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<東京怪談・PCゲームノベル>


第7夜 捕らわれの怪盗

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 午後4時13分。
 学園内は妙な空気に包まれていた。
 祭りと台風が一緒になったような、浮足立った空気の中に微量な緊張感を含んだ、そんな妙な空気だ。
 自警団が多いな……。
栗花落飛頼はバレエ科塔の階段の窓から、下を覗く。
 軍服に似せた自警団服を着た生徒達が規律正しく歩いている。それを見たせいか、いつもより練習でだろう響く歌声も気のせいか小さく聴こえる。
 この間理事長が言っていた、捕り物のせいなのかな……。
 飛頼はそう思いつつ、階段を昇る。
 怪盗の事は気になるけど、今晩はやる事があるから。
 そう思いながら、窓から視線を外し、階段を昇る。
 いつもならあちこちでバーに捕まって練習している生徒達がいるはずだが、今日は見当たらない。今日は朝から体育館は立ち入り禁止だと生徒会から話が来ているから、練習はここでじゃないとできないはずだが。
 でもきっと。
 守宮さんの事だから今日も練習しているんだろうな。
 飛頼はそう思っている間に、高等部の階まで辿り着いた。
 見覚えのある背中が見えた。

「守宮さん」
「あら、先輩? こんにちは」

 守宮桜華は今日も練習していたらしく、足元に制靴の替わりにバレエシューズを履いていた。タオルを首元にかけている。
 今は星野のばらは出て来てはいないようなので、その事に少しだけほっとする。

「こんにちは。今日は何か大変みたいだね。怪盗を捕まえるとか何とかって」
「そうですねえ。いい迷惑です。体育館生徒会に押さえられちゃってますから」

 桜華はぴょこりと肩を竦めさせる。
 まあ桜華は今回は大役だからと一生懸命練習していたのだから、練習のペースを乱されて嫌なんだろうなと思う。

「練習はどう?」
「はい。この間通し稽古をしました」
「……それはすごいね」
「はい。丸1日通し稽古だったんで、ちょっと体力のペース配分が大変でしたけど、でも楽しかったです。もうすぐですから」

 桜華は心底嬉しそうに笑う。
 それを見ていると飛頼はちくりと胸が痛むような気がする。
 こんなにバレエが好きなのに、そんな彼女は大事な人のために全てを捨てようとしたいって気持ちと、助けて欲しいって気持ちでないまぜになってしまっている。
 理事長は助けてくれると約束してくれたけど……。

「あの……ね。今晩、ちょっと一緒に来てほしい場所があるんだけど、いいかな?」
「? 何ですか? 怪盗の捕り物とかなら、私あんまり興味がないんですが……」
「ええっと、それとはちょっと違うけど。とにかく一緒に来てほしい場所があるんだ」
「……?」

 桜華は少し眉を潜めて首を傾げる。
 うーん、別に変な事するつもりはなくって、ただ守宮さんをこのままにしておくのはまずいからなんだけど……。
 飛頼が困っていると、桜華は首を傾げつつ、口を開く。

「まあ……別に構いませんけど……どこで待ち合わせですか?」
「あっ、ありがとう……そうだね」

 多分。
 理事長館に行ったら海棠君もいるし、自分だと秋也君と織也君の区別が付かないからまずいだろうなあ。
 待ち合わせの森は理事長館の裏だから……。
 そう考えて、飛頼は口を開いた。

「うんと、夜の9時に、中庭で待ち合わせとかってできるかな?」
「随分変な時間ですね……本当に怪盗とは関係ないんですよね?」
「うん。関係ないよ」
「まあ……今晩は練習もできそうにないですから構いませんが」

 桜華は少し迷いつつも了承してくれたのに、飛頼はほっとする。

「うん、待っているから。必ず来てね」
「はい」

 桜華は少し首を傾げつつも、ゆっくり柔軟体操を始めた。
 飛頼はちらり、と窓から階下を見る。
 今日は本当に自警団が多い。
 これなら、もし2人同時に現れたら織也君もいろいろ困るだろうから、今日を選んだのはもしかしたら織也君の動きを止めるためだったのかもしれない。飛頼はそう考えている間に、廊下にはリズミカルな足音が響き始めていた。

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 午後9時30分。
 人気の全くない中庭は、いつも見慣れているはずなのに嫌に不気味に見えた。
 確かにこの時間は本来ならとっくに下校時刻だし、いくら聖祭があるとは言えども準備に携わっていた生徒もとっくに帰っている時間である。
 ここに来るまでの間に、厳しく自警団に詰問されたが、そのたびに「今晩は理事長と約束があるんです」と言ってやり過ごした。流石に理事長の名前を出したら嘘とは思われなかったらしく、そのまま帰ってくれたが。
 しかし30分か。守宮さん遅いなあ。
 飛頼は中庭の隅のベンチに座りながら、中庭からでも見られる時計塔を見る。
 もう約束の時間はとっくに過ぎているが、桜華は現れない。
 まさか織也君にここに来る途中で捕まったとか? でも今晩は流石に彼も動かないとは思うけど……。
 探しに行こうにも、この学園は広い。待ち合わせした場所から1度離れたら行き違いになってしまうかもしれないし……。
 探しに行くか、このまま待つかを考えて、とりあえずベンチから立ち上がった時、芝生をしゃくしゃく踏む音が背後から響いて振り返った。
 桜華だった。

「申し訳ありません。遅れました」
「ああ……こんばんは」
「こんばんは。途中で自警団に捕まって大変でした。忘れ物したの1点張りでどうにか通してもらったんですけど……もうちょっとで反省室に連れて行かれる所でした。私もまだまだですね」

 あははと笑う桜華は、確かにいつも通りだった。
 今日は自警団が怪盗を捕まえるために罠を張っていると言うから、ほころびを作るのを気にするのは仕方がないのかもしれない。
 まあ、自警団が皆怪盗の方を向いてくれているから、こうして理事長に会いに来れた訳だけど。

「それにしても、一体何ですか?」
「うん。ちょっと森の方に来てほしいんだ」
「森ですか? 何でしょう……」

 桜華はやっぱり首を捻る。
 うーん、ここで言うべきなのかな、理事長の事は。
 飛頼は少し頬をぽりぽり掻いてから、言葉を探す。

「うん、前に守宮さん「助けて」って言ってたじゃない。それの事」
「……!」

 桜華は目を大きく見開いた後、口元を手に当てる。

「……それって、小母様が何か言ったんですか?」
「別に理事長に何か言われてやったんじゃないよ。理事長に相談しただけ。君の中にいる人の事を」
「…………」

 桜華はきょろきょろと脅えたように周りを見回した。
 理事長館を通り過ぎ、森の中に入っていく。
 元々怪盗の騒ぎは体育館の方なので、この辺りには人の気配はない。
 やがて、匂いがする事に気が付いた。
 森の木々の匂いに混ざる、バラの匂い。
 この匂い……。
 理事長館で嗅いだ匂いと同じだ。隣の桜華を見ると、桜華は戸惑ったように匂いの先を見た。

「いらっしゃい。栗花落君、桜華さん」
「小母様……」
「栗花落君、ありがとう。彼女を説得してくれて」

 そこには聖栞が立っていた。
 彼女はいつか見た、白い衣装でにこりと笑って立っていた。
 香油を彼女は草の上に撒き、森の中はここからの匂いが充満していた。

「あの、のばらを……どうするんですか?」

 桜華は困ったような顔で、飛頼と栞を見比べる。
 飛頼はじっと栞を見た。それは自分も知りたかった事だ。
 栞から笑顔が消えた。

「……今からあなたにかけられた禁術に術の上乗せをします。ただ、禁術に対抗できるのは禁術だけで、私の使う魔法だと、あなたにかけられた魔法を解く事はできません。
 でも、弱める事はできます」
「えっ?」

 どうする気だろう……。飛頼は不安に思う。
 やがて、草からしゅるしゅると何かが出てきた。
 それは、バラの蔓だった。

「飛頼君、少しここから離れて」
「えっ? どうする気なんですか?」

 それには栞は答えない。
 替わりに桜華の方へ振り返る。悲しげに目を伏せながら。

「ごめんなさいね、折角練習していたのに」
「小母様……私、また踊れますか?」
「ええ、多分ね」

 蔓はしゅるしゅると伸び、桜華に絡みつく。
 桜華はそのまま目を瞑った。

「あの、理事長、これは……」

 飛頼が尋ねても栞は答えない。
 やがて、桜華のいた場所には、1本の太い蔦バラの樹が生えていた。
 桜華の姿は、どこにも見えず、ピンク色のバラが咲くだけだった。
 栞は、大きく息を吐いた。

「理事長、これは一体?」
「……桜華さんを1度封印しました」
「封印? えっ?」
「まだ、変えないといけない部分が変わっていないから、だから1度彼女に眠ってもらいました。大丈夫。全部終われば、彼女は元に戻ります」
「……。守宮さん、ずっと練習していたんですよ。聖祭の」
「ええ、知っています」
「……他に方法はなかったんですか?」
「ごめんなさいね……私に力が足りなくて」

 バラの花弁が1枚落ちてきた。
 それは桜華の涙なのかは、分からない。

<第7夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第7夜に参加して下さり、ありがとうございます。
桜華はしばらく行動停止になりましたが、問題が解決すれば、また動けるようになりますのでご心配なく。

第8夜・第9夜公開は9月下旬予定です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。