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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇紫陽花祭◇第二話


『だぁれ? こんなところで寝てたら風邪ひくよ?』

 声が聞こえる……。髪を顔の両側へ垂らした制服の少女を、見た気がする。

 満月の下、そこは夜の光る草原。
「みなさん、大丈夫ですか?」
 昏倒から目覚めた石神・アリスは、服から草を払いながら頭を上げる。少し目眩がする程度で立つことは可能だ。頬をかすめる風は湿って夜露を含んでいる。
「……っ。なんとか、無事です」
 阿倍野・サソウは額を片手で押さえながら、放り出された自分の鞄を確かめる。幸い商売道具は一つも壊れていない。
 周りを見ていた橘・銀華は、ようやく意識を取り戻した二人へ話しかける。
「おい。さっき、誰かいなかったか?」
「声を聞いたと思いましたが……。いないようですね」
 アリスは目を細め、草原の向こうで広がる町の灯りを発見した。三人を照らしている月が原始の距離であるかのごとく大きい。
 長身の体をようやく草原から離し、曲がったリボンタイを直していたサソウが、訝しげな表情で深呼吸した。
「ここ、何処なんでしょう? 酒蔵前ではなさそうですが」
「……月影が起こって、それほど時間は経っていないと思います」
「おい、心矢だ! こっちで倒れてるぞ!」
 銀華の呼ぶ声でアリスとサソウが走り寄ると、八神・心矢がうつ伏せで草に埋もれていた。月の光が白々と照らし、折れてなびく青草の上、静電気のような小さな火花が見える。
「まさか、死んでんじゃねぇだろうな?」
「滅多なこと言うなよ」
「息はあるみたいです」
 アリスは片膝を着いて、白すぎる彼の頬を手の甲で触れた。すると、閉じられていた瞼が持ち上がり大きく身じろぎする。
「怪我はありませんか?」
「……こ、こは?」
「不明ですが、“月影”が起こる前の場所とは違うようですの」
 彼女の返事で心矢はゆっくり身を起こした。まだふらついているようだが、一通り見渡し、神社の灯籠らしき光りを指差す。
「あれは、神社の灯りではないでしょうか? 方角からして、ここは酒蔵の近くみたいです」
 この場所は、神社周辺の西側であろうかと思われた。
「結局、月影ってのは? ちいと場所が移動しただけなのか?」
「俺にも分かりません」
 ジーンズの土を落とす青年に、銀華は縫い止めるかの鋭い視線を浴びせている。
「おい、心矢。おまえ酒蔵まで何しに行ったんだ?」
「……現れるかもしれないと、思ったのです」
「学者が消えたから、兄貴が現れるかもって? ……さて、おまえの兄貴ってのは、本当にいたのか? まるで最初からいなかったかのようじゃねぇか?」
「兄はいました。思い出の品、すべてなくなっていたとしても、俺には記憶があります」
「そのハンパな記憶ってのは、ホントの本当なのかよ?」
 銀華の追及で険悪な空気が立ち込めた。
 心矢の“兄”という存在は、複雑な感情を持たせている……。もしかすると、彼自身も。
 アリスは隣で腕を組んで傍観していた。彼女も考えるところがあるようだ。
 しかし、詰め寄ろうとするのを見かねたサソウは銀華を制止する。
「今は現状を把握する方が優先だと思います。我々が置かれている状況と、これから起こるであろうことを調べる必要があるのでは?」
 彼の記憶が鍵かもしれない。だが、今は『何が起こっているのか』を知ることが先決だ。
「俺はおかしいって、そう思っただけだぜ?」
「何が真実であるか、この場で確信するのは危険だ」
 何年も顔を合わせることなく、偶然の再会。それでも、肩を組んで懐かしがるような間柄ではないらしい。
 睨み合う二人を放置して、アリスは心矢に提案していた。
「八神さん。まずは神社まで行ってみませんか? 異変のことも気がかりですし」
「そう、ですね。一度、家に連絡を入れさせてください」
 心矢は後ろポケットから携帯電話を取り出し発信ボタンを押した。しかし、本体は無音。壊れている訳ではないようだが……。
「繋がらないですか?」
「後でいいです。行きましょう」
 歩き始めた心矢とアリスの背後、銀華の怒声がぶち当たる。
「おいおい、お二人さんよぉ! 何処行くつもりだ?」
「こんなところでケンカしていても解決しませんもの」
「ちょっと、待てって! 神社だろ? 俺も行くぜ。神サンのこともあるからな」
 アリスは金色の目を冷たく輝かせたが、反対しなかった。そのまま、少し離れた所で立つサソウへ顔を向ける。
「サソウさんはどうされます?」
「僕は酒蔵を探ります。まだ何か残っているかもしれません」

 分かれた者たちがその場を離れ、再び虫の鳴く声が戻ってくる。と、伸び始めた薄(すすき)の間、白い獣が一匹、霞んで消えていった。

◇◇◇◇◇

 距離感の掴めない夜道を歩く三人は、神社の灯籠を目指して黙々と進んでいく。足裏がようやく土草の感触からアスファルトへ移り、心もとない外灯が辛うじて道を照らしていた。
 登っていたはずの月は見当たらない。雲に隠れたのかと見上げたが、ただ、満天の星が降ってきそうなだけ……。
 後ろを振り向けば、銀華が大あくびをしながら付いて来ている。

 よくよく緊張感がないひとね。

 アリスは小さく頭を振り、それから、横を歩く心矢をこっそり観察した。
 彼は落ち着いている。苛立ちや焦りさえ微塵も感じさせない。
 “月影”を知っていて、何度か同じことがあった、とか?
「どうかしましたか?」
「……いいえ。別に」
 彼の“記憶”は途切れて肝心な所が抜け落ちていた。引き出す術を自分は持っているものの、信用してくれている手前、最初に会った時よりも迷いが生じている。

 迷う? いいえ。“魔眼”を実行すべきよ。それが解決の糸口になるのであれば。

「ここからだと、旧道を使って社殿へ向かう方が早いです」
「旧道? 階段は一つしかないと思っていましたわ」
「あの階段は参拝者のため作られたもので、神社関係者は別の道を使っていました」
 当たり前の振る舞いで、ほとんど藪と見分けが付かない登り道を案内される。
 一歩進めば、濃厚な闇まで全身が包まれ、己の手足さえいずこにあるのか分からなくなっていた。危うく階段を踏み外しかけた時、心矢が手を取ってアリスの体を支える。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。夜目は利く方なんですけど」
 心矢は携帯電話を出してライトを点けた。
「……橘さんは?」
 銀華の姿はなかった。傾斜のある細道、幅の狭い石段が組まれた場所なので追い越されたようすはない。
「引き返した……とは思えませんわね」
 お互いの輪郭が分かる程度の暗さの中、探すのは困難だった。あと少しで境内へ辿り着ける距離まで来ていたので、二人は最後の段まで登り切る。
 境内は深閑として、和紙の貼られた灯籠の内側で火が揺らめいている。
 目を凝らせば、辺り一面、青い顔のようなものが取り囲んでいた。
 アリスと心矢は数秒間言葉を失う……。雨上がりの空気に打たれている正体は、紫陽花だった。
「境内の紫陽花は、枯れかけていたはずですのに」
 耳を澄ませば、社殿の内側から微かな笛の音が聞こえてくる。
「……龍笛……」
「りゅう、てき?」
「雅楽で使われる横笛で、竜の鳴き声を模した音色だと言われています。神楽でも馴染みの笛です」
 神楽を舞うこともある心矢の耳へ、覚えのある響きが伝わってきたようだ。

 ならば、そこには何者かがいるということ。

◇◇◇◇◇

 丘の上は象牙の光りで照らされて、たった一つだけの酒蔵は、雪で出来ていると見紛う柔らかな白さだ。
 恐ろしく思えるほど大きな月は、まるで、夜空に穴が開いたようである。
 サソウはやや深めの草を踏みながら、白い人工物まで近づいた。
「ここまで明るいと星も見えないな」
 さざめく草が水面と似て、風の吹くまま波紋を作り出している。
「わたくしは申し上げたはずです。お戻りなさい。そして、忘れるように」
 蔵の方向から落胆を隠せない声が流れてきた。一度目にした観世水の女が一人。
「よかった。やはりここでしたか。どうしても、聞いておきたいことがありまして」
「…………」
「あなたは、どうして二つの世界を行き来しているのでしょう? 目的があってのことだと思ったのですが……」
 ここが“違う場所”なのだと、構成されている“香り”で分かっていた。似ているが、まるで違う。
「似て異なる世界が、紙の裏表のように存在しているとしたら? 二年先に進んでいるのがこの“月影”。同じ道を辿るか、違う道を選ぶかは……やはり、人間次第なのでございます」
「では、その【人間】とは僕たち、それとも心矢くんのことでしょうか? 彼とあなたは面識がある。そして、彼の言う幾つかの証言は、事実と異なっているのでは?」
 質問しても答えが返ってくる保証などない。が、思いがけず狢菊はサソウまで近づいてきた。
「あなたは、心矢様のご友人?」
「友達になりました。人捜しの手伝いをしています。彼と会った学者が一人、失踪して……」
 琥珀の瞳が上目遣いで正視してくる。間近に見る狢菊の容貌は、中東の血を連想させた。
 話すことを一瞬忘れかけたサソウの前で、彼女は袂(たもと)に入れていたものを差し出す。
「献上いたします。お取りくださいませ」
 整った指が開かれ、勾玉が一つのせられていた。硝子光沢であり条痕白色、月長石(ムーンストーン)だと思われる。
「酒蔵は異なる世界を繋いでいる、わたくしの卒塔婆(そとば)。“マガリタマ”は扉を半分だけ開く力を持っています」
「僕がいただいてもいいのでしょうか?」
「サソウ様はきっと心矢様を救ってくださる。わたくしは信じます」
 言ってから狢菊は初めて微笑する。
 手渡された石は温かく、仄かに、月の香りがした。

◇◇◇◇◇

「さっきから全然進んでる気がしねぇな」
 銀華はずっと一人で歩き続けていた。前を歩いていたアリスと心矢の姿もなく、延々階段を登り続けるのも段々飽きてきた。
「迷ったか? いや、一本道だったが……狐にでもつままれているようだな」
 視界が墨一色だ。両脇は塞がれて乾いた草の感触があるだけ。
 前方を捕らえようとしたが、どう足掻いても目隠し状態だった。
「…………?」
 ふと、右手の甲へ視線を落とす。何処から飛んできたのか瑠璃小灰蝶(ルリシジミ)が留まっていた。
「蝶か、闇の中どうやって飛んできたんだ?」
 白銀の羽が擦り合わせて、その蝶だけがはっきり見える。
“銀華。話しておきたいことがある”
 羽を開いた小さきものは、その身と同じぐらいの声で囁いた。
“ここは異なる世界。容易に帰ることは出来ぬ。だが、よく聞け、『月影』は二人の巫女が守っている。会えば力を貸してくれるだろう”
 銀華は別段驚く風もなく、蝶の言葉を耳へ刻む。鈴と雨音を含む声は、確かに八伏神社の水神のものであったからだ。
「神サンは全部を知ってんだな。けど、いいぜ。どんなことが起こっても、俺は驚いたりしない」
 八伏と八神家には古い連鎖がある。ようやく、断ち切る時が来たのだろう。自分がその刃(やいば)となれるならば本望だ。銀華は曇りなくそう思っていた。
“銀華よ。もうすぐ社だ”
 従えば、ぽつりと灯りが現れる。草原から見えていた灯籠だ。階段の途切れ目は堺を示す古びた鳥居が立っていた。
“……許しておくれ”
 瑠璃小灰蝶は光りの粒となり去っていった。

◇◇◇◇◇

 着流し男が鳥居を過ぎれば、神社の境内で見た顔ぶれが集まっている。
「もしかしなくても俺が一番最後か」
 唇を尖らせた銀華を、到着していたサソウとアリスはあきれた表情で迎える。
「寄り道していたのか?」
「急にいなくなったので驚きましたわ」
 二人ともまったく心配していなかったようすなので、いっそ清々しいぐらいである。
 それに比べ、沈んだ雰囲気なのは心矢と狢菊だ。お互い視線を合わせず戸惑っていた。
「なんかあったのか?」
 アリスは肩を竦めてから長い髪を耳の後ろへかける。強ばった二人を横目、小声で告げた。
「狢菊さんは協力してくださるのですが……。八神さん、覚えていないので」
 約束を果たすため、彼女はずっと彼が来るのを待っていたのだと。
 しかし、なぜか心矢は元いた世界で狢菊を無意識に避けていたらしい。
「人間の記憶はとても曖昧なものです。多くは自分を守るためですが、変化してしまうことも」
 サソウの呟きで、アリスは睫を瞬かせた。
「方法はあります。ですが……」
「記憶を取り戻す方法ですか?」
「なんだよ、なら手っ取り早くパパッとやっちまえばいいじゃねぇか」
「難しいお話をしてるんだね」
「いや、難しくはないだろうよ。ぼさっと突っ立ってても、始まりも終わりも来やしねぇ」
「はじまりもおわりも。ふふ、面白い言い回し」
 はた、と気づけば、三人の円陣へ誰かが加わっていた。
 見れば、ポニーテールの少女がにこにこしながら立っている。年の頃は十二、三。夏用のセーラー服に赤いタイを通し、紺色の靴下を履いて……。
「なんだ! やっぱりいたんじゃねーかよ!」
 現れた少女は大声を叱る仕草で、人差し指を立て『しぃ』と言った。
「ここの神様は凄く耳がいいの。それにとてもイジワル。だから、これを持ってきたんだ」
 スカートのポケットから出てきたのは、二個の“勾玉”だ。一つずつ、銀華とアリスへ手渡す。それから、サソウには満面の笑みを送った。
「あなたは大丈夫だね。蔵の守人と会ったみたいだし」
「……何者です? どうしてこれを持っているのですか?」
「アコだよ。この神社で住んでるの。まあ、いわゆる奉仕活動中かな? うん。全員が違う場所から来た。そうだよね?」
 アコと名乗った少女は体を反転させ、狢菊を振り返った。守人は両膝を折り玉砂利の上で叩頭する。
「……お久しぶりです」
「それ止めようよ。アコ、ただの雇われ巫女だもん」
 駆け寄って狢菊を立たせると、アコは異世界から来た四人を黒い瞳でじっと見入った。
 心矢はようやく重い口を開きアコに問う。
「ここは八伏神社ではないのですか?」
「七星稲荷神社だけど。……お兄さんは、なんだか、兄さまと似てるかも」
「“にいさま”? もしかして……その方は学者ではないですか?」
「そうだよ。色んなこと知ってるの。この町の歴史とかも」
 アコは答えながら本殿を斜眼していた。思えば彼女は最初からずっと、辺りのようすを気にしていた。
 そうして、ついに、社から生木を裂くような音が聞こえて忿怒で満ちた呻りが響く。白い冷気が廊下を這い、階段を滴り、玉砂利まで流れ伝ってきた。
“アコ、おまえ、誰と話してイル?”
 あたたかな火を宿していた灯籠が、青い炎で侵食されると気温が下がっていく。
 出(い)でたのは銀灰色の髪に赤き眼(まなこ)をした白装束の男で、冷え切った表情を貼り付かせていた。
“なンだ。……八神か。今更、狢菊ヲ連れて戻っテきテモ、おまえノ居場所は何処にもナイ。宵待のヤガミは、大水で流さレタのダから”
 男は八伏の眷族であるミツカイとよく似ていたが、ずっと冷血な嗤い方をする。心矢が黙るのを面白そうに眺めやっていた。
「氷の麗しさですわね。アコさんの純美な感じとは正に対極。神様も無いものねだりなのかしら?」
「アリスさん、それは余裕ですか? 僕はさっきから寒さのせいか、膝が笑いだしそうなんですけど……」
「なんだよ。たかが狐だろう? そんなビビるこたぁないぜ」
 七星稲荷神社の主神は、ことさらゆっくり三人へ視線を向けた。衣擦れが霜を立てるように鳴る。
“小娘ト赤毛の奇術師とはぐれモノか。生贄にハ足りぬナ”
 一瞥で体がまったく動かなくなる。狐と言えど神として祀られているのだ。神力も相当のものだった。
「やめてよ。シチセイ。人捜しに来ただけだってば」
 アコが視界を遮ると、わずかだが指先が動かせるようになる。
“一体何者ヲ捜すと言うノダ。十年前、ヤガミは神喰いの失敗デすべてヲ失っテいる。なニしろ、八体もノ神を喰らッタ一族だカラな。呪イも強かロウ。……そレトも、八伏ヲ救いに来タのか? “八伏神社”など存在シない。八伏はスでに過ぎタ神なノダ”
 息が白く染まり、耳が千切れそうなぐらい痛い。恐るべき冷気を振り切って、アリスは声を出した。
「八神さん。思い出したいですか? 術(すべ)があるならそうしたいと」
「俺は兄も神社も……全部終わらせるため、ここに来ました」
 決意を聞いたアリスは痛みで疼く足を動かし、心矢の所まで歩く。
 右手をひらめかせようとするシチセイの腕を、アコがしがみついて止め、その隙にアリスは“魔眼”を使って心矢の記憶を揺さぶった。

 な、に……かしら? まさか。こんなこと……何もない!? 真っ白だ。
 まるで虚空。人間がこんな状態で生きているなんて……ありえない。

◇◇◇◇◇

「アリスさん。しっかりしてください」
 目を開くとサソウの顔が見えた。殴られたかのような重い鈍痛の中、首を動かせば、すぐ近くの布団の上で心矢が寝かされている。
「いったい……どうなったの?」
「分かりません。二人とも急に倒れたのです。でも、アコさんがシチセイさんを説得してくださったので」
「おっ! 目ぇ覚めたんだな。で? 心矢は思い出せるようになったのか?」
 簡単に言う銀華は、畳であぐらをかいてアコが作ったおにぎりを食べている。
「……いいえ……」
 アリスは、あの時のことを口に出せないでいた。顔を上げれば、格子窓から差す朝日が眩しくて、再び瞼を閉じてしまいそうだった。
「彼はまだ眠っていますか?」
 隣の間の襖が開き、スーツを着た男とアコが入ってきた。男は栗色の髪と薄い色素の瞳を持ち、心矢によく似ていた。
「あなたは、八神さんのお兄さん?」
 アリスの質問で彼は苦い表情を浮かべる。失踪していた兄であれば年齢は三十歳かと思うが、もっと疲れて見えた。
「兄……。確かに私はあなた方がいた世界で八神の長男でした。でも、彼の兄ではありません」
「兄さまはアコの後見人なの。ヤガミ家はもうアコしかいないから」

 アリス、サソウ、銀華の間で、同時にある可能性が浮かんでくる。
「つまり、心矢くんは“月影”の住人ということですか?」
「十年前、神喰いに失敗したのは……八神さん」
「ん? じゃあ、アコは心矢の妹?」
 話し声が聞こえたのか、心矢が目を覚ます。
 幽鬼のごとく、一瞬、目から光りを失っていたが、男とアコに気が付き右手を伸ばした。
「あなたたちを、知っている。俺はとても……酷いことをした」
 アコは少し怯えた表情で後ずさりし、後見人の後ろへ隠れた。


“八神を寄こシても、なカったコとには出来ヌゾ”
「ですが、わたくしは戻ると約束されたのを、ずっとお待ちしていたのです」
“愚かナり。アイツは八伏ヲ殺したノダ。守護しテイた神を。結局、力の半分で彼の地へ渡り、安穏と暮らしテいた。同じ八神の者の名を奪ッテ”
「でも、それはアコ様を守りするためでございます。心矢様もお心を痛めていました」
“黙れ! オマエは誰の巫女なのダ? 八伏の寵愛ヲ受けなガラ、死しテ妖人となリ、果ては使い魔扱いサレおって。恥を知レい!”

 シチセイの声が雷鳴と似て社の梁を振るわせ、狢菊は伏せたまま深く項垂れた。

◇◇◇◇◇

 調香師が鞄を開き、中から幾つかの抽出物を取り出す。細い短冊に選んだものを吹きつけ、香りを嗅いだあと、メモを取りながら小瓶を作っていく。
「昔から、香りには浄化や清めの効果がある信じられていました。防虫や防腐剤として使用されていたことも」
 サソウは八伏神社の柏葉紫陽花の香りを再現し、次に、最古の酒蔵で感じた水を作り出す。最後は、伝統を受け継いだ八神酒造の酵母が醸した香り。
 八伏神社の変異を止める方法を見つけるため、心矢の情報を正確に戻さなければならない。円滑に行うため、各場所の香りをひとつにまとめた。
「心矢くんとアリスさんは、マッチしてる種類が違うので、間を埋める要素を加えました。簡易的ですが、この部屋は瞑想空間となる訳です」
 向かい合う心矢とアリスを見守るのはサソウと銀華、月影のアコとその後見人だ。
「いいですか。香りはじめ、持続、終息で変化しますので、アリスさんは終わりの香りが来るまでに“魔眼”を終了してださい」

 それは、終末のかおり、かもしれない。


=紫陽花祭・第二話・了=(第三話へつづく)





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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

◆PC
7348 石神・アリス(いしがみ・ありす) 女性 15 学生(裏社会の商人)
8473 阿倍野・サソウ(あべの・さそう) 男性 29 調香師(パフューマー)
8474 橘・銀華 (たちばな・ぎんか)  男性 28 用心棒兼フリーター
☆NPC
NPC5248 八伏(はちぶせ) 両性 888 八伏神社の主神
NPC5249 ミツカイ(みつかい) 両性 777 八伏の眷族
NPC5253 八神・心也(やがみ・しんや) 男性 20 大学生
NPC5267 狢菊(むじなぎく) 女性 647 妖人
NPC5361 シチセイ(しちせい) 男性 779 七星稲荷神社の主神
NPC5362 アコ(あこ) 女性 12 中学生

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■ライター通信■
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石神・アリス様

お待たせいたしました。ライターの小鳩です。
まずは、再会を心より御礼申し上げます!
◇紫陽花祭◇第二話へご参加いただき誠にありがとうございます。
この度はプレイングにございました“魔眼”を引き金に仕掛けさせて
いただいきました。
プレイング『最古の酒蔵』探索は都合により割愛していますが、
ご了承ください。
いよいよ次回は解決編です。
◆紫陽花祭◆第三話のご参加もお待ちしております。
ふたたびご縁が結ばれ、お会いできれば幸いです。
アリス様が無事に怪異を解決できることを願って……。