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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


一期一会のこの機会。

「――――――コレを使えば、いつものお返し、できるわよ?」

 それは。
 ファルス・ティレイラがこっそりと持ち掛けられた話。

 誰に持ち掛けられたのかと言えば――今、訪れているこの店の女店主。ティレイラがここに来たのはいつもの通りと言うか何と言うか、魔法の師匠であり姉同然でもある同族――別世界から来た紫の翼を持つ竜族――の女性、シリューナ・リュクテイアに連れられての事。今日はシリューナが自分のお店――魔法薬屋――で作る魔法薬に必要としている魔法素材を仕入れる為の来店であり、ティレイラは荷物持ちを兼ねてのそのお供になる。

 で、今はシリューナの方は、何やら当の魔法素材を確かめていて、ティレイラの事は見ていない。
 その合間に、女店主がティレイラだけに声を掛けて来た訳で。

 ティレイラは一瞬、きょとん。それは確かにティレイラもこれまでこの店に来た事が無い訳ではない。今日のようにシリューナのお供で、シリューナのお使いに一人で、と、そろそろこの女店主とも…シリューナを通さずとも、自分は馴染みであるとは一応言える。
 けれど、ティレイラにしてみれば、お姉さま――シリューナにならともかく、自分の方に店主からこっそり話しかけられるとはちょっと思わなかった訳で。…いつも秘密主義なのはお姉さまの方。それで、お姉さまはあちこちの『お馴染みのお店』の人たちと結託して私に色々仕掛けて来て…と言うのが比較的いつものパターン。ティレイラもティレイラで勿論いつも気を付けてはいるつもりなのだが、それでも――悔しい事に、ティレイラはだいたいシリューナたちの思惑通りに遊ばれてしまう事が多い。
 だからティレイラは、今日も何かそういう気配は無いか――こっそり警戒だけはしていたのだが。

 …だからこそ、自分の方にだけこっそりと話し掛けられたのにはちょっと驚いた、とも言う。
 ともあれ、そんな事情である。

 …これまた勿論、ここの店主である彼女もまた、シリューナの趣味と言うか「お楽しみ」は知っている。
 そして、お供に連れて来たりお使いを頼まれるこのティレイラが主にその「お楽しみ」の餌食にされている事も当然承知。
 その辺色々承知の上で、こっそりと、いつものお返しできるわよ、と持ち掛けている訳で。

 えっ!? と思わず大きな声を上げそうになってしまう。瞬間、店主に、しー、と静かにするよう人差し指を口の前に立てるジェスチャーで示されて、ティレイラは慌ててその声を飲み込む――飲み込み様シリューナの様子を視界の隅で即座に確認。…気付かれてない。良かった、と、ほっと胸を撫で下ろす。
 それらの様子を見、こっそりと女店主はティレイラにもっと自分に近寄るように手招き。…秘密の話をするなら近付いた方が都合が良いから。
 で、コレを使えば、と店主からティレイラに示されたのが、可愛らしい小瓶。その中には何やら金色に輝く粉が入っている。
 さて何だろう?とティレイラが不思議そうに小首を傾げると、女店主の内緒話は続く。
 曰く、小瓶の中身の金粉は、『魔法の錬金術の粉』。
 普段ならシリューナの方が余程興味を示しそうな、『この粉を振り掛けた部分で触れた相手を金に変える』――と言う代物である。けれど女店主はその小瓶をカウンターの上、手の中にさりげなく隠した状態で、シリューナには見えないように――ティレイラにだけ見せている。
 折角こういうモノがあるんだし、使ってはみないか。今ここでなら自分がそれなりにフォローもできるし。…女店主は誘うようにそう続け、ティレイラを唆す。
 当のティレイラは――自分に話を持ち掛けられた事に一旦驚きはしたが、店主の話を理解すると結構真剣に考え込む。…お姉さまにお返し。なかなかできる事じゃない。時折何かの機会があって試みたりして、できた、と思っても結果的にはいつも失敗。気が付いたら逆にやり返されている、と言う苦汁を何度舐めさせられた事かわからない。…でもこれなら成功できるかも。と心が動く。なんてったって、店主さんが味方で居てくれるみたいだし。
 …それに。
 そもそも小瓶の中のこの金色の粉、見るからに不思議な光り方をしていてとっても奇麗だし、教えて貰った効能そのものにもむくむくと興味が湧いてくる。…コレを使ったら、どんな風に効能が表れるのか気になってしょうがなくなってくる。
 それも、特にお姉さまに使ったなら――使えたなら?
 想像してみるだけでも、ドキドキする。
 元々、ティレイラは好奇心旺盛。
 そこに、使って良いのよと思わせぶりにこんなものを見せ付けられれば。

 一期一会のこの機会。
 その後の事は、推して知るべき。



 ティレイラはそーっと様子を見ながらシリューナの傍に寄る――ティレイラのその手には既に今さっきの小瓶の中身が振り掛けてある。心臓がバクバク鳴っていて外にまで聞こえるのではないかと心配になる程。つまりはそれくらい緊張していて――興奮していて――期待していて。…シリューナは気付いていない。いや、気付いていたとしてもティレイラの接近、と言う事実に気付いているだけだろう。その自分に接近しているティレイラに何か企みがあるなどとはきっと思ってもいないに違いない。ここは馴染みの魔法素材の店の中。こんなところで、ティレイラが何かを企むなんてそんな事。…シリューナ自身ならともかく。
 シリューナは、ふ、と吟味していた魔法素材から目を離し、近付いて来ているティレイラの方を向き掛ける――まだ完全には向き切らない段階、ティレイラに何かを話し掛けようとしたそのタイミング。

 近付いて来ていたティレイラの方が、シリューナにえいっとばかりに思いっ切り飛び付いて――抱き付いて来た。

 あら、とシリューナは軽く驚く。何事か。今ここで自分に甘えたい何かがあったのか――ここの女店主にいじめられでもしたか。…どうしたのかしら。思いながらシリューナはティレイラの前髪を指先でさらりと撫でる。
「…ティレ?」
 問うように名――愛称を呼ばれても、肝心のティレイラからは返答が無い上、抱き付いたまま離れる気配無し。それどころかいやいやをするように頭を擦り付けて来る――ように見える。…その実、ティレイラとしてはシリューナに自分の企みがバレないように一所懸命何か誤魔化しているつもりなだけなのだが。
「?」
 シリューナにしてみれば何だかよくわからない。が、別に嫌でもないのでシリューナはそのままティレイラのしたいようにさせておいてみる。

 が。

 少しして。
 ティレイラの触れている部分から――シリューナの方の肌に不意に輝く金色の膜が広がり始めた。じわじわと肌を覆うようにその金色の部分が広がっていく――色の通りに金化している――とでも言えば良いのか、シリューナもすぐに気付く。…己の身体が金化し始めるとなればそれは曰く言い難い感覚も生まれるものだろう。気付かない訳が無い。
 そして、その金化が――たった今抱き付いて来たティレイラのした『何か』が原因だともシリューナはすぐに気が付いた。ちょっと、ティレ? と困ったように声を掛けてみてもティレイラは聞こえないのか放さない。シリューナは抱き付くティレイラのその身を、無理にではなく優しく振り解こうとする――普段なら嫌ではないむしろ嬉しい事にはなるが、これは取り敢えず一度離れて貰わないと金化の解除もできない。可愛いティレの姿を見るのは好きだけれど、コレではその内逆になってしまう。
 が。
 振り解こうと試みてはみるが、肝心のティレイラが全く放そうとしない。そして当然、金化も止まらない為シリューナの動きも鈍くなる――シリューナの方もさすがに少し焦り始める。ティレイラ? と改めて呼びつつ、先程よりやや強い力で振り解こうと試みる――が、ティレイラの力もまた比例して強くなっている。…何やら必死。気が付けばその背からざあっと紫色の両翼を生やしてまでいた。…普段のように隠している余裕が無いと言うか力み過ぎてつい、と言うか。そんな様子。視界の隅に同色の尻尾の先が伸びているのまで見える。そして頭には竜の角まで。
 …本気だ。
 シリューナはここに来て漸くそう認識するが、やや遅かった。ティレイラは生やした翼まで使って――それでシリューナの身を包み込むようにまでして、完全にシリューナの身を押さえ込んでしまう。

 …その内に。
 シリューナの動きが、鈍くなるどころか、今度こそ完全に停止する。
 それで、ティレイラは――シリューナを押さえ込んでいた力を恐る恐る抜いた。

 で、力を抜いただけじゃなく身体を少し離して、改めて金化したシリューナの姿を見る。
 きらきらと上品に煌く、金の像。
 目の前のそれに触れてみると、微かに柔らかみと温かみまで感じる――けれど明らかに金属質の、本当に金独特の――癖になりそうな感触で。
 私自身じゃなくて、お姉さまが今は、そんな、像。

 …できた、んだ。

 いつものお返し。
 やっと、実感する。実感できる。目の前のシリューナの――とっても綺麗なお姉さまの金の像。いつも自分がされている事。やり返せた。…今度こそ。
 頑張れば、私でもできるんだ。ティレイラは『やり遂げる』までのそのドキドキな『過程』を思い返しつつ、その『結果』――今のシリューナの姿を眺めて余韻に浸る――じっと眺めていると、思わず感嘆の溜息まで漏れてしまう。

 そんなティレイラを、女店主はにこにこ微笑んで見守ってくれている。



 暫くして。
 もう何度目かになる行為、ティレイラがシリューナの像にするりと指を滑らせたそこで――錬金術の粉の効果が切れる時がやって来た。ちょっと名残惜しいけれど仕方無い。…お姉さまが元に戻ったら、きっと叱られるだろーなーと今更になって思う――思うけれど、それより今日のこれだけの事を達成できた自信だけでもう勇気百倍。ちょっと叱られるくらい、なんてことない。そう思える。覚悟もできる。うん。

 …でも。

 それでもやっぱり、この状況でシリューナに――お姉さまに真正面から相対するのはやっぱりちょっと怖い。
 と、びくびくしながらシリューナが元に戻るのを待っていると。

 ティレイラは、ふ、とまだ生やしたままだった――お姉さまの像に集中していて戻すのを忘れていた――翼の先や尻尾の先に違和感を感じた。
 何となく、違和感の先を見てみる。

 と。
 金色、になっていた。
 それは、先程ティレイラ自身の触れたところから――シリューナの身に広がっていた金色の膜と同じ。

 …え?

 ティレイラは反射的に固まる。
 あれ? え? と混乱。今、金化の効果は終了して、と言うか金化したのはあくまでお姉さまで私じゃなくて、使ったのが私の方で、ううんどっちにしても私が金化した訳じゃなくて…!?
 と、慌てつつ思う間にも明らかな金化部分はやっぱりじわじわと増えていく。そしてその増えるのに比例して――金化の範囲が減っていくシリューナの姿。
 ティレイラはどうしたら良いのかわからなくて取り敢えず金化した部分を動かしてみようと試みる――動きが鈍くなって来ている――これはもうじき動かなくなる。先程のお姉さまの金化して行く様子からして。そして何度も似たような事をされていると、そろそろ先の想像が付くようにもなってくる。
 それでやっぱりどうしようもなくて、ティレイラは、あの、これ…! と助けを求めるように女店主を見る。

 と。

 くすり、と女店主のその口元が――これまでどころでなく、深く笑みを刻んだ。

「やっとね」
「…え?」
「さっきの錬金術の粉」

 触れた相手を一時的に金に変えるのは確か。
 でも、それだけじゃない。
 時間で効果が切れると、魔力の反動で――最終的には粉を使った者自身を金に変える。
 その粉を、シリューナは女店主と謀って、ティレイラにわざと使わせてみたのだと。
 そもそも魔法素材の仕入れに来店、と言うのはあくまで建前。
 今日、シリューナがティレイラをこの店に連れて来たのも、本当はその悪戯を実行する為だったのだと。

 そこまで説明が――種明かしが終わる頃にはティレイラの金化はかなり進んでおりそろそろ身動き取れなくなっていて。それでも女店主の話はばっちりすべてティレイラの耳に入っていて――先程まで自分の中に確かにあった達成感がガラガラと崩れていく音を聞いた気さえ、した。

 …あんなにあんなに、頑張ったのに。
 結局、お姉さまの掌の上。

 そんなぁ〜、と半泣きで情けない声を出したのがティレイラの最後の抵抗。その頃には足先や指先、頭に生やした龍の角の先端まで確りと金化が進み、半泣き状態のその姿のままで眩い金の色に染まって固化。
 同時に、それまで金の像と化していたシリューナの方の金化が完全に解けている。解けたそのまま、当然のようにシリューナは目の前のティレイラに――可愛らしい金の像と化したティレイラにうっとりと指を伸ばし、愛しそうにひと撫で。

 …それはどんな姿であってもティレはいつでも素晴らしく可愛らしいけれど。
 今日のコレもまた、いつもとちょっと違う趣向の後の、一期一会の素晴らしい出来栄えで心奪われる。
 泣き顔もまた可愛らしい。…本当の事を知った瞬間を固めたこの表情。零れそうになるその涙が拭ける訳じゃないけれど、とシリューナはティレイラのその頬に指を滑らせる。気遣っているように見せて、感触を愉しんでいる、と言う方が余程正しい。シリューナはするするとそのままティレイラの像の口許にまで指を滑らせ、次は翼の方の感触も確かめる。
 折角、面白い錬金術の粉を試す機会ができたのだから、ここはじっくりと堪能したい。
 …ああ、尻尾も勿論忘れずに。

 一期一会のこの機会。逃がしてしまったら勿体無いもの。

【了】