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<東京怪談ノベル(シングル)>


止められた刻に口づけを


  「さてさて…」
 人目を避けて軽く背伸びをしながら、重枝・萌は時折船首に目を向ける。

 『裸足の王女』

 IO2は世界各地を転々とするこの謎めいた美術品の噂に目をつけ、これを船首像としている帆船へエージェントの茂枝萌を警備の名目で送り込んだ。
 いわくつきの宝石が持ち主を転々とするような話はよく耳にするものだが、姿を変え、時代を超えて目撃されるその彫像は、まるで自らの足で各所を転々としているようであった。
 しかし一見してただの苔むした彫像。
 映画などで目にする帆船のそれと姿は違えど同じもの。
 戦闘特化の彼女には、退屈としか言いようがないミッション。
 なぜ組織はこんなものに注視したのだろう。仕事とはいえ腑に落ちないまま、時間はゆっくりと流れていく。

 事件が起こるでもない船上。
 停泊展示ゆえ景色が変わることもない。
 しまいにはあくびまで出そうになるほど退屈を極めていた。
 きっと同じモチーフが重用された時代があったのだろう。この王女と思しき女性が、何らかの偉業をなしたか。はたまた重罪を犯したか。
「……」
 あまりの退屈さに、いつしか萌はまどろみの中に身をおいた。


 自分がその場にいるようで、いないような、ふわふわした存在感。
 ああ、これは夢だ。

 こんな所で寝ているから、こんな夢を見るんだ。



 ――――こんな――…



*** *** ***


  石造りの小さな城と街並。
 見たこともないような、知らない国。
 そこには竜を召喚する巫女が、王女がいた。

 平穏な暮らしは妬み嫉みによって奪われる。

『はぁ…はぁ…』

 走る、走る、走る
 わき目もふらず、ただただ走る
 慣れぬことで足がもつれても
 ここで倒れるわけにはいかない
 立ち止まってはいけない
 いやな気配がどんどん近づいてくる
 逃げなくては、逃げなくては
 恐怖に涙を流しそうになりながらも、グッとそれを堪えて走る
 前が見えなくなってしまうから
 怖い怖い怖い
 なぜ国がこんなことになってしまったのか
 取るに足らない小国の平穏をなぜ奪う
 『なぜ』
 その言葉ばかりが恐怖と共に頭の中に渦巻いていた。


 「(なんなのこれは…)」
 妙に生々しい光景。
 これが夢なのか?
 夢なら早くさめて欲しい。
 国が滅び行く様を目にするのは、なんともいえない無力感に苛まれる。
 早く早く早く。
 逃げて。早く逃げて。
 夢の中で必死に逃げ惑う裸足の王女に向かって、萌は必死で声をかける。
 しかしその声は届くことなく、ただただ、その状況を眺めているより他なかった。
 魔法使いが迫ってくる。
 下卑た哂いで杖を振りかざす。
「(危ない!)」
 萌の声が届くことはない。
 目の前で王女がどんどん石化していく。
 あっという間に、逃げる姿のまま、王女は石像と化してしまった。
 それからの流れはめまぐるしく、フィルムを飛ばすように時が流れていく。
 敵国の王が代替わりし、魔法を解かれて元に戻されたかと思いきや、美術品として価値を高める為に操られ、らしいポーズをとらされ再び石像と化す。
 希望から絶望へ。
「(やめろやめろ…もうやめて!)」
 彼女を解放してあげて、呪いから解き放ってあげて。
 時代は変わったのだから。いつまでも縛り付けないで。
 気づけば石像に向かって必死で手を伸ばしている自分がいた。
「(いこう!こんな所から早く!)」



 逃げよう



 手を伸ばした先は見覚えのある場所。
 届かなかった手。
 やり場のない手が空をかく。
 届かなかった。
 助けられなかった。
 王女が石と変えられるその刹那、目が合ったような気もしたが、夢の中ではそれも偶然に過ぎないのだろう。
「……」
 気づけば、萌はとめどなく涙を流していた。
 
 
 台場の展示場は人の流れが一定方向へと集中し始める。
 そろそろ今日の展示の終了時刻のようだった。
 萌は裸足の王女の像へ目を向ける。
 苔むした像。
 展示の際にある程度クリーニングしそうなものだが、それもされることなく、長い間の汚れはそのままになっている。
「…」
 照明が落とされ、人の気配が消えていく。
 誰もいなくなった。
 萌はその隙に王女の像を洗い始めた。
「すぐ綺麗にしてあげるからね」
 この彫像とあの夢はただの偶然の一致に過ぎないのかもしれない。
 けれど。
 こびりついた苔を丁寧に剥ぎ取り、拭いてやる。
 歳月をかけた汚れは徐々に、少しずつではあるが下の石像の色を見せ始めた。

「…おわったぁ…」
 全身の汚れを落としたその姿は美しく、姫巫女としての威厳すら感じさせる。
 石像の頬を撫で、萌は苦笑交じりに呟く。
「これが物語なら、王子様のキスとかで元に戻れるのにね」
 自分は王子様でもないし、男の子でもない。
 それでも今の気分は、まさにそれだった。
 奇跡が起こるはずも無いとわかっていても、萌はただ願った。
 物語の口づけに魔法を解く力があるように、この口づけにも意味を持たせて、と。


 冷たい石の感触が、熱を持つ。
「?!」
 見る間に石像は色を持ち、柔らかくなっていく。
 ベールは風になびき、髪はふわりと広がる。
「あ……ぁ……」
「―――…」
 虚ろだった瞳に、光が宿り、萌をみた。
「きゃ!?」
「危ない!」
 船首から落ちそうになり、あわてて萌が受け止め、場所を移す。
 これが裸足の王女の正体。
 国を滅ぼした敵国の魔法使いの手で彫像とされ、口づけでその呪いを解いて動き出す。
 同じことが何度もあったのだろう。
 今日の萌のように、彼女を夢に見るものが同じように動いたのだろう。
「…貴女が、魔法を解いてくださったのですか?」
 ゆったりした甘い声の響き。
 萌は王女の手をとり、にこやかに告げる。
「もう怖いことなんてないよ、怖い夢から目覚めたんだから…」
 大丈夫。そう言ってぎゅっと手を握る。
 王女は萌の言葉と笑顔に、ホッとしたのか、満面の笑みで言った。 


「助けてくださってありがとう…私はイアル。イアル・ミラールです。」
「私は重枝萌! 宜しくね、イアル」

 人気の無い暗闇の中で、二人はくすくすと笑いあう。
 その声に混じるのは、ただ波の音ばかりであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7523 / イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 裸足の王女】


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■         ライター通信          ■
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この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。