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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


その瞳が見つめるもの


◇◆

店内に響く鈴の音が、来客を知らせる。

「こんにちは、蓮さん」

扉を開け店内へと入って来た人物は、まさに大和撫子を絵に描いたような可憐な出で立ちをしていた。
軽く会釈をすれば長い見事な緑の黒髪が、肩からさらさらと流れて落ちる。
辻宮・みさお。
一見すると少女と見紛うばかりの愛らしさだが、彼はれっきとした男性である。

「おや、ちょうどいいとこに来たじゃないか。あんたに話があってね」
「話……ですか?」
「説明するより前に、直接見てもらった方が早いわね」

そう言うなり、アンティークショップ・レンの主人である碧摩・蓮は、店の奥から一体の人形を取りだした。

ふわふわのシルバーブロンド。
着ている衣装はレースやボタンまで、細部にまでこだわりを感じさせる。
何の変哲もない、アンティークショップによく置かれているようなビスクドールである。
……ただ、その瞳に幾重にも厳重に巻かれた包帯をのぞけば。

「せっかくの可愛い顔が台無しだと思わないかい?」

煙管から紫煙をくゆらせながら、蓮は人形の顔を覗き込む。

「ま、と言っても、あたしも顔は見た事ないんだけどね」

目があった者を不幸にするビスクドール。
それが、この人形がアンティークショップ・レンで扱われる事となった所以だった。

「神話のメディューサよろしく、この人形は目があった人物を、片っ端から不幸にしちまうらしい。原因はさっぱり不明。あんたにはその呪いの原因を探って欲しいんだよ。出来る事なら、その原因を取り除いてくれれば一番ありがたいんだけどねえ……」


◇◆

「私……この人形についての噂を聞いた事があるかもしれません」

薄暗い店内。
しばし人形と睨めっこをしていたみさおは、おずおずと蓮に告げた。

「へえ、そいつはどんな噂なんだい?」
「あの……知り合いの大道芸の腹話術師さんから聞いた話なんですが……」

そう前置きをして、みさおはその噂を語り始めた。
昔、大道芸の中に催眠術を生業にしていた男がいた。
男は振り子を使うのではなく、人形の目を客に見つめさせる事で催眠術をかけていた。
その物珍しさから一時大変な人気を博したが、ある事件を境にぱったりと消息を絶ってしまう。

「その事件と言うのが……ある日、催眠術を掛けられたお客さんが、他のお客さんに突然襲いかかる事があって……他にも催眠術を掛けられたお客さんが次の日、何の前触れもなく自殺してしまったり……。そんな事件が何件もあって、それからその催眠術師さんは、人形と共に、ぷっつりと消息を絶ってしまったそうです」

「へえ〜、コワイね〜!」

怖がると言うよりむしろ興味津々と言った様子で、みさおの話に耳を傾けるのは、彼の相棒のパペットの一つである、メフィスト・F・クラウンだった。
身に纏った道化の衣装さながら、大げさすぎるほど体を左右に揺らし、両手を口元へ寄せおどけている。

「……だからこの人形は、その催眠術師が使っていた人形じゃないかと……話で聞いた人形の特徴も一致していますし」
「つまりは、その催眠術の力を持った人形が男の手を離れ、様々な人の手に渡るうちに、不幸を重ねてこの店まで流れて来たってか」
「う、うん」
「おいおい、それを俺らで解決しろってか?」

話し終えたみさおに、もう一人の相棒であるパペットの天乃・ジャックが噛み付くような勢いで告げる。

「それ、やべーだろ! みさお、お前まで催眠術に掛かったらどーすんだよ?」
「でも……このまま放っておくなんて可哀そうだよ」

包帯でぐるぐる巻きにされた人形の顔に視線を落としながら、みさおは呟く。
人形を見つめるみさおの眉が、少し歪んだ。

この人形は、どれだけ長い時間この状態だったのだろう。
いつから、その瞳には暗闇しか映さなくなったのだろう。

腹話術師として常日頃、人形達と触れ合う機会の多いみさおにとって、この人形の現状には心が痛んだ。
優しい心の持ち主の彼が、放って置けるはずがないのだ。


◇◆

「あの……人形の包帯、取ってみてもいいですか?」
「は、何言ってんだよ、おめーは!」

天乃・ジャックが鋭い声を、みさおに投げ掛ける。

「別に、あたしは構いやしないよ。何か算段でもあるのかい?」
「いえ……でも、まずはコレを取ってみないと……」
「おいおい、大丈夫かよ……」

ハラハラした様子の天乃・ジャックをよそに、蓮の了承を得たみさおは包帯を外しに掛かる。

「メフィスト、よろしくね」
「はーい、僕にまっかせて〜」

みさおの右手に、はめられているメフィストは元気よく返事をすると、スルスルと包帯を解き出した。

「ぐーるぐーるぐーるぐーる……はい、出〜来た!」
「……」

ごくり、とみさおの喉が鳴る。
長いまつげ。零れるような大きな瞳。
ルビーの、それも最上級のピジョン・ブラッドの濃い赤に似た色を携えたその瞳は、まっすぐ虚空を見つめている。
吸い込まれそうなその瞳に、思わず顔を近づけて見つめてしまいそうになる。

「おい、みさお!」
「あっ……」

天乃・ジャックの言葉に我に返ったみさお。慌てて、人形の視線を反らした。

「はあ……何やってんだよ、おめーは……」
「ご、ごめん……」

天乃・ジャックが声を掛けてくれなかったら、自分はそのまま人形に顔を近づけ、正面から顔を見てしまっていたかも知れない。
やはりこの人形の瞳には、見る者を惹き込む魔力めいた何かが宿っている事は間違いないようだ。

「うーん……」

正面からは見て、目が合ってしまうと危険だ。
なら、斜め横からなら大丈夫かもしれない。
人形の瞳をもっと詳しく調べるため、みさおは人形の目を斜め横から見ようと試みた。
斜め横の角度から、恐る恐る人形の顔へ近付いて行く。

ギロッ!

「えっ……!?」

その時、人形の眼球がぐるりと回転したかと思うとその瞳孔がはっきりと、みさおを捉えた。

(目が……あっちゃった……)

ぐらり。
途端、視界が歪み激しい眩暈がみさおを襲う。

「「あぶないっ!」」

瞬間、みさおの視界は暗闇に包まれた。両手にはめられた天乃・ジャックとメフィスト・F・クラウンがみさおの視界を塞いだのだ。

視界が闇に包まれたと同時に波が引くように眩暈が消え、意識もはっきりしてきた。
どうやら目があったのが一瞬だったため、人形の催眠には掛からなかったようだ。

「あ、危なかった……」
「こんのっ馬鹿! おめー、さっそく餌食になりかかってたじゃねーか!」
「ご、ごめん……」

パシン、と天乃・ジャックに頭を叩かれ、みさおはシュンと縮こまる。

「まーまー、喧嘩はそれくらいにしてさー」

のん気に場をなだめるメフィストが、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。

「そうだ、僕にいい考えがあるよ!」
「……いい考え?」


◇◆

メフィストが用意させたのは、一枚の鏡だった。

「鏡なんて、どうするんだい?」

鏡を手渡した蓮が、不思議そうに尋ねる。

「お人形さんは、目があった人に催眠術を掛けるんだよね?」
「う、うん」
「だったらさ、それを人形本人に掛けたらどうなるかなあ〜」
「あ、なるほど!」

メフィストが鏡を持ってこさせた理由を理解し、みさおはコクコクと首を振った。

人形の前に鏡を置き人形の視線を反射させ、人形自身に催眠術を掛けるという作戦。
吉と出るか凶と出るか……。

手に汗握る中、みさおは鏡をそっと人形の前にかざした。
鏡に人形の姿が映る。

「……あ!」

変化はすぐに訪れた。人形の瞳が激しく点滅し出したのだ。

『ウァ……グガ…ア……』

同時に、地の底から響くような呻き声が人形から発せされる。
呻き声は次第に大きくなっていき、その声が大きくなると同時に人形の瞳から黒い煙状の物体が噴き出して来た。

『ヴァァァァーッ!』

噴き出した煙は一瞬、人の形を成したかと思えば、断末魔の悲鳴を上げ霧散した。

「……やっつけたの?」

消え去った空中をぽかんと見つめるみさお。

「ありゃー、なんだったんだ?」

天乃・ジャックも同じように首を傾げる。

「あたしが見た所、あれは人の負の感情が籠った思念体のように感じたね。この人形の元の持ち主だった催眠術師がどんな奴だったが知らないが、察するに人の不安や葛藤に付け込んで、催眠を施していたんじゃないかね。それを繰り返す内に、あの人形に負の念が蓄積して、あんな能力を持つようになったのかも知れないねえ」

煙管を燻らせながら、蓮が答える。

「あっ、人形さんの目を見て!」

突然、驚いた声を上げるメフィストに、一同の視線が人形の顔に集中する。
見つめた先、先ほどまで血のような赤い色を讃えていたその瞳は、夏の空のように澄んだ青色へと変化していた。

「これが、この子本来の瞳の色だったんですね……」

呪いから解放されたこの人形に、再び包帯が巻かれる事はないだろう。
もう、暗闇を見つめ続ける必要はないのだ。

空色をした人形の瞳。
その瞳には、陽だまりのように暖かな、みさおの笑顔が映っていた。


end.




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PCキャラ
【 8101 / 辻宮・みさお / 男 / 17歳 / 魔導系腹話術師 】

NPCキャラ
【 碧摩・蓮 / 女 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主 】


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■         ライター通信          ■
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呪いの人形とのやりとり、いかがだったでしょうか?
パペット達との会話など、楽しく書かせて頂きました。
個人的に女装少年が大好きなので、みさおのキャラに終始、萌えておりました(笑)
ご縁があれば、また宜しくお願いします。