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<東京怪談ノベル(シングル)>


【嫉妬心と夏の空】


 照明ひとつない第二グラウンドに、ざん、と砂をかむ音が響いた。
 消えていった白球を目で追って草間・武彦は満足そうに唇を緩め振り返り――はたから見てもそうとわかるほど顔色を青くした。思わずといった感じで生唾を飲み込む草間の前に仁王立ちになっていたのは黒・冥月である。彼女は今、草間が用意したチアガール衣装一式に身を包んでいた。
 その様子は良い。というか、非常に良い。
 胸元に赤で冥月の名が刻まれた黒を基調としたチアユニフォームは、じゃっかんサイズが小さめで冥月の胸を大きく見せているし、対照的に白いソックスは白百合のような彼女の細い足をつつましく包んで健康的なエロスを醸し出していた。両手に持たれた金のポンポンが月光にはえるさまもとても美しい。
 で、問題はその上に乗っている顔であった。そこには堂々たる楷書で『怒』と刻まれていたのである。予想通りのお説教ならぬ怒りの言葉の最後に彼女はこう言い放った。
「こんな恰好までさせておいて何もないと思ってんじゃないわよっ!!」
 ポンポンが放物線を描いて放り投げられるのをきれいだな、と思ったと後に草間は語っている。
「あの娘とあの娘とあの娘とこの娘って、誰ッ!」
 チョークスリーパーを極められて草間は文字通りもだえ苦しんだ。息は苦しい、苦しいがなんだかやわらかいものが顔の横に触れている。それはぎゅうぎゅうと草間に押しつけられ、離れたいが離れたくないという男子の本懐とも呼べる悩みを草間にもたらしていた。
 ぼぼぼっ、と音がしそうな勢いで草間の頭に血が集まってくる。いろんないみで。
 対する冥月はそれをたったひとつの意味に解釈して叫び声をあげた。
「草間の……ッ、ばかーっ!!」


「おはよう、草間」
 涼しい顔でアイスミルクラテのストローを咥えてから、冥月はにこりと草間に笑ってみせた。
「おはようじゃないだろ……」
 どうやらすぐに状況を把握したものらしい、草間は二、三度周囲を見渡してがっくり頭を落とした。
 状況を言うならこうである。
 場所はピッチャーの霊がいた学校からおそらくそう遠く離れていないカフェ。紙ナプキンにサーフライダーと書いてあることから、店名はそうなのであろう。サーフィンやスキューバダイビングを意識してのことか、店内にはそれらの道具や海の写真、様々な魚の写真が行儀よく並べられていた。草間の右手――冥月にとっては左手には格子状の棚が置かれ、サンゴの標本や魚拓、何かのトロフィーなどが誇らしげに飾られている。
 そして、極めつけには、草間は今がっちりと拘束されていた。冥月の使う影によって。
 グラウンドで冥月が叫んだ直後に首筋に重い衝撃がはしったことから、おそらくは手刀か何かで気絶させられたのち、彼女の影の力によってここまで運ばれてきたのであろう。
 はた目には男が一人、ガチガチに緊張して座っているようにしか見えないだろうが、実情は店内の照明が作り出す黒い影によってガチガチに縛り上げられている。
 そんな草間を楽しげに見つめる冥月の手には――
「おい、それ俺の携帯」
「そうよ。全部白状してもらうから。そのつもりでね」
 いっそあでやかに、いつもの服に着替済みの冥月は笑みを深くした。


 草間のアドレス帳は彼にしては律儀なことに三つのフォルダにわけられていた。
 すなわち、友人、退魔師、その他である。そのうちの退魔師を選んで冥月は目を細くした。ずらずらと並ぶ名前、そしてスクロールバーはあくまで小さい。草間にとっては幸か不幸か、それが意味するところが解らないほど冥月は機械にうとくはなかった。
 最初に目についた名前にカーソルを合わせて冥月は草間に携帯電話の画面を向けた。
「まず、これは誰なのかしら」
「……どれだよ」
 現実を理解した草間はおとなしかった。それがいっそう冥月を苛立たせる。
「ああ、それは火を使うやつだ。ショートボブがかわいくてな……」
「そう。じゃあこれは?」
「かまいたちを使う娘だな。まだ学生でさ、俺の身長の半分もないくせに……」
「これは?」
「盗聴能力者だ。すごいぜ。電話線なんかから声を拾って……」
「これ」
「なんだっけか。ああ、空気を質量にして敵を攻撃できるとか……」
「で? なんで私の名前がないのかしら」
「その前に、なんで女の退魔師のことばかり聞いてくるんだ」
 ぐっと詰まって冥月は声を荒らげた。
「仕事上の付き合いなんでしょ? 私に関係ない話じゃないし、能力を知りたいと思うのは当然でしょ!」
「本当か? だったらなんで女ばかり……」
「ぐ、偶然よ! いいじゃない!」
 ぷいっとそっぽうを向いたところで、今の声が思いがけず店内の注目を集めていたことに気づき、冥月は徐々に赤らみつつあった頬を一気に真っ赤に染めた。
「だいたい、なんで私の名前が入ってないのよ?」
「あーそれはだな……」
「番号をそらで覚えてるってわけ?」
 クマノミの写真を睨みつけながらの嫌味に、草間は頭を振った。
「いや、友人のフォルダに入ってる」
 目を大きく瞠って冥月は思わず草間のほうを見た。彼は真面目くさった顔で――半分あきらめが見えないでもなかったが――ひとつ頷いて続けた。
「冥月は退魔師だが、それだけの付き合いじゃないだろ? だから、俺にとっては友人も同然っていうか、友人と思ってるんだが」
「それ……本気で言ってる?」
 思わず声が上ずるのも無理はない。草間の回答は百点どころかその上を行っていたのだから。
「当たり前だろ。この状況で、こんなことで嘘をつくか」
 友人とかこの状況とかというあたりが引っかからないわけでもなかったが、ただの退魔師と依頼人ではなかったことが冥月を高揚させた。ただの退魔師なら確かにたくさんいるだろう。だが、携帯電話を見ればわかるとおり、友人であり退魔師であり――もしかしたらそれ以上かもしれない人物など自分くらいなのかもしれない。
 あっさりと影から草間を開放すると、冥月はうきうきと立ち上がった。
 突然の開放にうげっとテーブルへ顎を打ち付けた草間の腕をとる。
「お寿司でも食べにいこっか。私、奢るから」
 伝票を手にレジへ向かう冥月に草間がなにか語りかけていたがほとんど耳に入らなかった。
 何よりうれしくて。冥月は組んだ腕に力をこめて、それに頬ずりをした。


<おわり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

NPC
【草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、黒様。
お褒めの言葉を頂戴し、大変ありがたく思っています。
お礼を言いたいのはこちらのほうです。ありがとうございます。
草間の失言から転がり出た事実ですがいかがだったでしょうか。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは、またのご利用をお待ちしております。