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<Midnight!夏色ドリームノベル>


夏の思い出〜海での出来事〜

 香月・那智が店主を務める謎の店『幽玄堂』。

 謎の店『幽玄堂』は店主となるべき人間、客を自らの意思で選ぶ。
 客と呼ぶに相応しいのは、夏の思い出浸っている人物。
 今日もまたどこからか、客の訪れと同時にどこからともなく店が姿を現す。
 訪れた客に、那智は客にとって思い出が詰まった品を手渡す。
 それは日記帳だったり、アルバムだったり、宝箱だったり。
 手にした客は、それを見た途端、忘れられない出来事を思い出すのだった。

 客はどんな出来事を思い出すのだろうか。

●誘われし客
「あれ? この店、移転したのかな?」
 9月になり少しは過ごしやすくなってきた頃、来生・千万来(きすぎ・ちまき)は大学の帰り道に出現した幽玄堂に導かれるように店に立ち寄った。
「いらっしゃいませ。ああ、千万来さんじゃないですか。お久しぶりです。あの時以来ですかね」
 店内を清掃中の那智がハタキを手に挨拶を。
 以前、というのは、幽玄堂に助けを求めに来た宇宙人を故郷に帰す手伝いのことだ。千万来がそれに関わったことを那智は覚えていた。
「那智さん、お久しぶりです。あの宇宙人さん、無事に故郷の星に辿り着いているといいですね。もう夏も終わりだって言うのに、毎日暑いですね。あ、掃除中だったんですか?」
「はい。夏物を仕舞おうと思いまして。あ、ちょっと待ってください。あなたにお見せしたいものがあるんですよ」
 そう言うと、那智はレジカウンターの横に置いてある履物を取り出して見せた。
「それは……どこで見つけたんですか?」
「これですか? 先月、店の皆で海水浴に行った時に見つけたものです。あなたのものじゃないかと思いまして」
「たしかに俺のものですが……これは俺が小学3年の夏、海で片方だけなくしたビーチサンダルですよ。ほら、鼻緒のところに俺の名前が書いてあるでしょう?」
 青いビーチサンダルの鼻緒に指を示し、一目で子供が書いたとわかる字で黒マジックで書かれた『来生千万来』の文字を見せる。
 初めて漢字で名前を書いたものだと、千万来ははっきりとそのビーチサンダルのことを覚えている。
「このサンダル、当時、男の子達に人気があった戦隊ヒーローの絵が描いてあったので欲しかったんですよ。なので、親に買ってもらった時はすごく嬉しかったです」
 タイムカプセルに埋めた宝物に再び出会ったような懐かしい目でサンダルを見て、千万来はその当時のことを話し出す。

●海での出来事
「これにはね、ちょっとした思い出があるんですよ。長くなるかもしれませんが……聞いてくれますか?」
「私で良ければ。その前に、お茶を淹れてきますね。話していると喉が渇くでしょう?」
 そう言うと、那智はお茶を淹れに店の奥へ。
(今頃になって、なんであの日のことを思い出すんだか……)
 待っている間、千万来はビーチサンダルをじっと見つめていた。
 暫くして、那智が木製のお盆に冷たいジャスミンティーが入ったグラスを持ってきたので一口。
「美味しいですね」
 落ち着いたところで、千万来はビーチサンダルの思い出を語り始める。
「毎年夏になると、俺は両親や親類の女の子と一緒に必ず海に行っていたんです。あの出来事があったのは、小3の夏でした」
 あの出来事がなければ、いつものように楽しい思い出になるはずだった。
 事の発端は、千万来がビーチサンダルを自慢したことだった。
「これ、買ってもらったんだ。羨ましいだろう」
 履いている真新しいビーチサンダルを親類の女の子に見せびらかし、ちょっと得意気に。
 羨ましいと言うかと思ったが、女の子は「全然羨ましくなんかないもん!」と怒鳴り、千万来を突き飛ばし、転倒すると同時に片方のビーチサンダルを取り上げて海に放り投げた。
 起き上がった千万来は取りに行こうとしたが、その途端、大波を被ってしまった。波が引いてきたのでもう一度、とビーチサンダルを見ると……沖に流されていた。
「あー! 買ってもらったばかりなのに……。どうしてくれるんだよ!」
 あまりにも悔しくなったので、放り投げた女の子に当り散らす。
「知らないもんっ!」
「知らないもんじゃないっ!」
 取っ組み合いの喧嘩になりそうだったのでそれを見ていた女の子の父親が慌てて止めたが、それでも千万来の怒りは治まらなかった。

●ちょっとした楽しみ?
「その後、親にさんざん叱られましたよ。おまえも悪いんだって。ただ自慢しただけなのに……。その年の海は最悪でした。どうしてああなったんでしょうね……」
 はぁ……と深いため息をつく。
「そんなことがあったんですか」
「ええ、まあ……。今はもう怒ってませんけど。あの子も忘れているでしょうし」
 苦い思い出を飲み込むかのように、千万来は残りのジャスミンティーを飲み干す。
「那智さん、このビーチサンダル、良かったら譲ってもらえませんか?」
 放さない、といわんばかりにビーチサンダルを強く握りながら頼見込む。
「良かったらも何も、それは元々あなたのものじゃないですか。遠慮なく持っていってください」
 私は落し物を拾っただけですと優しく微笑み、那智は千万来の手を握る。
「ありがとうございます。これ、あの子に見せて、このサンダル覚えてる? って聞いてみたいんです。あの時のお返し……なんて、俺、意地悪ですよね?」
 苦笑する千万来に「そんなことはありませんよ」と答えた那智は、これをその方に渡してくださいと自家製の御香数点を紙袋に入れ手渡す。
「お返し、できるといいですね」
「那智さんがそう言うとは思いませんでした。これ、彼女に手渡しますね。今日はどうもありがとうございました」
 ペコリと頭を下げ、幽玄堂を後にする。
(これを見せたら、あいつ、どう反応するかな?)
 海に放り投げた本人が見たらどうなるかと思うと、千万来は少し楽しくなってきた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0743 / 来生・千万来 / 男 / 18 / 城東大学医学部1回生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターの氷邑 凍矢です。
Midnight!夏色ドリームノベルのご発注、ありがとうございました。

来生・千万来様、ご無沙汰しております。お元気ですか?
久しぶりにお会いでき、那智ともども嬉しく思います。

夏は終わりに近づいていますが、千万来様の思い出では夏が続いています。
苦い経験のようでしたが、これもひとつの思い出ではないでしょうか。
親類の女の子に「これ覚えてる?」とちょっとした仕返しができると良いですね。

朝晩寒くなってきているようなので、風邪ひかないようお気をつけてください。
千万来様の思い出がうまく伝わっていることを願い、締めくくりとします。
またお会いできる日を楽しみにしております。

氷邑 凍矢 拝