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<東京怪談ノベル(シングル)>


眠れる森

 王女が生まれた時、国中に招待状が送られました。
 しかし、国中の人々を招くためには、客人をもてなすための食器が1枚足りなかったのです。
 仕方なく、国中の人々の中で、1人だけ呼ぶのを諦めました。

 招待された人々のうち、妖精達は王女に魔法をかけました。
 正直者でありますように。
 恵まれた者になりますように。
 寛容でありますように。
 …………。

 しかし、1人だけ呼ばれなかった客人は、妖精だったのです。
 怒り狂った妖精は、祝福の場で呪いをかけました。

「20回目の誕生日に、針に刺されて死ぬだろう」

 その呪いはとても強く、既に魔法をかけ終えた妖精達の力では取り除く事は困難でした。
 しかし、唯一まだ魔法をかけていない妖精がいました。
 リラの精です。

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 中庭はその日、しん、と静まり返っていた。
 聖祭の準備で騒がしかった生徒達も、日が落ちかけたこの時刻だと流石に下校し、今残っているのは生徒会関係だけだから当然だろう。
 誰もいない分だけ、足音は余計、塔と塔の間に反響して響いているように聴こえた。
 芝生をさくさくと踏む音。息の切らして走る呼吸の音。
 それは真っ直ぐに理事長館に向かっていた。

「すみません! 理事長!」

 栗花落飛頼が扉を開くと、匂いがするのに気が付いた。
 この匂い……バラ?
 濃厚なバラの匂いに戸惑いつつ、きょろきょろと理事長――聖栞――を探した。

「すみません、理事長はいますか!?」

 声を張り上げてみるが、走ってきたので息が切れ、大きな声にはならない。
 しかし、「はーい。ごめんなさい。すぐに行きます」と応接間から聴こえてきたのに、飛頼はようやくほっと溜息をついた。
 奥から出てきた栞の恰好を見て、飛頼は少し困ったような顔をした。
 彼女は何故かロマンティックチュチュを着ていたのだ。
 確か理事長に就任するまではどこか海外のバレエ団で踊っていたとは聞いた事があるが、何故彼女がそんな恰好をしているのかが分からなかった。

「あのう……その恰好は何ですか?」
「ああ。ごめんなさいね。今ちょっと張り直していた所だったから」
「張り直す……?」
「ええ。結界を」
「はあ?」

 さらりと飛び出た言葉に、どう反応すればいいのか分からず、飛頼はまじまじと栞を見るが、栞は微笑むばかりだった。

「それよりも、今日は話があったんじゃなくって?」
「あっ、そうでした……。すみません。彼女の事で、少し……」
「…………。何かあった?」

 栞からは笑みが消え、きゅっと顔が引き締まった。
 飛頼は、おずおずと話をした。

「……話をしたんです。彼女に、これ以上危ない事をするのは止めて欲しいと」
「彼女は何と?」
「……彼女は、分かってやっていたみたいですけど、でも言ってたんです。「助けて」と」
「…………」

 栞は少し考え込むような顔をしたが、やがて微笑んだ。

「言質は取れたのね?」
「言質……ですか?」
「「助けて」って言質」
「言質かどうかは分かりませんが、確かに彼女はそう言っていました。……ただ、彼女の中にはどうも、星野さんがまだいるようなので、あまり時間がないようにも感じます。……これはどうすればいいんでしょうか?」
「……ありがとう」
「えっ?」

 意味が分からず、飛頼は栞を見た。
 栞は壁にかけてある鏡を指で触れた。
 さっきからするバラの匂いが指からする。そこでようやく飛頼は、栞がバラの香油を指につけていた事に気が付いた。
 彼女が鏡に香油で点と円を描いていた。

「魔法って言うのはね、本来は契約なのよ。何かの願いを叶えるためには、それ相応の対価を支払う。契約を乱したら、世界の調和が乱れてしまうから。だから強制力の働く呪いなんかは禁術って呼ばれているのね。
 今は禁術のせいで桜華さんが星野さんに憑かれてしまった。桜華さんは本当は望んではいないけど、強制力が働いてしまって、身体が徐々に言う事を効かなくなっていた。
 でも」

 そう言いながら、円に囲まれた点の隣に点を描き、円にひびを入れた。

「貴方は助けてって言葉を引き出した。このおかげで禁術にほころびが生じた。今なら、助けられるかもしれないわ」

 そこまで聞いていて、飛頼は疑問が湧いた。

「あの……1つだけ訊いてもいいですか?」
「何かしら?」
「……何で理事長はそこまで知っていて、彼女を助けなかったんですか? 僕より知り合った時間も長いのに……」
「さっきも言ったけど、魔法は契約だから。
 あの子は私が魔女だって知っているから、私が星野さんを剥がそうとしたら拒絶するでしょうから。だから私だと言質は取れないのよ。契約を拒絶されたら、魔法は使えない」
「だから……」

 今まで起こっていた数々を思い浮かべる。
 今までまどろっこしい事ばかりしていたのは、呪いを解くためだったのかな。
 死んでしまった人を無理矢理起こしてしまったせいで、周りの人達の歯車が狂ってしまったのを……。

「それで、どうしたら彼女を助けられるんですか?」
「今自警団がね、怪盗を捕まえるために罠を張っているのよ」
「えっ?」

 そう言えば、最近は怪盗の姿を見ないとは思っていたけど……。
 栞はにこやかに言う。

「その日はちょうど新月だから。その日にここの裏の森にいらっしゃい。その日ならその事件に気を取られて誰も来ないから。私も予防線は張ります」
「えっと……ここではできないんですか?」
「本当は今すぐにでもしなければ駄目なんだけど、ここに今の桜華さんを「お呼び」しちゃったら結界が解けちゃうからねえ」
「はあ……」

「お呼び」って言うのも魔法関連のルールなのかなと、飛頼は少し考えたが、安全な方がいいんだろうと考え直す。

「彼女に、何かしてあげられる事はありますか?」
「そうね。一緒にいてあげなさい。彼女が強制力に負けてしまわないように。乙女心って複雑ねえ。利用されているって分かっていても、従ってしまう事って言うのはあるのよ」
「そんな簡単な事で大丈夫なんですか?」
「貴方が助けたいって思った。それが肝心だから。はい。話は終わり。これからまだ作業が残っているから」
「あっ、お手数おかけしました」
「ええ」

 飛頼が理事長館に出ると、いつの間にやら自分にも香油の匂いが染みついているのに気が付いた。
 匂いが魔法の媒介なのは、彼女も一緒なのかな。
 いつかの晩の事を思い出しながら、今はひとまず彼女の元へと戻る。

<了>