南は霊となって現れ、ひとりで試合を続けているのだという。
「学校関係者がずいぶん気味悪がっていてな。
なんでもいいから浄霊してくれとのお達しだ。
心残りやら事情やらが知りたいなら霊本人から聞いてくれ。俺は関わりたくない」
ずいぶんな言葉を口にしながらも草間の目は悼みをはらんでいた。
「健闘を祈っているぞ」
●
「健闘を祈るな」
すげない言葉でバッサリ切って黒・冥月は草間・武彦の額に手刀を入れた。
「そんな下らない仕事、その辺の三流祓い屋にでもやらせておけ」
「まあ、そう言わずに。健闘を祈らせてくれよ」
どこぞの商人かと見まごう揉み手で草間が冥月の顔色をうかがう。
「お前の能力があれば、ちゃっと、パッとだな。こう、いい感じに行けるだろ?」
「そもそも私の能力は物理的なものだ。体のない霊には有効じゃない」
そう言うと、冥月は宙空に指を伸べた。草間興信所内のそこここに落ちていた薄灰色の影が持ち上がって細く長い形を作る。先端が太く、反対の端がほそいそれは冥月が握ったとたんに一振りのバットとなった。
「霊的能力付きのバットだ。これで霊を殴ってお前が除霊してこい」
「いやいや、除霊じゃなくて浄霊をだな」
「細かいことはどうでもいい。ともかく、私に仕事をさせたいならそれなりの価値のある仕事を持ってこい。この能力だって、タダじゃ……」
「わかったよ。それじゃ、あの娘とかあの娘とかこの娘とかに頼むよ」
嫌にあっさり頷いて草間は携帯電話を取り出した。逆に表情がこわばったのは冥月のほうである。
「ま、あの娘にあの娘に、この娘……だと?」
「そうそう。俺の知り合いの退魔師で、腕もよければ顔もよし、性格もよしで三拍子――うぐおッ!」
草間の脳天に落っことした拳を震わせながら、冥月はがばっと立ち上がった。
「草間……覚えておけよ……」
「なんだよ、その呪いの言葉は!」
「その仕事、引き受けてやると言っているんだ。さあ、問題の学校まで私を案内しろ! 今すぐ!!」
●
さて、と冥月は問題の霊を眺めながら腕組みをした。
影での攻撃は霊には効きにくい。手段はなくもないが特に悪さをする霊でもなし、草間も除霊ではなく浄霊を希望している。ここは要求を呑んで安らかに成仏させてやるべきだろう。
霊は忙しそうにマウンド上で動き回っていた。
「三塁で刺す!」
叫んでボールを投げる。ボールはあやまたず三塁ベース上に到達し、不思議なことにそこでふっと消えた。
「やっぱり野球がしたいんだろうな」
冥月に強制連行された草間がベンチシートにだらしなく座りながら言った。
「だが、あの南とやらを加えても三人だぞ。野球は九人いなければできないだろう」
「相手チームも必要となると十八人だな。だが、知ってるか。打席勝負ってもんがある。三打席とか決めておいて、その範囲内で勝負をするんだ。それなら最低二人からで出来るだろ」
「そうか。ならこれでホームラン打って大会を終わらせてやれ」
と、冥月は再びバットを差し出した。
「まあ、待て。そうなると、一人余ると思わないか?」
「だからなんだ?」
にやにやとたちの悪い笑みを浮かべながら草間はベンチシートの陰からスポーツバッグを取り出した。
●
「で、で、できるかーッ!」
びらん、と効果音がしそうな衣装をひろげられて、冥月は真っ赤になって叫んだ。
「いいか、冥月。できるできないじゃない。甲子園と言えば応援団、応援団と言えば甲子園なんだ」
クソ真面目に語る草間が持っているのはチアガールの衣装一式である。
「ば、バカなことを。そんな理屈が通るか!」
「理屈を知らんのはお前のほうだ。それとも――」
と、草間は男子用の詰襟をひろげて見せた。
「こっち着るか?」
「私は男じゃないッ!」
お約束の鉄拳制裁を一発、冥月はチアガールの衣装を草間の手から奪い取った。
●
「かっせーかせかせ、かせかせ草間っ!」
深夜のグラウンドに冥月の声が響きわたる。
あまりの光景に草間は打席に立ったまま、咥えていた煙草をポロリと落とした。
「かせかせ草間! かせかせ草間ぁっ!」
叫ぶ冥月のほうはほとんどやけっぱちである。草間の用意した衣装は冥月の体よりもワンサイズ小さくて、おかげで胸元がはちきれそうになっている。足を振り上げるたび、金色のポンポンを掲げるたびにちらちらとへそや太ももが見え隠れする様は、ある意味扇情的であった。
「何やってる、草間ッ!」
思わずボケッと見入っていた草間を怒鳴りつけ、冥月はさらに声を張り上げた。
「うちとれ、南! 引っ張れ、草間! 行け行け、草間ッ!」
ピッチャー・南への応援がじゃっかんおざなりなのはご愛嬌だろう。
咳払いをして草間は打席に立った。
ピッチャー・南の霊はうすら暗い雰囲気を背負って、まっすぐに草間を睨んでいる。
背後からは冥月の応援の声。
一球目。
「これで打たなきゃ――」
「いまだ草間ッ!」
「男じゃないだろッ!」
山なりの軌跡を描いて飛びこんできたチェンジアップを草間のバットはきれいにとらえ、グラウンドの遠く、草木の生い茂る場外まで運んで行った。
――ありがとうございました!
マウンド上で霊は帽子をとってぺこりと坊主頭をさらすと、満足そうに微笑みながら消えていった。
●
「生まれかわっても優勝目指せよ」
小さく呟くと、冥月は草間へ指示するために掲げていたポンポンを下ろした。
あの瞬間、チェンジアップが飛んできた瞬間、思わず叫んでしまった。その衝動がなんなのかを冥月は知らない。知らないが悪くない感覚だったと笑みこぼして――彼女は草間に向き直った。
「さて」
「おう。仕事完了だな」
「まだだ草間。あの娘とあの娘とあの娘とこの娘について、吐いてもらうわよ」
「って、待て! 一人増えてる!」
「往生際が悪いわよ、草間。さあ、吐きなさい」
「吐くも何もあれは――」
「こんな恰好までさせておいて」
わなわなと腕を振るわせて冥月は本日最大級の大声を張り上げた。
「何もないと思ってんじゃないわよっ!!」
ようやく熱気が静まったかに見えた第二グラウンドは、草間の悲鳴を皮切りに新たな熱気に包まれようとしていた。
<おわり>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
NPC
【草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、黒様。応援お疲れ様です(笑)
楽しいプレイングをありがとうございました。
またのご用命をお待ちしております。
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