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夜の生まれたこの場所で
思念。
嬉しい。悔しい。悲しい。楽しい。
それらの感情が高まり深まり圧縮され、具現化したものを思念と呼ぶ。
まだ感情を制御できない者達、若者が感情を爆発する場では、それらがより多く存在すると言われる。
もっとも、それらは普段は眠っている。これらの事を知るのは、魔法使いや霊能力者など、感情が魔法、怨恨が悪霊に直結すると知っている者達だけなのだから。
誰かが起こさない限り、それらは眠ったままなのだ――。
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聖学園。
昼休みの時刻はとっくに過ぎ、太陽は真上からゆっくりと傾き始めているが、空の色はなおも青い。
今は生徒達はまだ授業中だろう。
時間割の自由の効く大学部の学生や司書以外は人の気配はまばらな図書館で、夜神潤は学園新聞のバックナンバーを読んでいた。
閲覧席に置いてあったバックナンバーを広げつつ、気になる部分は適当にメモ書きし、ざっと目を通す。
「ふむ……」
今まで盗まれたものは、この間のも含めて全部で3つ。か。
顎をしゃくりながら新聞を指でなぞる。
1つはオデット像。確か元々は噴水広場のシンボルになっていたものだったはずだ。確かもう1つジークフリート像が対にあったはずだが、それは怪盗に盗まれる大分前に破損してなくなったんじゃなかったか。
もう1つは……。何だこれは。
潤は変な顔をする。
先日の時計塔の一件の前に盗まれたものは、何故か食堂の鍋だった。
「……普通に考えれば、思念を起こした奴がいなければ、起きないはずなんだが……」
思念はある程度の魔法使いや霊能力者が刺激を与えなければ、起きる事がない。
つまり起こす必要があったと言う事だ。
しかし……。
「思念をわざわざ起こす理由があるはずだが……」
時計塔の件で盗まれたものは一体何だったのか。
新しい学園新聞を見るが、該当しそうなものがない。ただ時計塔で騒ぎになり、生徒会長が時計塔の中で怪盗とあった所までは書いてある。
ああ、確か時計塔の中には物好きな部活が部室に使っているんだったな。
どこの部だったか……。
思い出そうとするが、あまりにマイナーな部だったがために、潤は思い出せそうもなかった。
とにかく、怪盗は時計盤の裏から現れたらしいと言う所までは何となく読めた。
まあ今はそっちは後回しに。その内分かる事もあるだろう。
バックナンバーを畳むと、ひとまずバックナンバーを元の場所に立てかけて、図書館を後にした。
今はこの辺りを歩く人も見受けられず、時折見回りの教師と会うと頭を下げる位だ。
少し歩きながら、潤は顔を上げる。
別に空を見ている訳ではない。
ずっと感じているむずむずするものについて考えていた。
どうも門を潜った瞬間から違和感を持つのだから、範囲は学園内って考えればいいのだろうけど。これは一体何だ?
今は昼間なため、闇に属する力は使えない。
しかし肌で感じている感覚が何なのかは分かる。これは結界だ。
考えられる可能性は2つ。
1つは思念が外に逃げ出さないようにするためのもの。
もう1つは、思念を捕縛するためのものだ。
「この場合はどっちだ?」
結界自体は今の所は身体に害があるものではないらしいが、一体誰が学園1つまるまる包めるだけの結界を張ったのか……。
歩いてみて、ちょうど学園の中心にまで辿り着いた。
中庭である。中庭は芝生が敷き詰められ、時折園芸部が雑草抜きをしていたり、音楽科の声楽専攻生徒達が発声練習をしていたり、初等部や中等部の生徒達が芝生を転げまわっていたりする姿が見られるが、今は授業中なのでさすがにさぼっている生徒達はいなかった。
潤は普段は必ず誰かがたむろしているベンチに腰を下ろしてみた。
肌がむずむずを通り越してピリピリと痛みを伴うようになってきた。結界の中心が近いらしい。
「結界の中心は、この辺りか……あ」
彼は学園の中心地点と目が合った。
中庭の中央に建つ白亜の館。
理事長館だった。
「ここか……」
潤は顎をしゃくる。
この結界は一体何のための結界だ?
防ぐためか、捕らえるためか――。
授業を終える鐘が鳴った。
その音と共に、空は徐々に色を変え始めた――。
<了>
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