コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


左腕の悪魔

1.
「ねぇ、左腕を捜してくださいよ」

 臭気をまとった男は突然現れた。
 草間興信所の中は一気に臭くなったが、残暑のおかげで窓は既に全開だ。
 …それでも、匂いは強くなっているように感じられた。
「俺はヤバイ案件には手を出さない主義だ」
「へへ、知ってますよ。業界でも有名な怪奇探偵だ」
 深くフードをかぶった男の顔は見えないが、嘲笑にも似た笑いだった。
 草間武彦は眉根を寄せて、タバコを吸った。
「だからこそダンナに頼みたいんですよ」
 面倒だ。
 何よりの探偵としての勘が、この男と関わるなといっている。
「ダメですよ、ダンナ。あっしはここから動かない」
 草間の考えていることが聞こえているかのように、男はそこで言葉を切った。
 そしてねっとりと絡みつく声が響く。

「左腕を捜してくれるまでね」

「…探偵は報酬なしでは動かない。ビジネスライクに話を進めよう」
 草間は諦めた様に男の向き直った。
 これ以上押し問答をしても無駄だと悟った。
「そうこなくっちゃ」
 口元を歪ませて、男はにやりと笑った。

「左腕を捜し出したら、ダンナの願いを1つ叶えて差し上げる…それでいかがですかね?」


2.
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は草間と依頼主の会話を傍らで聴いていた。
 顔を見せない依頼主。
 そして鼻をつく臭気。

 この男、異端の匂いがする。

「腕をなくした場所はわかるのか?」
 冥月が口を挟むと、男は口元を歪ませた。
「それがわかってれば苦労はしないんですけどねぇ」
「気が付いた場所でもいい。心当たりは?」
 草間が問いかけながら、男をしっかりとした眼差しで捕らえている。
「…気が付いた場所ねぇ…そういえば、ここからそう遠くない路地裏を歩いていたときですかね。えぇ、あちらの方角ですよ」
 男は窓に向かって指を指した。
 窓からもれる光は、既に夕暮れの赤い日差しだった。
 冥月はすぐに男の指差した方角へと感覚を集中させた。
 探し物なら冥月の得意分野だった。
 しかも、左腕などという奇異なものであればなおさらだ。

「…あった」
 数分の後、冥月はポツリと言った。
「どこだ? どこにあった!?」
 興奮した男がソファから立ち上がる。
「ここから8キロほど行った所にある児童公園の茂みの中だ。案内しよう」
 草間も立ち上がった。

 公園に着くと既にあたりは月明かりが支配していた。
 草間は冥月の指示に従い、茂みを懐中電灯で照らして捜索し始めた。
 男は冥月の隣でソワソワとしている。
 とにかく臭い。
 体を洗っていないとかそういうレベルではなく、腐臭…といった方が近い匂いだ。
「…あった」
 
 左腕は、多少腐敗してその茂みに隠れていた…。


3.
「あぁ、良かった。この腕がないと全力が出ないんですよ」
 男は心底嬉しそうにそれを受け取った。
 つんとくる匂いに思わず顔を背けた冥月と草間だったが、男はそれに動じなかった。
 そして、受け取ったそれを腕まくりして左の肩へと引っ付けた。
「…動く動く。まだ大丈夫」
 左腕は、何事もなかったかのように男の体の一部へと戻った。

「さて、では報酬の願い事を聞きましょうか?」
 男がくるりと振り返る。
「要らん…いや、二度と武彦に…じゃない、東京に近づくな。それが私の望みだ」
 冥月は厳しい顔でそう告げた。
「俺も…二度とおまえに関わりあいたくないね」
 草間がタバコに火をつけて言葉を切ると、こう付け加えた。
「おまえさんみたいな悪魔にはな」
 男は、草間の言葉にさほど衝撃を受けた様子はなかった。
 二人は踵を返そうとした。
 が、男はふぅっとため息をつくと「それじゃ困るのですよ」と呟いた。
「人間ってのは普通、金だの名誉だのが欲しいもんでしょ? ちなみに、あっしにも望みがあるんですよ…」
 そういうと男の背中からメキメキと黒い羽が生えてきた。
 蝙蝠のような黒い羽が。

「草間武彦の体をよこせ!!」

 空中に飛び上がると同時に草間へと急降下してくる。
「武彦!!」
 冥月はとっさに影の中に草間を突き飛ばした。
 懐中電灯を残して、草間は冥月の作った影の亜空間へと消えた。
 男のフードがはらりと捲れた。
 その顔は人間ではあったが、あちこち肉が腐り落ちて白い骨がむき出しになっていた。
 あの匂いの原因は冥月の思ったとおり、腐臭だったのだ。
「この体はもう限界なんですよ…怪奇探偵・草間武彦に近づければ何でも良かったんです、依頼なんて。草間の力が手に入れば、俺はさらに強力に復活できる!」
「は! 完全に正体を隠す事もできない下級で低級の悪魔が、何を粋がっている。殺されたくなければ大人しく帰るか、頭下げてお願いしてみせろ。…もっとも、その願いは聞き届けられないがな」
 月を背に、悪魔は空中に停滞していた。
 そのため悪魔の顔は見えなかったが、憤怒の気迫だけは伝わった。
 一歩も引けぬ戦いだった。


4.
「…見たところ、貴女の武器はその影のようですね。だが、俺には効かない。俺は闇の者ですからね」
「どうかな。物は使いようだ!」
 月の影になっていた悪魔の体中から影が伸びる。
 冥月の攻撃だ。
 影がしっかりと悪魔を包み込もうとしたとき、悪魔はにやりと笑った。
 影よりも黒い闇が、影を飲み込んでそして消滅させたのだ。
「…ち」
 冥月は舌打ちした。
 厄介な相手だと思った。
 だが、けして勝てない相手ではない。
 すかさず高く飛び上がり、悪魔本体への攻撃を試みる。
 鋭い突きと蹴りの応酬。

「貴様…悪魔に歯向かってただで済むと思うなよ」

 悪魔が先ほどまでの紳士的な言葉とは一転し敵意むき出しに威嚇する。
 冥月が僅かに優勢。
 悪魔の動きは何故か段々と鈍っている気がする。
 その隙を冥月は見逃さなかった。
「!?」
 悪魔より高く跳躍し、悪魔を自分の影に入れると鋭い槍状の影を雨の様に浴びせる。
 これに対応し切れなかった悪魔は「ぐはっ」という声と共に、地面に這いつくばった。
「おのれ…おのれ人間の分際で…」
「その人間の分際にやられる貴様はクズだな」
 すばやく左腕を影で切断し、亜空間へと閉じ込める。
 これで悪魔は全力を出せなくなるだろう。
 冥月は影を紐のようにして悪魔を身動きできないようにした。
「もう二度と武彦に近づかないと己の真の名に誓え。誓えば左腕を返してやる」
 冥月がそういった時、悪魔は笑った。

「タイムリミットだ」


5.
 何がタイムリミットなのか。
 冥月が訊ねようとすると、悪魔の体が答えを教えてくれた。

 さらさらと流れる流砂のように、悪魔の体が砂になって崩れていく。

「限界を超えてしまった…この体は消滅する」
 観念したように、悪魔はそう呟く。
「残念でしたね。貴女にやられるまでもなく、私は消えていく。本当の名も告げぬままにね」
 ははははっと高笑いした悪魔は、そのまま冥月の前から砂になって消えていった。

「どうなったんだ?」
 冥月が亜空間から草間を招き入れると、そこには砂も既に残ってはいなかった。
 もちろん、亜空間に閉じ込めた左腕も跡形もなかった。
「消えたわ。死んでしまったのか…あるいは国に帰ったのかはわかりかねるけど」
 冥月は草間を亜空間に入れてからの話を始めた。
「…そうか、あいつ俺の体を狙ってやがったのか」
「怪奇探偵もいよいよ伊達じゃなくなってきたわね」
「それは嫌だな」
 草間がタバコを取り出した。
 公園内は禁煙で灰皿はない。
「帰ってからにしなさい」
「…そうっすか。よし、興信所に帰るぞ」

 そうして二人は夜道を歩き出した。
 月が綺麗な夜だった。
「月、綺麗ね」
「これが依頼の帰りじゃなきゃ、もっとよかったんだけどな」
 草間がそういって笑った。
「…また今度ね」
 冥月もつられて微笑んだ。
 
−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


■□     ライター通信      □■

 黒・冥月 様

 こんにちは、三咲都李です。この度は『左腕の悪魔』にご参加いただきありがとうございました。
 戦闘シーン一任ということで、色々考えたんですがこのようになりました。
 精一杯頑張ったので、楽しんでいただければ幸いです。
 いつもはラブラブなのを書かせていただいているので、最後だけ少しラブラブしてみました。
 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。